03俺を嫌っている結城さんと仲良くなる方法



 今日の掃除当番 佐竹碧月・————


 自分の名前が書かれた黒板前で重い嘆息をつく俺。


 六月は現在のクラスに漸くなれた頃訪れる束の間の安息日。このあと訪れる、バイト・部活・趣味など俺達の青春は怒涛のイベントラッシュで教室は仮眠室と化す。

 なので、今この場で起こっているこれも青春なのだが、一言……憂鬱だ。


 今日の掃除当番 佐竹碧月・結城紅緒


「佐竹うざい。なんで辛気臭いあんたと掃除当番やらなければならないのかな。空気なら空気らしく気配を消して一人でやってよ」

「俺は小人じゃないから不可能だよ」

「はぁ……ついてないわ。なんでこいつと二人きりなのかな。ああ嫌だ嫌だ」

「提案、俺一人でやるから結城さん帰っていいよ」

「…………それだと私があんたを便利の良い道具扱いしたと噂が流れるでしょ? 毎日縮こまっているから脳みそも縮小したのかしら?」


 放課後の清掃係がよりにもよって相性最悪の毒舌美少女となった。しかも何故か二人きり。本来ならもう少しいるんだけど、用事があるそうなのでこのような不測の事態へと発展した。

 それで今日も結城さんはスマホをいじりながらかったるそうに僕へいちゃもんつける。

 

 性格はともかく相変わらず美人だ。男達と話しているから多分彼氏とかいるだろうね。でも羨ましくはないよ。毎日嫌味聞いていればげんなりする。

 まぁ、俺はただの陰キャラなので女の子から嫌われても好かれることはないから、未来永劫可愛い恋人が出来るルートはないだろうけど……。


 ♪♪


 ——そんな時だ、着信音と共にネット交流で活用しているレッドバードというソーシャルメディアから通知が来る。いつもの仲良くしてるユーザーからだ。

 

『聞いて聞いて、今日も好きな人と話すことができました!』

『そうか、よかったね』

『ありがとうブルームーン氏! 君のアドバイスのおかげだよ』

『俺はなにもしてないよ猫巫女さん』


 ゲームサイトで知り合った昔からの相互フォローである猫巫女さん。多分雰囲気からして女子大生かOLあたりだと思う。アルバイトの愚痴とかよく出るしね。


『私が悩んでいるとき助言してくれたじゃん。嫌われても無関心よりはマシ、毎日話しかけてればいずれ興味を持ってくれるよって』

『確かに、でもそれを実行した君の方がすごいよ』

『いやだん、そんなに褒めないでよ。彼がいなかったら君に惚れていたかも……』


 社交辞令でもこういう風に褒めてくれるネット仲間はありがたい。


 物思いに耽っていると突如煙幕、「私と会話してるのにメールのやり取りとはいい度胸ね」俺は勢い良く舞ったチョークの粉で咳き込む。


 仏頂面で両手に黒板消しを装備している犯人はこの腐れメガネと罵倒。


「ゲホゲホ、ごめん」

「あんたとこれ以上一緒にいたらレイプされそうだから、さっさと掃除やるわよ」

「わかったよ」


 自分もやっていただろと指摘したかったが、これ以上機嫌を損ねたくなかったのでイエスマンに徹するのだった。

 それよりも結城さんのスマホについているストラップ、俺が以前なくしたのにそっくりだ。マイナーなキャラなのに崇拝者がここにもいたか。



 その日の午後。


 あいにくの雨、遊園地のお土産売り場でやることもなく暇を持て余していた親友のにゃん太郎は油を売る。オーソドックスな野外遊園地なので長雨が降ると人足の動きも止るのは困ったものだ。


『一杯来ればやかましいけど、誰もこないと寂しいものだにゃん』

「元気一杯な生意気盛りの子供達が多いからな。イベントとかアトラクションで制御するのが一苦労だよ」

『ふむ、生意気と言えばあおつき、お前と気が合わない生意気なお姉ちゃんとはその後どうなったのにゃ?』

「相変わらずだよ。険悪の雰囲気が続いてる。僕は嫌じゃないんだけど、結城さんよほど僕のことを嫌悪しているんだろうな」


 僕はにゃん太郎の相手をしながら品出しを進める。売れる商品orオススメ商品は目につく場所へ平積み、そうでないのは棚へ配列する。

 

『困ったものだにゃ。あおつきとしてはどうなんだにゃ。その娘と仲良くしたいのか? 付き合いたいとか? 一緒に暮らしたいとか? 婚姻届なら持っているにゃ』

「ないね。あの感じだと僕のことをよく思ってないのはわかってる。だから仲良くしたいというより放って置いて欲しいんだ。無関心の方がまだ気が落ち着く」


 婚姻届って……相変わらずにゃん太郎は発想が奇抜だけどジョークだからスルーする。


『あいや待て、それは時期早々だにゃ。女の子が絡んでくるんだ、こんな好機はないにゃー。普通はないし勿体無い。どうせ好きな人はいないんだろにゃん? それなら当たって砕けるのもありだと思うにゃん。タナボタで彼女ができるかもにゃー』

「あはは、それがいるんだなぁ。とても大切にしてるやつがさ」

『…………………誰? 住所は? 電話番号は? まさかここのスタッフ?』

「いくら親友でもそれは答えられないよ」

『そうかにゃ……』


 一年前まではいなかった。でも最近は大切な人ができる。大親友のにゃん太郎だ。あとここで働いてるスタッフさん達も……。みんなでここみのり野台遊園地を守っていきたい。それが俺の望みだ。

 たかがバイト風情が何をいきがっている感じだけど、この想いは本心からだ。


「でも、結城さんとギスギスのままはもう嫌だから、何かいい打開策はないだろうか? いちいちクラスで注目を浴びるのもそろそろうんざりしている」

『デートに誘ったらどうだろうかにゃ』


 ホワイトボードへにゃん太郎は手を繋いだ猫のカップルを描く。もふもふのくせに器用だ。


「おいおい、恋人どころか友達でもないのに突飛すぎるわ。そんなことをしたらクラス中の笑いものだよ。それでなくても結城さん達は四人で行動してるんだから噂は速攻で広がってしまう」

『その娘可愛いのだろ? 学園一の美少女なのだろ? それが毎回絡んでくるわけだ。もう据え膳ではにゃん?』

「ないない。それに可愛いだけで好きになったら発情期の高校男子ではないか?」


 にゃん太郎はいちいち結城さんとくっつけようとするが、学園のアイドルと空気系陰キャラぼっち、身分が違いすぎるからそういった感情がいまいち沸かない。


『なら一人だったら何とかなるのにゃ?』

「どうだろう? 今までのやり取りからして可能性ゼロだよ。そんなことしても罵倒されて終わりだ。トラウマになってバイトも休むぞ」


 やはり中身はただのおじさんか。昔の男女間だったらレトロ恋愛ゲームみたく簡単にデートに誘うこともできたんだろうけど、今は難易度が高い。イケメンだったらまだしも俺みたいな陰キャラボッチだとほぼ詰みだ。


『それだったら毎日世間話をしてみたらどうにゃ?』

「まともに話したことがないから難しいよ。それに結城さんは聞く耳持たない。向こうが俺と対話するつもりはないだろうし」

『わかんないにゃんよ。何事も信頼は毎日の積み重ね。吾輩とあおつきのように、何がきっかけで仲良くなるか分からないにゃ。どうせ好感度マイナス100ならもう下がらないにゃん。トライする価値はあるにゃー」

「一理ある……分かった。打開策としては一番建設的だし前向きに検討してみるよ」


 猫巫女さんへアドバイスしたことと同質のミッションを俺がトライする羽目になるとは……青春とは摩訶不思議だ。


 頑張れと目つきの悪い着ぐるみはハグしながら頷いた。だからそのもふもふ暑いって。

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