8(楽しい動物園)

 ザワ、と檻の中でどよめきが起こった。

 隣接するは猛獣エリアの狼、トラ、ライオン、クマ。伝達をしたのはこの動物園の情報一帯を取り仕切る1羽のスズメだった。


『ついに神がやって来られると⋯⋯!?』

『へぇ。確かな筋の情報でっせ』

『なんてことだ⋯⋯!』

『前日にはブラッシングを念入りにしてもらわなければ』

『雄々しい姿を見せて喜んで頂きたい!』

『夜の遠吠えやめぃ!』


 

 ザワ、と檻の中でどよめきが起こった。

 隣接するはゾウ、キリン、シマウマ、トムソンガゼル、その他アマゾン勢の動物達。伝達をしたのはこの動物園の情報一帯を取り仕切る1羽のスズメだった。


『ついに神がやって来られると⋯⋯!?』

『へぇ。確かな筋の情報でっせ』

『なんてことだ⋯⋯!』

『な、何する?どうする?芸する?』

『今から練習すれば間に合う!』

『BGMはサンバか!?ロックか!?』



 ザワ、と檻の中でどよめきが起こる。

 スズメは空を飛ぶ。ククク、とくぐもった笑みを零しながら。


『動物園を無茶苦茶にして、その騒ぎに乗じて地球の神をいただくでやんす』


 夕日に向かってスズメは羽を羽ばたかせる。

 動物達のざわめきをBGMに、ロックなビートを口ずさみながら。


 



 本日も晴天だ。

 何故なら柚姫がご機嫌で、下ろしたのフリル付きシューズを履いてスキップしているからだ。

 今日は中学1年生は遠足なので、みんな私服で登校することになっている。柚姫はカボチャパンツにピンクのフリフリで、動きにくそうな服だなと香流はいつも思う。

 対する香流は黒いキャップにTシャツ長ズボン。どこからどう見ても中学生男子スタイルだ。賢吾も似たような服を着ている。


「遠足、遠足♫」

「今日は動物園に行くんだろ?ペンギンいるかな」

「いると思うけど⋯⋯」


 ご機嫌なのは香流も同じだ。村の小学校では遠足なんてなかったから、初めての遠足。しかもバスに乗って行くらしい。


「バスも初めてだし、動物園も初めてだけど⋯⋯大丈夫かな」

「なにが?」

「香流も柚姫も乗り物乗ったことないでしょ。酔わないかな」

「酔い止めあるよ」


 後ろから雲雀が声をかけた。柚姫のスキップに目頭を押さえていたはずだが、いつの間にか復活したらしい。

 そして今日もサングラスをかけている。香流はむしり取りたいのを我慢しながら、雲雀に顔を向けた。


「急にこっち向くなよ!可愛いな!」

「もういい加減慣れろ!」


 やっぱり我慢出来ずサングラスをむしり取った。


「わぁぁ!遠足に行く前から貧血になりたくない!」

「俺は帽子被ってんだろ!どっからどう見ても男だろうが!」

「睫毛ちぎってから言って」

「怖いこと言うなよ!」


 言い合いしながらも香流は雲雀にサングラスを返した。すぐさまサングラスを装着する雲雀はシャツにサングラスで少し大人っぽく見える。

 これが13歳。先に歳を取る雲雀が羨ましい。心なしか少し大きく見える。

 いや、大きく見えるか?いつも通りコイツは訳が分からない。


「帰ったらケーキだからな」


 拗ねたように言って、香流は先を歩いて行った。

 慌てて柚姫が背中を追いかける。腕を組んで歩く双子を後ろから拝みながら雲雀は涙を流していた。


「尊い⋯⋯」

「ねぇ、路上でやめてよ。行くよ」


 そんな雲雀の襟首を掴みながら、賢吾は雲雀を引きずって後に続いた。





 バスは1組と2組で分かれると言っていたので、涙目の柚姫の手を離して香流は2組のバスへ乗り込んで行った。

 バスは既に同じクラスの同級生達でガヤガヤとしている。座席表を見る前にバスの奥から「柚木!」と名前を呼ばれた。


「お前はここ」

「柳瀬の隣?」

「俺もいるよー」


 後部座席の一番広い席の、柳瀬と中川の間をポンポンと柳瀬に示される。

 別にいいけど、何で?と首を傾げる柚木に、柳瀬が腕を組んで偉そうな姿で教えてくれた。


「俺達がお前を守ってやるって言っただろ」

「SPみたいだね!」

「中川は頼りねぇけどなぁ」

「まぁ、俺は中川と柳瀬といられるなら何でもいいんだけど」


 キャップを脱ぎながら席に着く香流に、柳瀬は全力で顔を逸らした。

 顔を見られたくないんだな。香流と中川は微笑ましく見守った。柳瀬の照れ方はとても分かりやすい。


「はい。お弁当作ってきたぞ」

「わぁーい!アップルパイ入れてくれた?」

「入れてきたよ。お弁当にアップルパイなんて初めてリクエストされたわ。ほら、柳瀬も」

「ありがとう⋯⋯」


 珍しく柳瀬から素直に礼が出た。香流と中川に並んで、クラスメイトもほっこりと微笑む。


「あ、そうだ。中川とやりたいことリスト作ってたんだった」

「やりたいことリスト?そんなのいつ作ったんだよ」

「授業中」

「俺の後ろでお前ら⋯⋯」


 柳瀬は香流の前の席だ。柳瀬は見た目に反して大人しく授業を受けているが、時々香流が後ろでゴソゴソしたり寝たりしているのを見逃してはいない。

 何で中川まで一緒になってんだよ、と柳瀬は香流越しに中川を睨みつけた。

 中川は舌を出して、頭をコツンと叩いた。いや、てへぺろじゃねぇんだわ。ちょっと可愛いのがまた腹立つな。

 香流はリュックからノートの切れ端を取り出した。そこにはやりたいことリストと銘打たれ、箇条書きで2人の希望が書かれていた。

 柳瀬は嫌な予感がした。


「まず、ゾウに乗る」

「却下!」


 コイツ何も分かってねぇ!!


「バカかお前は!狙われてるっつってんだろうが!自ら目立ってどうする!」

「むしろ迎撃の構えで行こうぜ」

「欲望まみれの瞳で格好つけるな!」


 錦織先生の点呼が始まったが、一番後ろの3人は呼ばれもしなかった。この場において一番目立っているのは柳瀬だよとは中川は言わずにお口をチャックする。


「えー。じゃあライオンに芸を仕込むのは?」

「サーカスじゃねぇんだわ!却下!」

「ゴリラに強さの秘訣をうかがう」

「尊敬の気持ちがちゃんと現れてるけど却下」

「ペンギンと泳ぐ」

「却下!」

「ペンギンと写真を撮る」

「⋯⋯まぁ、それくらいは」

「ペンギンと握手をする」

「何で後半ペンギンまみれなんだよ」

「柚木の推しだからだよ」

「遠足で推し活すんなよ⋯⋯」


 そして中川は何でちょっと得意げなんだよ⋯⋯。

 バスがゆっくりと動き出した。クラスメイトは最早全員後ろを向いている。この遠足の行く末がかかっているからだ。


「駄目だ駄目だ!大人しく見学するだけにしておけ!お前の目的は何だったのかを思い出せ!」

「動物園で遊ぶ」

「ちっが⋯⋯わねぇ、いや違うわ。これは学校の行事!学習なんだよ!!」

「柳瀬は頭が固いねぇ」

「柳瀬は真面目なんだよ」

「すかさず褒めてくるのやめろ!許したくなるから!」


 柳瀬が常識知らず2人に負けそうになっている。クラスメイトはハラハラしながら見守っていた。


「だって村に動物園なんてなかったもん⋯⋯」


 しょんぼりと香流が眉尻を下げる。

 

 クッソ、可愛い顔しやがって。顔面暴力ずりぃ〜!


 クラスメイトの比重が香流側へ傾いたのを感じる。顔がいいと言うのは最早こいつにとっては凶器だ。分かってやってないのが更に性質が悪い。

 中川は分かってやってるからもっと性質が悪い。天使の微笑みでこちらを見てくる。なんかムカつくなこいつ。


「⋯⋯写真、撮るくらいならいいぞ」


 妥協出来るのがそれくらいしかないが、ひとつ許してやればこいつも納得するだろう。

 柳瀬なりの精一杯の譲歩だった。柳瀬の提案に、香流は目に見えて嬉しそうに表情を綻ばせる。


「柳瀬も一緒に撮ろうな!」

「分かったから帽子被ってろ!」

「バスの中で?」


 柳瀬は香流のキャップを掴んで勢いよく被せた。顔面まで隠れて視界が真っ黒だ。視界が暗くなると途端に眠くなってきた。

 そして香流は寝た。

 

 寝付きいいなぁこのアホ⋯⋯。


 柳瀬ははぁとため息をついて席にもたれかかった。中川が微笑みからニヤニヤ顔に変わっている。


「柳瀬は甘いねぇ〜」

「お前も何とかしろよ、柚木の側付きなんだろ」

「俺は柚木のする事には全肯定の姿勢だから〜」

「その姿勢、絶対後悔するからな」


 ふふふー、と中川が意味深に笑っている。

 柳瀬は自分のキャップを中川に被せた。香流と同じように顔面を封じてやる。中川は寝なかったが、「もー」と言いながら静かにはなった。


 前に座った錦織は、


「⋯⋯スマホ、許可した覚えはないんだけどなぁ」


 ひとり、虚しい突っ込みを入れていた。




 バスは一度休憩を挟み、SAで降りた香流は再会した柚姫の抱擁を受け止めて一緒にお土産コーナーを見て回った。

 村にはなかったものばかりで楽しい。刀は格好良かった。良く分からないキャラクターのぬいぐるみを柚姫は気に入って、また来れたらいいなぁと約束をした。


 そして、現在の香流はバスの中で倒れていた。


「気持ち悪い⋯⋯」


 基本的に徒歩移動の香流は、知らなかった。

 バスがこんなに揺れると言うことを。バスの後ろは振動が多いと言うことを。

 森の中は車なんか通らない。たまに業者が木を運んで行くのを見るくらいで、乗ったことなんかなかった。

 

 柳瀬の車は平気だったのに。

 ヘラジカの背中も平気だったのに。

 

 中川に膝枕をしてもらいながらうなされる香流を眺めながら、柳瀬は(静かでいいんじゃねぇかな)と内心思っていた。

 

「俺だけ歩いて行ったらダメかな⋯⋯」

「そりゃダメでしょう⋯⋯」

「じゃあカモメ達に運んでもらう⋯⋯」

「目立つなって言ってんだろ」


 話し出すとコレだ。大人しくしておいて欲しい。


「柚木くん、前に来る?」


 中川と柳瀬ににべもなく提案を否決されて香流がしょんぼりしていると、クラスメイトのひとり、石田が声をかけてきた。

 揺れるバスの中でひょいひょい後ろにやってくる。女の子みたいな顔の男子生徒で、香流が密かに仲間認定していた生徒だ。


「前だと楽⋯⋯?」

「ちょっとマシじゃないかな」

「じゃあ俺が連れてってやるよ」


 柳瀬が香流の腕を引く。人見知りの柳瀬がさりげなく2人で席を代わろうとしている。中川はしれっとした顔で柳瀬を見上げていた。


「⋯⋯なんだよ」

「別にぃ〜?」


 車内は狭いので、石田と石田の隣に座っていた女生徒が中川の隣に座ることになった。

 柳瀬は香流の腕を引いて窓際へ座らせる。流れる景色を見ていれば少しはマシだろう。


「まゆに酔い止めもらえば良かった⋯」

「さっき会えたのに残念だったな。もう寝てろ」


 柳瀬は香流の頭にキャップを深く被らせてやる。

 でもさっき寝たから眠くない。キャップを上げ、じっと柳瀬を見上げる。


「⋯⋯なに」

「柳瀬は優しいな」

「は!?」

「柳瀬はかっこいいよなぁ」

「てめぇ酔っ払いかよ!」

「へへっ」

「青い顔で笑ってんじゃねぇよ!」

「柳瀬は赤〜!」


 散々騒いだあげく、結局最後は気持ち悪さに負けて窓にもたれて寝ていた香流だった。

 コイツほんとよく寝るな。三大欲求を睡眠欲に極振り過ぎるだろ。

 そして寝顔が幼児に見えてきた。コイツ本当は3歳児とかじゃねぇかな。


「やっと静かになった⋯⋯」


 独りごちながら、柳瀬は柚木の幼い寝顔を眺めて思案する。

 柚木が良く眠るのは柚木の能力のせいだろうか。

 

 意識しなくても使ってるのか?

 無意識下で使わせない方法はあるのか?

 

 そもそも根本的にどう言う能力なんだ?生き物の命令⋯⋯支配。動物だけでなく人間も操れるなら、言葉に能力が乗るのだろうか。

 柚木の外見はこの日本では目立ちすぎる。いや、見た目だけなら俺の方が目立つか。でも俺なら間違いなく柚木に近付く悪意から守ることは出来る。


 ただ、柚木自身が悪意になる可能性は?


「⋯⋯まぁ、それはないか」


 柚木は単純思考だもんなぁ。


 良く言えば素直、悪く言えばアホだ。もう中学生だと言うのに物事の善悪がまだ定まっていない。

 中川も大概常識知らずだが、あいつは天使だから仕方のない部分もある。本人も地上おもしろ〜い!とおのぼりさん気分だしな。

 でも、柚木の常識のなさは人の中で育ったとは到底思えない。

 

 まるで人間社会から隔絶されていたような。


「⋯⋯意図的に人間社会から排除されていた?」


 ⋯⋯何となくコイツの狙われてる本当の理由が分かって来たぞ。


 まだ育ちきっていない善悪の判断を歪められたなら、柚木は躊躇なく人を殺せるようになるかもしれない。


 悪意の本質が何かは分からない。だが、悪意を持った何かが地球上全ての生き物を手中に収めたのなら。


 人間を畜産業のように管理することも。


 戦争を起こし数多の国を滅ぼすのも。


 あまねく生物を意のままに玩具にしてしまうことすら。


(なるほど⋯⋯母親が手放すなって言うわけだ)

 

 今の俺は柚木の友人の位置にいる。


 今後俺が柚木を操作する事も可能なんだよな。


(まぁ、そんなことはしねぇけど)


 母親の真意は知らないが、柚木はこのまま素直に生きていてくれる方がいい。

 せっかく手に入れた友人2人を、己の浅ましく醜い欲で失うわけにはいかない。

 

 例えいつか母親を敵に回すことになっても。


「呑気に寝てんじゃねぇよ」


 柳瀬は香流の額にデコピンをした。

 眉を寄せる寝顔に笑みが零れる。アホ面晒しやがって。なぁ、お前はお前のまま何にも染まらず笑ってりゃいいよ。


 孤独に恐れた日々に感謝だな。


 お前を害悪に近付けやしない。少なくとも今の俺はそう神にだって誓ってやる。


 

 ―――と思ってはいたけれど。


 

「⋯⋯⋯」

「なぁ、動物園って動物の方から寄ってくんの?」

「それは俺ですら違うと分かるよ」


 柳瀬は頭を抱えていた。


 バスを降りた。錦織先生の号令を聞いて、列に並んだまでは良かった。


 待ちきれない動物達が列をなして入場門の前に並んでいる。

 その周りで飼育員さん達が泣いている。

 ゾウやキリンはまだしも、いやまだしもじゃねぇけど、ライオンや狼までもが入場門に大人しくおすわりして並んでいる。


 いや、何で俺らの方が待たれてんだよ。


 動物園の醍醐味が違うだろうが!そこは待っとけよ!そもそも何で動物達は柚木が来るのを知っている!?


『ふはははは!来たか地球の神よ!』


 なんか偉そうなスズメが入場門の上でふんぞり返っている。

 入場門がミシミシと音を立てている。教師陣もどうしていいのか分かっていない。そして俺達もどうすればいいのか分からない。

 慌てた柚姫と賢吾が香流に駆け寄ってきた。香流もまだ頭が働いていないのかスズメを見上げてぽかんとしている。


『あっしはアスラゼネ星から来た者でやんす!動物達の命が惜しければ私に従うでやんす!』

「あ、え、人質扱いなの!?」

「人ではねぇけどな!」


 中川と柳瀬が香流の前に立つ。

 香流は乗り物酔いと寝起きの頭でぼんやりと考えていた。


 なんかスズメが喋ってる⋯⋯。


 そう言えば柚姫が言ってたっけな、動物園にはふれあい広場があるって⋯⋯。


 もしかして、ここがふれあい広場ってやつか!?


 はっとして香流は柚姫に視線を移した。柚姫は香流にしがみついてプルプル震えている。


 柚姫は昨日から楽しみにしてたもんな。


 仕方ないなぁ、俺から呼んでやるか。

 

「おいでー」


 香流は動物達を軽率に手招きした。

 中川と柳瀬が勢い良く振り返る。


「なんでそうなった!?」


 2人の声が重なった。


 瞬間、


 ミシ。


 入場門が綺麗に粉砕された。


『ぎゃぴぃ!』


 入場門の上に乗っていたスズメが、ゾウとキリンの圧によって弾き飛ばされる。


「危ねぇ!」


 鳥派の目が一気に醒めた。

 ライオン、ゾウ、キリンと順に踏み台にして香流はスズメを抱き留める。そのままゾウの背中に着地した。

 香流の腕の中で、スズメは確かなトキメキを感じていた。


「大丈夫か?」

『あ⋯そのぉ⋯⋯』

「お前ら、学校のひとに怪我させるなよー」


 香流の一声で、動物達はしゃなりしゃなりと歩き出す。

 まるでモデルウォークのようだった。


「⋯⋯柚木」


 柳瀬は顔をひくつかせてゾウの上の香流を睨み上げる。


 言いたいことはたくさんある。


 突っ込みたいこともたくさんある。


 けれど、今の俺に言えることはこれだけだ。


「後でお説教だからな」

「何で!?」



 その日は動物園内全てがふれあい広場となり、香流とふれあい待ちの動物達の列は閉園まで続いた。

 生徒達がとても楽しそうだったので、錦織は全てまるっと良しとした。




「入場門代は弁償しますんで⋯⋯すみませんでした」

「ご迷惑をおかけしました⋯⋯」


 太陽が傾き、保護者代表の雲雀と柳瀬が動物園の園長へ頭を下げている。

 バスはもう帰っていった。残ったのは5人だけだ。柚姫と賢吾はまだふれあい広場でもふもふを堪能している。香流と中川はペンギン達と一緒にゾウに乗って園内を周回していた。


「いやいや、私どもも管理不足で申し訳ない⋯⋯」

「いや、全く申し訳なくないんですよ」

「全ての責任はあのアホを甘やかせた俺達にあります」


 柳瀬と雲雀の意見が合致した。顔を見合せてお互い顔を引き攣らせる。


「あの子は不思議な子ですねぇ」


 ゾウの背中に乗って幸せそうな香流を見上げて、園長は感嘆の息をつく。


「実は⋯⋯この動物園、来年閉園するんですよ」

「え!?」

「動物達も少しずつ本土へ送っていて⋯⋯あの子達ももうすぐ本土へ渡る予定です」


 柳瀬と雲雀は言葉をなくした。

 取り壊し作業の先取りをしてしまった。そりゃ飼育員さん達も泣くわ。未来に思いを馳せて泣いてしまうわ。


「仲間が減って寂しがっているかと思ったのですが、今日のあの子たちの顔を見て、幸せそうだと⋯⋯心から幸せそうだと私達も嬉しかった」

「園長さん⋯⋯」

「この狭い島で細々と続いた小さな動物園ですが⋯⋯。良ければまた見に来てやってください。あの子達も喜びます」


 園長さん⋯⋯。


 それはアイツになんて言えばいいんだろう⋯⋯。


 柳瀬と雲雀は園長の言葉を聞きながら、ぐるぐると思考を整理していた。アイツに言ったら毎日来るとか言いかねないぞ。せめて週1、いや月1程度に留めていただきたい。


 

 柳瀬くん、


 黛くん、


 ここはひとつ黙っておくと言う選択肢を選ばないか。


 はい賛成。



「また必ず来ます」

「とりあえず入場門の修理手筈は今すぐしておきますね」


 爽やかな笑みを浮かべて、柳瀬と雲雀は裏で小さく拳を合わせた。

 園長は萎縮していたが、金ならある。出し惜しみはしない。責任感じて毎日連れてこられる方はたまったものじゃない。

 こうして、柳瀬と雲雀の奇妙な結託がなされたのだった。




「動物園楽しかったなー!」


 柚姫に空を飛ばせてもらいながら、香流は上機嫌で伸びをした。

 空には夕陽が差している。赤い空は気持ちがいい。そんな中で中川は香流にしがみつきながら震えていた。


「空怖い!」

「今のうちに慣れとけよ」

「やだぁ行かないで!」


 柳瀬は巨大な扇に乗りながら2人のやりとりに呆れていた。

 中川のせいで動きづらく不服そうな香流と中川はまた小さな言い合いをしている。


「俺は速く飛びたいの!」

「スピード違反で切符切られるよ!」

「え、そうなの?」

「そんな訳ねぇだろ」

 

 柳瀬はバイブレーションのように震える中川の手を取った。全く、天使のくせに情けない限りだ。


「ほら、こっち来い中川」

「柳瀬ぇ〜」


 中川はなだれ込むように柳瀬にしがみついた。柳瀬の扇の上は安定感があって浮遊感がまるでない。中川はほっと胸を撫で下ろした。

 

「賢吾、競走しようぜ!」

「ゆっくり帰ればいいじゃない」

「だってまゆの誕生日祝いたいもん」

「もう明日でいいよ⋯⋯」


 雲雀はげんなりしていた。誕生日だと言うのにこの有様。最後の最後でどっと疲れた。


「せっかくケーキ準備してきたのに」

「プレゼントもあるのよ!」

「ありがとさん。じゃあもう今日は泊まりに行くわ。柳瀬くんと中川くんも来る?」

「ぅえ!?」

「いいの!?ケーキだー!いくいくー!」

「みんなでお祝いしようぜ!」

「わーい!お誕生日会よー!」


 たくさん寝たので体力の有り余っている香流は、家に帰ると神がかったスピードで晩ご飯を作り終えた。

 中川は前にも来たことがあるような慣れ具合でお泊まりを満喫していたが、初めての友達の家でひとりひたすら緊張して味も分からなかったことは、柳瀬だけの秘密である。

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