第3話「彼の瞳は、なにを映しているの?」

 


「セレナ嬢。ご様子が落ち着かれたと伺い、参りました」

銀色の瞳が、まっすぐに私を見ていた。


 


ライラント・グラディオス。

原作ゲームでは最強の騎士であり、攻略最難関キャラ。

そして、セレナ断罪ルートでは、最後に剣を振るう冷酷な断罪者――だったはずだ。


 


それなのに、彼は今、私の部屋に来てくれている。

しかも、まるで最初から“味方であること”が当然であるかのような態度で。


 


「昨日はご無礼を致しました。突然、私が口を挟んだことで、余計に混乱されたかと」


 


「い、いえ。助けていただいて、本当に……その、ありがとうございます」


 


緊張でどもりそうになるのをどうにか押さえて、頭を下げる。

“悪役令嬢セレナ”なら決して取らない姿勢だろうけれど、今の私はもう、前のセレナではない。


 


「断罪を止めてくださったのは、なぜですか?」


 


聞かずにはいられなかった。

原作通りなら、彼はセレナを助けるはずがない。

それどころか、最も冷徹に裁くキャラだった。

だからこそ、多くのプレイヤーがそのギャップに惚れ、惹かれていった。


 


けれど今の彼は、その“ゲーム通り”ではない。


 


「理由など、必要でしょうか?」


 


静かに、けれど穏やかにそう返されて、私は言葉を失う。


 


「あなたは、裁かれるべきではないと感じただけです」


 


感じただけ。

……直感?

それとも、何か知っているの?


 


「それに、今のあなたは――」


 


そこで彼は一瞬だけ言葉を止めた。


 


「……以前とは、どこか違って見えた」


 


その瞳が、優しく細められる。

まるで、ほんのわずかな変化をも見逃さない、そんな目。


 


私の胸が、ぎゅっと音を立てたような気がした。


 


気づかれた。

私が“変わった”ことを、彼は感じ取っている。


 


でもそれは、“中身が別人になった”からであって……

まさかそこまで見抜かれてるわけじゃ、ないよね?


 


「ありがとうございます。……でも、気をつけてください」


 


「……気をつける?」


 


「私に肩入れして、あなたが巻き込まれるのは……本望じゃないので」


 


一瞬、ライラントの表情がかすかに動いた。

それが何の感情かは、読み取れなかったけれど。


 


「お気遣い、痛み入ります。ですが――」


 


彼はゆっくりと立ち上がる。


 


「私は、自分の意志で動いています。どのような結果になろうと、悔いはありません」


 


「……強いですね」


 


「いえ、むしろ弱いのかもしれませんよ。放っておけない性分なだけです」


 


彼の言葉に、思わず笑ってしまう。

原作では、そんなこと一言も言わなかったのに。


 


もしかして、ゲームの中で見てきた彼は、“一部”にすぎなかったのかもしれない。


 


 


ライラントが部屋を出て行った後も、私はしばらくベッドに座ったまま動けなかった。


 


彼の最後の言葉が、頭の中で何度もリピートされる。


 


「放っておけない性分なだけ」


 


……本当に、それだけ?


 


それとも――

私の“何か”を、知っているから?


 


そんなはず、ない。

彼が転生者なんて、あるわけがない。

でも――


 


 


「……あの瞳は、ずるい」


 


つぶやいて、顔を手で覆った。


 


 


 


翌朝。屋敷の朝は早い。

メルの案内で朝食を取りに行く途中、使用人たちの視線がチラチラと刺さる。


 


当然だ。

セレナの態度が昨日から激変しているのだから。


 


「おはようございます。……今朝もご苦労さま」


 


使用人にそう声をかけると、一瞬空気が止まる。

そして、ぎこちなく頭を下げられた。


 


セレナが、使用人に挨拶なんてするはずがない。

きっと全員がそう思っている。


 


でも、構わない。

むしろ今のうちに、少しずつ“中身の変化”を外側に染み込ませていく必要がある。


 


私は今、**この世界の中で、命をかけた“イメージ回復キャンペーン”**の真っ最中なのだ。


 


朝食の席では、メイド長が訝しげに私を見ていた。

嫌味のひとつでも飛んでくるかと身構えていたけれど、彼女は何も言わなかった。


 


ただ、その目は冷静だった。まるで私を“見極めよう”としているような、そんな目。


 


「今日も日誌を整理したいから、書斎に籠もるわ」


 


そう言って席を立つと、メルが「お供します」と小走りに追いかけてきた。


 


 


書斎では、セレナが書き残した交友録やスケジュール帳、書簡などを徹底的に読み込む。


 


貴族社会の繋がり、パーティの予定、問題の“ヒロイン”レイナ嬢の今の立場――

すべての情報を頭に叩き込まないと、また原作通りの破滅ルートに引きずられる。


 


「……レイナ嬢、今は療養中で王都にはいないんだ」


 


メルの話では、レイナ嬢は先週実家に戻り、体調を崩しているという。

となると、次に“イベント”が発生するまでにまだ少し時間がある。


 


今のうちに、地盤を固めなきゃ。


 


「メル、最近ライラント様は屋敷にいらっしゃる?」


 


「……いえ、あれ以来、お姿は見ておりません」


 


そうか。

あの来訪は“偶然”だったのか。

それとも、何かの“確認”だったのか。


 


彼が私を見たときの目の奥に宿っていた光――あれが、どうしても忘れられない。


 


まるで、何かを知っているような。

でも、それを言うつもりはないというような。


 


「……考えすぎ、だよね」


 


自分に言い聞かせるように呟いて、私は再びペンを取った。


 


この世界で生き延びるためには、情報、行動、そして――


 


“心を読まれないこと”。


 


推しの騎士が、なぜ私を助けてくれたのか。

その理由を知るのは、もう少し先のことになるのかもしれない。


 

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最推しに感じる既視感には、たぶん理由がある 香島鹿 @Sikamasa00

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