04塩対応の結城さんの攻略法なんてあるの?
◆
次の日。賑わしい教室は昼休みに入っていた。速やかに昼食を済ませて、悩みを打開するべく、『結城さんの距離を縮める大作戦』を決行する。
「ごめん、結城さんちょっといいかな?」
「……………………………ん?」
今日は仲良し四人組ではなくて珍しく結城さん一人だった。面白くない顔してスマホをいじっている。
彼女の席は遠いところなのだが、わざわざ俺の前で椅子に座っていた。
親友宇都宮さんの席なので別に不思議ではないけど、わざわざ俺の真正面で座ることもないだろうに。
俺をまたいびって、クラスの笑いものにしようという魂胆か?
冷や汗が流れ胃がきりきり痛む。
「今日はいい天気だね」
「は? 曇っているけど、ってか午後から雨。あんたみたいな陰キャラボッチにふさわしいじめじめした雨。天気予報ぐらいチェックしなさいよ」
「ごめん、そうだね」
うっぐ……緊張して話題のチョイス間違えた。それにしても相変わらず鋭利な言葉。難攻不落の小田原城みたいだよ。
これは失敗。にゃん太郎め、結城さんすごい不機嫌そうじゃないか。嫌われている状態じゃどう話をまとめていくか先行きを予測できない。
それでなくてもプライベートで女子と会話したことなんて皆無なのだ。こんなんでマジに親交を深めることが可能なのか?
「そ、それよりも結城さん何をやっているのかな?」
「きも。干渉してくるな。陰キャが伝染る」
「目の前に座っているから、また何か君にしたかなって……」
「紫音待っているだけよ。ここにいれば確実だからね」
「宇都宮さんか、そうなんだ……」
宇都宮紫音(うつのみやしおん)とは、常につるんでいる結城さんの親友でクラスカースト最上位に君臨するボーイッシュな美少女だ。
そんな宇都宮さんの席から後ろ向きに座り結城さんは頬杖ついているので不法占拠されている俺の机が狭い。しかも分かっててやっているのか、塩対応ながらゼロ距離美少女独占状態なので攻撃的な野郎どもの視線が痛くて仕方ないのだ。
「……………………」
「……………………」
「ここ俺の机………」
「は? なんか文句あるの?」
「何でもないです」
ダウナーな結城さんにまた淡々と怒られそうで次の会話が出てこない。初っ端でコケたせいで何通りもシミュレートしたセリフが全て吹っ飛んだ。
にゃん太郎なら組み直すことができるのだろうけど、いかんせ俺はこういうのが苦手だ。使えそうな文章が浮かんでこない。
——これ以降、平和で安寧な学園生活を送る為に、「きも」「話しかけんな」「私があんたのことどう思っているのかわかっているんでしょ?」など、塩対応を続ける結城さんと暫く毎日こんなやり取りが続いていた。
◆
そんなある日のこと。
梅雨入りしてから初めて快晴の空ながらどこか俺のテンションは上がらず、珍しく平日でも遊園地は大入りなのにどこか空回りしている。
家族連れで賑わうさなか、小さなチャレンジャーが発射したコルク弾は棚の景品へヒット。ぽとりと後ろへ倒れる。
おめでとうございます。当たりですね、はいおもちゃどうぞと喜んでいる子供へ渡した。
「………………」
『こらこらゲストの前だにゃあ、あおつき元気な声と笑顔笑顔。顔が死んでるにゃ』
「あ、ごめん! 辛気臭かったか……」
『どうしたにゃー? やはり一人だとキツイかにゃん?』
遊園地にあるゲームコーナー担当の俺がすごぶるブルーで黄昏れていると、子供達の相手をしながらにゃん太郎が様子を窺う。
俺としたことがスマイルを忘れるとは何たる失態。
ここのゲームコーナーは電気代節約の為にゲーム機はなく、低コストの縁日をモチーフに構築している。家族が遊べるように射的・輪投げ、千本引き、金魚すくい・ヨーヨー釣りなどバラエティ豊かなラインナップが子供達や恋人達の思い出作りへと一役買っていた。
「問題ないよ。俺が志願したことだし、土日スタッフがいない分平日の俺達で回さないとさ」
『頼むにゃ。雨予想の天気が外れ夕方に晴れたから今日のシフトは日雇いバイトやサブバイトスタッフ入れてなくて足りないにゃん。社員とメインスタッフでなんとか乗り切らないとにゃ』
「ここら辺は俺に任せて見回りを続けてくれ相棒。もう油断はしない」
『了解したにゃ。ただし無理をするなよ。助けに入るからやばかったらすぐに報告しろにゃん』
「ああ」
平日、にゃん太郎の役目は園内を徘徊して子供達の相手をしながら周りに気を配ること。各部署にアクシデントが起きればすぐさまアシスト。さながら司令塔のような役割だ。何でも器用にこなすにゃん太郎ならではのポジション。
『でも、珍しいにゃ。仕事に一切手を抜かないあおつきが上の空なんて滅多に見ないのにゃー』
「仕事である以上手を抜くつもりはなかったんだが、最近色々ありすぎて精神が持たないんだ」
『学校か?』
目つきが悪い赤の着ぐるみは子供達を親元へ返し俺に向き合う。
「そう」
『何があった?』
「プライベートなことだよ」
『親友だろ? いいから話すにゃ。スタッフの心のケアも大事な仕事にゃんよ』
「不測の事態が発生したんだよ」
『なんにゃ? また例の女の子かにゃ?』
「違う。今回はグループ研究だ」
『それのどこが困ったことなのにゃ? ただ仲間達と研究発表するだけにゃん』
小首を傾げるみのり野台遊園地のマスコットキャラクター。事の重要性を理解できてないみたいだ。
「ぼっちの俺が仲間なんているわけないだろう?」
『あらら』
「しかもあぶれ者を考慮して先生が人員が足りないところへ強制的に編入。よりにもよって上位カーストたる仲良し結城さんグループにな」
『同学年最高の美少女四人組と棚ぼたゴールなんて幸せじゃないかにゃん。何が不満なの?』
「見下している外野達は無論のこと、結城さん以外の三人も俺を嫌っているから針のむしろなんだよ。どう乗りければいいのか答えが見つからない」
『それはそれは御愁傷様にゃん』
頭を抱える俺の肩に手を置く。
そして、『——それはそれとして、そんなくだらないことで大事な役割を疎かにするなんてありえないにゃ。仕事舐めんなにゃん。お客様からお金を頂いている以上遊びじゃない。ボランティアや部活感覚なら辞めろ。あおつき次はお前でも許さないぞ』にゃん太郎はホワイトボードに赤字で怒りマークを書いた。
あの温厚なにゃん太郎は怒っている。反省しないといけない。
俺はもう仕事に手を抜かないと誓った。
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