9(石田とクッキング)

 有意義だった遠足の時間が終わり、季節は夏へ向かおうとしている。

 相も変わらず屋上でお弁当を広げる3人は2組の名物3人組となっており、付かず離れず避けられもせずの微妙な位置を獲得していた。

 

 と言うか、近付くと眩しすぎて直視できないともっぱらの評判だ。

 そう、この3人は中身はともかく見た目が美しすぎる。

 

 もう学ラン着なくていいよと衣替えの指示が出ても、香流は脱ぎたくなかった。明確に男だと示すことの出来る学ランに愛着が湧いていたからだ。イヤイヤをする香流の学ランを無理矢理ひっぺがし、代わりに紺色のニットベストを着せたのは柚姫だった。

 柳瀬的にはこの格好も可愛いので妹ナイスと内心サムズアップしている。


「俺も柚木とお揃い〜」


 中川はクリーム色のニットベストを着ている。

 2人とも可愛い。可愛いし似合うけど、何故夏に向かうのにわざわざシャツの上に何かを着込む必要があるのか柳瀬的には甚だ疑問だった。


「柳瀬はベスト着ないの?」

「暑いしめんどくせぇ」


 柳瀬は学ランを着崩していた姿そのままに、シャツのボタンも留める気がない。派手なTシャツにシャツと言うヤンキーのような出で立ちだった。


「せっかく顔は可愛いのに勿体ない」

「可愛いのはお前らだけで充分だよ」

「俺は可愛さで着てるんじゃない!」

「じゃあ何で着てんの?」

「だって柚姫が着せるから⋯⋯。賢吾と雲雀ともお揃いだし」


 そんな柚姫は今朝初めて袖を通した夏用セーラー服にご満悦でくるくる回っていた。


「柚木のところは仲良し家族だねぇ」

「嫌なら脱げばいいじゃねぇか」

「やだ」


 そしてこれを買ってくれたのが大好きな保護者と言う点が何よりも大きい。

 それは口が裂けても言わないけど。

 つーんと唇を尖らせる香流はとっても分かりやすい。中川も柳瀬も、にまにましながらそれ以上は何も聞かなかった。




 教室へ戻ると、ひとりの男子生徒が駆け寄ってきた。

 一見女の子みたいな見た目の、濃い茶色の髪のクラスメイト、石田だ。


「おかえり、宝石三人衆!」

「なにそれ」

「宝石みたいに美しいからってみんなが⋯⋯」


 ガタガタガタっとクラス中の椅子が倒れて行った。

 柳瀬は呆れながら石田の口を塞ぐ。中川と香流は意味を理解しかねて顔を見合せていた。


「髪が金色だから?」

「髪が銀色だから?」

「とりあえずお前、こっちに来い」

「んー!」


 石田が口を塞がれたまま柳瀬にズルズルと引きずられていく。

 香流と中川も後に続いた。柳瀬は人見知りだからな。ちゃんと石田の名前も覚えてなさそうだしついて行ってやるかぁ。

 そんな2人の思惑は知らないクラスメイト達は、見た目は可愛くても中身がアレな3人に引きずられていくそんな石田の姿がドナドナされていく子牛の様にしか見えなくて。

 為す術なく、ただ見守ることしか出来なかった。



 そして屋上へ戻ってきた3人は、石田を含んで円状に座り込んでいた。

 三角座りの中川は石田にもらったお菓子を食べている。香流は眠そうに欠伸をしている。柳瀬と石田は隣同士で、怪訝な柳瀬にも石田はごく平然と接していた。


「最初に言い出したのは錦織先生だよ。宝石三人衆どこ行ったーって。みんなすぐになんの事か分かってたよ」

「だっせぇ総称付けやがって⋯」

「いいんじゃない、分かりやすくて」


 石田は人懐っこい笑みを浮かべる。

 中川はおやつを食べながら思っていた。この様子を外から眺めている人は女子会だと思ってんだろうなぁと。

 そして柚木が寝た。足を崩して膝枕にしてあげる。食べたら寝る、俺の神は幼児と何ら変わらない。


「で、なんの用だよ」


 クラスメイトはいつも遠巻きに見守っている。話しかけてくるなんて何か裏があるんじゃないのか。

 柳瀬が近寄るなオーラを出しているのが主な理由だが、石田はあっけらかんとしてにぱっと笑った。


「柚木くんに聞きたいことがあって!」


 瞬間、柳瀬の眉が顰められる。

 あぁ、石田くんが柚木過激派の柳瀬の逆鱗に触れた。中川はなんとも言えない顔でおやつをポリポリ食べている。


「⋯⋯なんの用だよ」


 わぁ、こわーい。


 中川はドン引きしている。前から思ってたけど柳瀬の柚木愛は天井突破している。すごく重い。


「料理を教えてもらおうと思って」

 

 ドス黒い何かを背負う柳瀬にも石田は屈しない。すっごい空気読まないなこの子。


「料理ぃ?」

「俺は剣道部なんだけど、同じクラブの川崎くんに毎日柚木くんがお弁当作ってるって聞いたんだよ。俺ん家母子家庭でさぁ。いつも母さんがご飯作ってくれるんだけど、たまには母さんになんか作ってあげようと思って!」


 わぁ、眩しい。


 石田の後方から太陽の光がギンギラギンに差し込む。見える。羽が見える。めっちゃいい子だこの子。

 さすがの柳瀬も黙った。でも顔は納得していない。ムスッとしたままの柳瀬の脇をつんつんと中川はつついた。


「悪意はなさそうじゃない?」

「絆されるな。柚木に近付く奴は全て精査する必要がある」

「強火ぃ⋯」


 当の本人はぐーすか眠っている。本人はふたつ返事で了承しそうだけど。窓口の審査が厳しすぎるなぁ。


「石田くんのお母さんは何してるの?」

「隣の高等部で先生やってるよ。たまに本土に出張に行くんだ」

「その間は石田くんひとり?何食べてるの?」

「カップ麺とおにぎり」

「男子中学生みたいだね」

「男子中学生なんだよねぇ」


 中川と石田があっはっはと笑った。


「料理したことないの?」

「お米炊いて目玉焼きくらいは作れるよ!」

「でもカップ麺とおにぎりなんだ⋯」

「そうなんだよねぇ。なんかひとりだとやる気あんまり出なくてさぁ。母さんのためならやる気出るかなと思って」


 いつも心配をかけているから。


 おかずが少ないと自分の分を差し出してくれる母さん。忘れ物がないかと口酸っぱく言われるけど、クラスメイトに神様がいるみたいだよと言うと一緒に笑ってくれた母さん。

 5歳の時に父さんと死に別れてから、ずっとひとりで俺を育ててくれている。


「俺は親のためになんかしようなんて思ったことねぇな」

「柳瀬は反抗期早そう」


 石田の突っ込みで中川ははっとした。

 柳瀬から親の話は滅多に聞かない。もしかして、家族愛が全て俺と柚木に向かっている?


「柳瀬は親より俺達の方が好きだもんね⋯⋯」

「おい、その目をやめろ」


 生あたたかい瞳の中川は当たり前のように自分も含んでいる。その通りなので柳瀬はそれ以上何も言えなかったが、中川の頬をむにっと引き伸ばして抗議はしておいた。


「あ、そろそろ5限目始まるね」


 チャイムの音が鳴って、石田は立ち上がった。柳瀬も立ち上がりがてら、香流の脇に手を入れて無理矢理起き上がらせる。


「くすぐったい⋯」

「起きろ。授業が始まる」

「ふぁい」


 伸びをしながら香流も立ち上がった。と思えば柳瀬にもたれかかる。柳瀬はそれを甘んじて受け入れた。


「⋯柳瀬」

「なんだよ」

「足が痺れて立てません⋯」


 涙目の中川の手を引いて、柳瀬はゆっくりと起き上がらせる。

 メソメソと涙目の中川をおぶって、寝起きの香流の腕を引いて柳瀬は歩き始めた。


「柳瀬くんも大変だねぇ」

「いつもの事だよ」 


 石田が扉を開けてくれている。柳瀬は呆れながらも、満足そうな顔をしているのを石田は見逃さなかった。

 あぁなるほど、こいつらこういう関係性ね。

 

 保育士さんと幼児だな!




 社会の授業中、中川は隣の香流にそっと手紙を渡した。

 香流は手紙を読んだ後、中川に指でOKサインを出した。

 

 でも確か今日は賢吾は部活があるって言ってたな。部活後じゃ石田の帰りが遅くなるか。

 なんか厳しい先輩がいるらしくて結構くたくたになって帰ってくるもんなぁ。

 なら、休みの日に家に来ればいいんじゃねぇかな!


 とか思ってそうだなぁ、と中川は優しい微笑みを浮かべていた。

 そして勝手にリクエストの品を考え始める中川だった。




 日曜日がやって来た。

 朝から賢吾がそわそわしている。そんな賢吾を見て香流と柚姫は顔を見合せて不思議そうにしていた。


「何で賢吾がそわそわしてんの?」

「さぁ?」

「石田は賢吾の友達でもあるからじゃない?」


 テーブルでサングラスをかけながら本を読んでいた雲雀が代わりに答える。

 今日も弟は両親とお出かけだ。どこに行くかは知らないけど、朝から楽しそうに出かけて行った。


「賢吾くんもなかなかのシャイボーイだよねぇ」

「何で俺を見るんだよ」


 同じくテーブルでバナナを食べながら中川が嘆息した。視線は目の前の美少女面、柳瀬だ。


「料理教えるって言ったって、石田の好きな食べ物も知らねぇからなぁ」

「石田くんは甘い味付けが好きだって言ってたよ」

「賢吾、落ち着け。早口すぎて聞き取れない」


 そんなひと息で言わなくても。珍しい弟の様子に双子はたじたじだ。

 今日は人が多いので、用意する食材も多めにしておいた。どれか石田にヒットすればいいんだけどな。


「俺は今日カツ丼が食べたい!」


 はい!とバナナを食べ終えた中川が手を上げた。


「中川の食べたいものは聞いてねぇだろ」

「別にいいけど」

「やったぁ!」


 柳瀬は中川の額を小突いた。コイツ柚木の事食堂かなんかと勘違いしてねぇか。

 

「じゃあ俺はソースカツ定食」

「ゆずはオムライス!」


 はいはいと雲雀と柚姫も手を上げる。


「よし、任せとけ!」

「おい柚木、そんな軽々しくリクエストを受け付けるな。そのうちめんどくせぇもん作らされるぞ」

「受けて立つ!」


 ふふんと香流はふんぞり返った。わーとリクエストをした3人が拍手を送った。


「柳瀬は何がいい?」

「中川と同じでいいよ⋯」

「賢吾は?」


 香流が聞いたのと同時に、インターフォンが鳴った。

 いつも毎回インターフォンに出ろという賢吾がインターフォンに出ずに玄関へ出ていく。

 やっぱり様子がおかしい。

 香流も後に続くと、ジャージ姿の石田が紙袋を持って立っていた。


「おはよ!母さんがケーキ買って行けって言うから買ってきた!」

「あ、ありがとう」

「好み分からんから白いホールケーキにしといたよ!」


 賢吾が見たことのない照れたような顔をしている。

 後から付いてきた雲雀が香流の後ろからへぇ〜とニヤニヤしながら顔を覗かせた。


「賢吾もこの島に来て初めてのお友達だもんなぁ」

「あぁ、なるほど!俺にとっての中川と柳瀬みたいなもんか。そりゃ家に来てくれたら嬉しいよな」

「人見知りの賢吾にも社会性が身についていい事だな」

「まゆは友達作らねぇの?」

「俺はテリトリーは増やさない主義なの」


 ぽんぽんと香流の頭を叩いて雲雀は部屋へ戻って行った。

 その割には柳瀬と仲良さそうだけどな。捻くれ者同士気が合っているのかもしれない。


「お邪魔しまーす」


 賢吾に連れられて石田が部屋に入る。

 リビングにはいつもの3人組に川崎くん、川崎くんのお姉ちゃん、と⋯⋯


「ナントカまゆくん!」

「いや、俺の名前は黛雲雀だよ」


 双子がまゆと呼ぶので2組の人に名前と勘違いされているのは知っていたが、訂正するのも面倒くさくて放置していたら昨日ついに錦織先生にまで「まゆくん」と呼ばれるようになってしまった。

 別に誰にどう呼ばれようがどうでもいいんだけど、先生に愛称で呼ばれるのは嫌なのでこれからは積極的に訂正していく所存だ。


「分かった、黛くん!」

「うん」

「2組の人にもちゃんと黛くんだよって言っておくね!」


 やだ、この子めっちゃいい子。

 てか眩しっ。笑顔が眩しっ!

 これが根明と言う存在か。完全に陽の者の気を扱っている。クラス全員お友達のタイプだ。陰の者の俺とは性質が違う。真逆のタイプだ。


「あ、そうだ川崎くん、この前借してもらった本返すね!」

「⋯⋯どうだった?」

「めっちゃ面白かったよー!俺ミステリー小説初めて読んだんだけどワクワクするねぇ!」


 にぱっと石田は笑った。

 賢吾が嬉しそうにしている。香流も柚姫も本は読まない。黛も嗜好品としての本は読まない。無力な家族はただ賢吾の踏み出した道を見守ることしか出来なかった。


「石田くんは明るくていい子だねぇ」

「と言うか何しに来たんだアイツ」

「まぁまぁ、人と人との関わりをそんな邪険に扱うもんじゃないよ〜」

「ばあさんかお前は」


 柳瀬にとって人との関わりにはあまりいい思い出はない。

 破天荒な香流がいるからストッパーとして学校へ行ってはいるが、他のクラスメイトと仲良くするつもりもない。関わりを増やすことは無闇に敵を増やすだけだ。

 ツンケンモードに入った柳瀬に中川はもーと眉尻を下げた。柳瀬は相変わらず頭固いんだから。


「で、何作りたいの?」

「俺でも作れるご飯!」

「石田のレベルがどの程度なのか分かんねぇからなぁ。とりあえずキッチン入って手ぇ洗えよ」

「えへへ、うん!」


 石田は嬉しそうに香流について行った。

 香流の管理するキッチンはきちんと整理整頓されている。調理器具は分類分けされ、調味料は使う頻度順に並べられている。

 冷蔵庫も同じように丁寧に食品が保管されている。ばあちゃんに習った通りにキッチンを大事に使うことが、あの村での暮らしを思い出させてくれる。香流はこの場所がとても好きだった。

 

「お兄ちゃん、ゆずも見てていい?」

「いいよ」

「俺も見たい!」

「いいよ」

「俺も」

「もう、好きにしろよ!」


 柚姫と中川と賢吾まで寄ってきた。内2人はキッチン立ち入り禁止なので大人しくキッチンの外から眺めている。

 中川だけはキッチンの中まで入ってきて、ワクワクと目を輝かせている。


「まるで雛鳥だな」


 リビングテーブルで雲雀と柳瀬が呆れていた。暇なので雲雀がオセロと将棋盤がセットになった玩具を出す。


「柳瀬くん、将棋のルール知ってる?」

「知ってるけど⋯⋯」

「俺王将だけでいいよー。軍勢で勝ってみな」


 雲雀がせせら笑いながら柳瀬を煽る。

 コイツ。柳瀬の負けず嫌いに火がついた。

 リビングで戦いの火蓋が切られた事などつゆ知らず、キッチンでは香流先生のクッキング教室が始まった。



 

「石田は何食べたい?」

「俺はエビフライ!」

「じゃあまず背ワタを取って⋯」

「背ワタって何?」

「出来上がったものがこちらになります」

「あれ、いつ油の用意してた!?」



「次に中川と柳瀬のカツ丼とまゆのソースカツ」

「は、はい」

「まゆはさらっとしたソースの方が好きだからいつも即席で作ってます」

「手元が速くて何も見えない」

「出来上がったものがこちらになります」

「あれ、デジャブ!?」



 賢吾は思っていた。

 そう言えば香流は何かを教えるのが壊滅的に下手だったんだと。

 五感をフルに使った、人より動物に近い感覚で生きている野生児に近いこの神は、ずっと習うより慣れろ精神で全てを解決してきたからだ。

 ばあちゃんの料理も見て覚えたものがほとんどだ。たまに一緒に餃子を包んだりしていたのを見たことがあるが、静かに黙々と作業する香流と言う光景が恐ろしい程異様に思えたことを覚えている。


「石田⋯⋯」

「はい」

「俺は教えるのが下手なのかもしれない⋯!」


 ついに香流が自覚してしまった。


「0.25くらいの速度でやり直したら?」

「そんな難しいこと言うなよ⋯」

「そうだな⋯⋯例えばエビフライをやり直すとか」

「お前が食べたいだけだろ!」


 そんな妙案を思いついたように言われても中川の魂胆はバレている。

 香流はうーんと腕を組んだ。せっかく来てもらったのに何も得るものがないのは申し訳ない。

 あ、と香流は両手を打った。


「石田、母親がいなくて予定がないなら毎回うちに来い!」

「えっ!?」

「俺が石田に食事を用意する!」


 あぁ、それ絶対言うと思った!


 中川はうっすらと笑みを浮かべていた。柳瀬が聞いていなくて良かった。黛くん、柳瀬を引き付けてくれてありがとう。


「えぇ、それはさすがに悪いよ!」

「別にいいのよ?」

「うん、うちにおいでよ」

「もちろん条件もあるぞ。俺が不在の時は、石田が柚姫と賢吾になんか作る!料理は習うより慣れろだ!」

「すんげぇスパルタな条件出してくるじゃん!」


 石田はふはっと笑った。この子ほんとめちゃくちゃ言うなぁ。

 

 いつも楽しそうに笑う柚木くんを見て、俺も仲良くなれたらいいなと思った。

 川崎くんから聞く家族の話が、いつも本当に楽しそうで。普段は静かな川崎くんが、家族の話の時はとても嬉しそうに話すから。

 俺には母さんしかいないから、母さんが本土へ行く時はいつもごめんねと言い残して去って行くのが少し胸が苦しかった。

 謝らなくていいのに。仕事頑張ってねと送り出した後に、これは申し訳ないと思う環境なんだろうかといつも思っていた。

 俺は仕事を楽しんでる母さんが大好きだから。

 いつか同じ道に立てたらいいなと思うくらいには憧れているから。

 母さんが申し訳なく思う環境を抜け出したかった。きちんとしたご飯くらい作れれば母さんも安心するかなと思ったけど、もっと難しくて楽しいこと言われちゃったら乗るしかないじゃん!


「じゃあふたりには俺の練習台になってもらおうかな!」

「任せるのよ!」

「なんかごめんね⋯」

「何で?毎週川崎くんと会えるの嬉しいじゃん!」


 石田の素直な言葉にぐっと川崎は声を詰まらせた。

 すぐに顔を真っ赤にする賢吾を見上げて、柚姫は微笑む。初めてのお友達嬉しいのよね。柚姫もほわほわ嬉しい気持ちになった。


「良かったね、賢吾」

「うん⋯」

「中川、ご飯運んで」

「はぁーい。あー、お腹ぺっこぺこ」

「お前バナナ食ってただろ⋯」


 中川がお膳を運んでいくと、リビングのテーブルで龍虎のバトルが繰り広げられていた。

 思わず「ひぇっ」と声が出る。


「柳瀬は迎撃のセンスはあるけど、詰めが甘いな」

「⋯⋯っ家では負けたことないのに⋯!」

「はっはっは。井の中の蛙大海を知らずだな。はい王手」


 前から思ってたけど、黛くんっていい性格してるよねぇ⋯。


 中川が立ち尽くしていると、後から来た香流がふたりの様子を見て嬉しそうな顔をする。


「やっぱり仲良いなぁあのふたり」

「えー、そう見える?」

「まゆが俺達以外と喋ってるのあんまり見たことないからさぁ。柳瀬とは気が合うんだな」


 朗らかなお顔してるとこ悪いけど、中川には睨み合っているようにしか見えない。

 

 しかも結構性質の悪いいがみ合いをしている気がする。あぁでも、柚木が言うなら仲良しなのかな!

 

 中川は無理やり納得して、お膳をリビングテーブルに置いた。早く片付けてと無言のアピールを込めてにっこりと微笑む。

 雲雀と柳瀬もにっこりと微笑んで、さっと将棋盤を片付けた。中川の後ろに角の生えた悪魔が見える。天使のくせになんて殺気を放つんだコイツは。


「ご飯食べよ!」


 柚木に言われた通り全員分の食事を運び終えた中川は、一足先にいただきますをして食べ始めた。

 もちろんおかわりもした。中川の幸せそうな食べっぷりに石田はずっと目を丸くしていた。




 当然ご飯の後のケーキも食べて、中川は上機嫌で柳瀬と石田と一緒に帰路についていた。


「柳瀬、楽しかったねぇ!」

「お前は食ってただけだろ」

「すごいな、俺はブラックホールを見たよ⋯」


 ブラックホール。言い得て妙だな。柳瀬は思わずふっと笑みを零した。

 すぐに口元を押さえるが、中川がにや〜っと口角を上げていく。柳瀬も何だかんだで柚木か俺が絡むとちょろいんだよねぇ。


「良かったねぇ柳瀬、お友達が増えたね!」

「えっ?俺達最初から友達でしょ?」

「俺は先に帰る!」


 あ、逃げた。


 どうせ帰り道同じなのに。捨てられた中川と石田は顔を見合わせる。


「ねぇ石田くん、今からクレープ食べに行かない?」

「いいねぇ!行く行く!」


 胃袋ブラックホールはもうひとりいた。


 結局、石田が得られたものは料理の腕前ではなく新しい友達だけだったが、それはそれで母親に大層喜ばれたことが何より嬉しい石田だった。

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