音楽の悪魔・トリトナス③
「ソウカ? なぜ止めるんじゃ!?」
「おい水谷! 杉浦を助けるんだろ!?」
非難する声にハッとする。
そうだ、今は春ちゃんを助けることを優先しなくちゃ。
思い直して悲しい記憶を振り払うように頭を振ったけど、遅かったみたい。
キィィー! ギイィィィーーー!
耳ざわりな音が暴れるようにもっとうるさくなったと思ったら、目の前のトリトナスがぐらぐらと揺れ始めた。
そして春ちゃんの額からはなれてどこかに飛んで行ってしまう。
「あっ! 逃げるぞ!?」
「え!? ど、どうすればいいの!?」
もう一度演奏すればいいの? でもトリトナスはどんどんはなれていっちゃうし。
どうすればいいのかわからなくてとまどっているうちに、トリトナスの姿は見えなくなった。
「くそっ! 逃げられた!」
「はぁ……しかたあるまい」
くやしそうに叫ぶ音成。ルーはあきらめのこもったため息をついて、私にかわいい鼻先を向けた。
「ソウカ、アウフヘーベンと唱えるんじゃ。それで結界と変身を解除できる」
「あ、うん……えっと、アウフヘーベン?」
ルーの指示で同じ言葉をくり返すと、周りにあった全部の光が消える。
光の楽器もタクトのシャフトも消えて、服装も制服に戻った。
全部が夢だったみたいに消えてなくなって、静かな保健室に戻る。
でも、静けさの中にトリトナスを逃がしてしまったっていうガッカリ感があってちょっと申し訳ない気分になった。
私が最後まで演奏できなかったからだっていうのは、わかっていたから。
「えっと……でもさ、結界だっけ? あれはトリトナスを閉じ込めてはおけないの?」
「あれはあくまで人を寄せ付けないようにするためのものなんだよ。だから早くしろって言ったんだ」
イライラとした様子の音成にムッとなる。
「そんなこと知らないもの。初めてのことなんだからわかるわけないでしょ!?」
笑顔はカッコイイかもって思ったけど、やっぱり音成ってイヤなやつ!
「そんなことより、春ちゃんは大丈夫なの?」
一番の問題はそこだ。
春ちゃんを助けるためにさけてきた音楽の指揮をしたんだもん。
「大丈夫じゃよ。トリトナスは逃げたから、この嬢ちゃんにはもう取り憑いてはおらん……他の人間に取り憑くじゃろうて」
ルーの言葉にひとまずホッとした。
他の人に取り憑くっていうなら問題は解決していないんだろうけど、春ちゃんはもう大丈夫ってことだろうから。
「ワシはまたトリトナスを探しに行ってくる。ソウカ、次は本当にたのむぞ」
そう言い残してルーは姿を消してしまった。
「次? また私が指揮しなきゃならないの?」
「当たり前だろ? 今のところマギ・ディリゲントはお前しかいないんだから」
音成は不満そうだけど、仕方ないって感じで私にやれって言う。
でも、ムリだ。
「ムリだよ。言ったでしょう? 私音楽はキライなの。またさっきみたいに途中で手を止めちゃうよ……」
薄情かもしれないけど、またフラッシュバックしてタクトを振る手が止まっちゃうと思う。
だから私以外でマギ・ディリゲントになれる人を探してって言おうとしたけれど……。
「それはウソだよな? そのタクトは音楽を好きなやつじゃなきゃ絶対に反応しない」
「っ!?」
「それに、さっきも言ったけど今はお前しかいないんだ。この辺りで他になれるやつがいたらとっくに見つけてる」
「……」
淡々と説明されて言葉が出なくなる。
私がやらなきゃいけないの?
でも、私にとって音楽は悲しくつらい気持ちになってしまうものなんだよ?
最後までマギ・ディリゲントとして演奏を指揮出来るなんて思えない。
「それでもムリだよ。私、もう指揮なんて出来ない!」
「水谷……? お前、何が――?」
私の必死さに、ただのわがままでキライって言ってるわけじゃないと気づいたのか、怒るよりいぶかしむ表情になった音成。
そのまま何か聞こうとしてきたけれど、直後に保健室のドアがノックされた。
コンコン
「失礼します……あ、律くんもいたんだ? もしかして春乃についててくれたの?」
軽く息を切らせながらほわほわとした雰囲気で雪くんが入って来る。
「ありがとう、二人とも。今親に連絡して迎えに来てもらうことにしたから、もう大丈夫だよ」
「あ……うん、良かった」
雪くんが来たなら春ちゃんは任せて大丈夫だ。
「じゃあ私帰るね」
これ以上音成と話していたくなくて、私はすぐに保健室を出る。
「おい、水谷!」
まだ話は終わってないとばかりに呼び止められたけれど、私はそれを無視して廊下を走って行った。
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