7(中川と誕生日)

 柳瀬家の豪邸にお邪魔すると、黒服達がお出迎えしてくれた。

 今日の目的は柳瀬家の食の充実だ。香流の手によって作り出された料理の数々は、きちんと傷みやすいものを順列に並べ、黒服達によって丁寧にタッパーとジップロックに小分けにされた。

 今は中川が食べたいとリクエストしたコロッケを揚げている。コロッケには千切りキャベツ、ドレッシングもなかったのでにんじんをすりおろして即席で作った。

 その間中川はキッチンの側でニコニコしながら妙に楽しそうにしていたが一切手伝ってはいない。

 ただ、とっても楽しそうなので香流も何も言えなかった。まぁ見られるのは慣れている。柚姫もよく料理をしている側でニコニコ眺めながら楽しそうにしていた。


「柚木の手は魔法の手だねぇ」

「魔法かぁ⋯⋯使ってみてぇなぁ」


 火を出すとか空を飛ぶとか、そんな魔法に比べれば料理なんて地味なものだ。

 動きは身体に染み付いている。ばあちゃんの方がもっとすごかった。残像が4人くらいいた。それに比べれば自分なんてまだまだ足元にも及ばない。


「料理、好きなの?」

「好きだよ。出来上がっていく過程が楽しいだろ?」

「うん、楽しい」


 ふわふわと中川が笑う。笑ってたら天使のようだ。いや中身はともかく実際天使だった。


 出来上がった食卓を見て、中川はわーいと嬉しそうに両手を合わせた。

 それを見て黒服達が表情を綻ばせる。中川は自分が可愛いと言うことをしっかり分かって行動している。柳瀬は苦虫を噛み潰したような顔で中川を眺めていた。


「男らしくねぇ⋯⋯」

「中川らしくていいじゃねぇか」

「男とか女とか柳瀬は時代遅れだよー」

「俺は男らしいのがいいから、これでいいの!」

「それには同感」

「わー外見女の子がなんか言ってるー」


 刺さった。鋭い刃が刺さった。

 何も言えずに落ち込む香流と柳瀬はスルーして、中川はさっさと食卓に座る。


「ねー、食べよーよ」

「あの天使⋯⋯」

「俺だって妹に寄るんじゃなくてもっと男らしく生まれたかった」

「別にいいじゃん。可愛いの何が悪いのさ」


 勝手にいただきますをして、中川はコロッケをぱくりと口に入れる。

 さくさくの衣と、味のついたじゃがいもと牛ミンチがとっても美味しい。眉尻を下げて幸せそうな中川を見ていると2人は一気に毒気を抜かれた気分になった。


「中川は食べるの好きだな」

「うん、大好き!天界なんて甘くて味のぼやっとした食べ物しかなかったもん!」

「果物の乗った丼?」

「何だその地獄のような食いもん」


 中川の前に座った香流と柳瀬もいただきますをして食べ始める。

 黒服たちもそれに続いた。


「ね。変だよねぇ。俺は地上の方が変だって教えられてきたけど、なんか納得いかなくてさぁ。知りもしないのに変だって言うのは違うんじゃないのってつい言っちゃったら、天界ではずっと除け者扱いだったから!」


 天使の笑顔でニコニコしながらすごく重い事を言ってくる。

 柳瀬も除け者扱いされて来たのでものすごく気持ちが分かってしまう。香流はへーと不思議そうにしていた。


「中川はいい奴なのになぁ。そいつらちゃんと知りもしないで勿体ねぇな」

「俺より天使みたいな事言うじゃん」

「お前、俺にも刺さるんだぞ。やめろ」

「えぇ⋯⋯」


 感想を言っただけなのに怒られた⋯⋯。


 ふふっと中川は眉尻を下げた。


「俺はねぇ、柚木と出会えて良かったよ。柳瀬ともお友達になれたし、地上に来て今はすごく幸せだよ」


 ボロボロの教会でひとりで寝泊まりしていた時にも、ずっと考えていた。

 またいらないもの扱いされたらどうしようって。役に立つにはどうすればいのかなって。

 声をかけても困った顔をされて、何を言っても理解してもらえなくて、自分も相手もどうすればいいのか分からなかった。

 

 言いたい事を言うのが間違いのように感じて。

 聞く言葉が正しいと思えない自分が異質だと分かってしまって。

 誰とも気持ちを共有出来なかった。存在を否定されているわけではないのに、俺はそこにいないような虚無感。

 

 今なら分かる。俺、きっと寂しかったんだ。


「柚木の方がいい奴だよ」


 過ごした時間は短くても、分かるよ。柚木はきちんと相手を理解しようと努めてくれるひとだ。

 俺の事を絶対に否定しない。嬉しかったんだよ、名前を一緒に考えてくれた事も、俺の言ったことを受け入れて当たり前のように一緒にいてくれる事も。


 そのままでいいよって言ってくれる事がどれだけ救われるか、いつでもそのままでいる柚木には分からないんだろうな。


「俺、柚木のこと大好き」

「俺も中川大好き!」


 初めてのお友達が柚木で良かった。

 それだけは最高神に感謝したい。だからちゃんと毎週祈りを捧げようと思える。


 ニコニコと幸せそうな中川と、よく分からないながらもつられて笑う香流は見ているだけで浄化されそうだ。

 と言うかされている。黒服達がなんか泣いている。

 

 恥ずかしい奴らめ。柳瀬はやれやれと微笑した。

 

「柳瀬のことも大好きだよ」

「俺も柳瀬大好きだぞ」

「っっ、やめろ、飯が食えなくなる!」


 飛び火した。


 黒服達が微笑ましそうに見てくる。やめろ。そんな顔で見るんじゃねぇ。俺はそんな簡単に絆されやしないんだからな!


「ねぇ、柚木。おかわりある?」

「中川はほんとよく食べるな」

「うん!柚木のご飯大好き!」


 その栄養分がちょっとでも羽にいけばいいのにな、と香流は思ったが口には出さなかった。

 まぁ食べるのはいい事だ。雲雀も賢吾もよく食べる。

 よく食べるのは育ち盛りだからいい事だとばあちゃんも言ってた。


 育ち盛り⋯⋯。


 香流ははっとした。


「俺も食べる!」

「俺のおかわりは!?」


 既に背を抜かれている雲雀と賢吾を差し置いて、中川に背を抜かれるのはなんか屈辱だ!


 さっきまでの大好きムーブはどこへやら、途端に喧嘩を始める2人を眺めながら柳瀬ははぁーとため息をついた。




 食事が終わり、食器洗いは紫藤しどうと言う黒服が担当だと言うので香流はキッチンから離された。

 別に洗い物くらいするのに、とは思ったが他所の家のルールに口を出す訳にはいかない。大人しく柳瀬と中川の元へ戻ると、2人は先程買った知育菓子を広げていた。


「さっきコロッケ食べたばっかなのに⋯⋯」

「お菓子は別腹〜」

「俺は手伝わねぇからな」


 訂正。広げているのは中川だけだった。

 柳瀬が呆れ顔で中川を眺めている。ほんとによく食うなコイツ。昨日もカレーをおかわりしてたしな。

 チビのくせに一体どこに入ってるんだか。それとも天使と言うのはよく食べる種族なのだろうか。


「みてみて、この粉でケーキが出来るんだって」

「俺こう言う細かい作業苦手⋯⋯」

「柚木は美術センスないもんねぇ」

「おい」


 中川はたまに酷いことを言う。その通りなので傷つきはしないが、香流はとても複雑な気持ちだった。


「ケーキと言えばさぁ」


 複雑な気持ちだったが、切り替えの早い香流は箱に描かれたケーキを見ていたらふと雲雀の事を思い出した。


「まゆが誕生日に生地まで甘いタルトケーキ作って欲しいって言ってたんだよなぁ」

「生地まで甘かったら逃げ場がねぇじゃねぇか」

「逃げ場⋯⋯?」


 柳瀬の言っている意味が分からない。

 柳瀬は人差し指を立てて説明を始めた。


「俺みたいな甘いもん苦手なタイプはチーズケーキかタルトケーキに逃げんだよ。クリームが食えねぇからな。そして俺はタルトケーキの生地は甘くない方がいい。その方が甘さが緩和されるからだ」


 説明を聞いても良く分からなかった。

 香流は怪訝そうな顔をする。

 

「なんか良く分かんねぇ理論だな⋯⋯。甘いの嫌いならケーキ食べなきゃいいんじゃね?」

「母親がたまに買ってくんだよ。いらねぇって言ったら傷付いた顔されるのがめんどくせぇの」

「親がいても大変なんだな」


 香流には親がいないので分からないが、確かに家族に傷付いた顔をされるのは対応に困る。

 特に柚姫。柚姫が泣くと天候が荒れる。出来れば外で遊びたい香流にとっては死活問題だった。


「誕生日ケーキとか地獄だぞ。絶対次の日に胸焼けするからな」

「じゃあ柳瀬のも俺が作ってやろうか?」

「はっ⋯⋯!?」


 柳瀬は言葉を失った。


 ケーキを!?作る!?俺に!?


「毎年家族の作ってるから別にいいよ。甘くないのがいいんだろ?」

「お、お前なぁ⋯⋯!」

「中川も作る?」


 珍しく黙っている中川の方を見ると、中川はぽかんと口を開けて固まっていた。


 え、何その顔。香流は不思議そうに首を傾げた。


「中川?」

「えっ?」

「えっ⋯⋯?どうした、ケーキの話だぞ」

「ケーキ⋯⋯」


 中川はぶつぶつと口の中でケーキ、と繰り返している。

 食いしん坊らしからぬ反応に香流と柳瀬は戸惑った。絶対に作って!と騒ぎ出すと思ったのに。


「⋯⋯俺、誕生日にケーキって発想がなかったよ」


 顎に指をかけて思案する中川は、天界での記憶を思い返していた。

 そもそも、誕生日と言う概念がなかった。天使には生まれたことを祝う習慣がない。祝いや祈りは全て神のためにあって、自分へ返すと言う習慣がないからだ。


「そもそも自分の誕生日すら知らないなぁ」

「マジで!?」

「生まれて何年かも分かんないなぁ。柚木と同じ学校へ行けって言われたから、歳は多分中学1年生でいいんだろうけど」


 なんと言う曖昧さだ。

 香流は中川を見つめながら、じっと考え込んでいた。

 名前も誕生日も決められずに地上へ降ろされた中川は、それでもほわほわといつも通り穏やかな笑みを浮かべている。

 

 確かに、天使族には誕生日なんていらないのかもしれない。


 でも、ここでは違うだろ。


 俺は中川と友達になった。友達になったからには、誕生日を祝う権利がある。


「じゃあ今日にしよう!」

「へ?」

「今からケーキ作るぞ!」


 香流は返答を待たずにキッチンへスタスタと歩いて行った。


「牛乳ある。小麦粉と砂糖、卵もまだあるな。果物はないから中川が買ってきたお菓子で代用するか」


 テキパキと慣れた動きで必要なものを揃えていく香流はとても手際が良い。中川は慌てて立ち上がった。


「ねぇ、柚木!?」

「誕生日、決まってないなら今日でもいいだろ」

「いや、いいんだけど⋯⋯」

「中川。地上では俺がルールだ」


 今朝、雲雀も言っていた。


 態度はでかくしろと。それが俺だと。だから中川の誕生日も俺が決めていいよな!


「今からお前の誕生日ケーキを作るぞ!」


 不遜な態度のこの神は、とっても偉そうでとっても嬉しいことを言う。

 柳瀬も立ち上がって香流の元へ歩いて行った。キッチンから中川を手招きして、眉尻を下げる。


「どうせ柚木は言ったって聞かねぇんだから、一緒に作ろうぜ」

「⋯⋯いいの?」

「ケーキにプリンも乗せてやろう」

「それは別がいいかな」


 中川も、ふふっと口角を上げた。

 地上へ来てから色んなことを知って、色んな嬉しいことばかり起きる。

 

 ぜんぶ、柚木と出会えたからだ。


「ねぇ、俺は甘いのがいい!」

「あぁ、いいぞ」

「甘すぎはナシ!」

「俺の誕生日ケーキだもん!」


 キッチンで3人がわいわいと話すのを、黒服達は涙を流しながら眺めていた。

 

 やだもう、この子達尊い。

 


 


 スポンジを焼いて、飾り用のクッキーも形を整えて、生クリームは黒服達が必死で泡立てた。

 そうして出来上がったケーキは、飾り付けに恐竜(柳瀬作)とカブトムシ(中川作)が添えられている。

 

「おい、天使要素どこいった?」


 出来上がったケーキを見て香流が突っ込んだ。

 なんかイメージしてたのと違う。小学生男子の夏休みみたいな仕上がりになった。


「昨日中川とゲームしてたから⋯⋯」

「面白かったよね恐竜対昆虫キング」

「どんなゲーム?」


 どう足掻いても昆虫キングは恐竜に勝てないだろ。


 でも中川は嬉しそうだ。柳瀬に買ってもらったばかりのスマホで写真を撮って喜んでいる。

 そんなケーキの横に、そっと美しい天使が添えられた。

 黒服の1人、茶岡だった。


「すごい。まるで絵画のよう」

「恐竜とカブトムシが霞むな」

「もうコンセプトが迷子だよ」


 3人は顔を見合わせると、同時にふはっと笑みを零した。


「中川、13歳おめでとう」

「わぁい、俺が一番お兄さんだね!」

「あっ!しまった!冬にすりゃ良かった!」

「もう遅いよ。これは俺の誕生日ケーキ!」


 中川は満面の笑みで2人を見上げる。


「柚木、柳瀬!祝ってくれてありがとう!」


 俺はまだ飛べない未熟な天使だけど、2人の幸せを祈るよ。

 友達になってくれてありがとう。これからも一緒にいたい。例えもう二度と天界に帰れなくても構わない。


 ここにいなければならないから、ここにいたいに変わった。


 幸せだよ。ひとりじゃない日々。温かい会話と笑顔が溢れる。ひとりで誰かと誰かが集まる輪を遠くから眺めていた日もあったけど。

 ここへ繋がるのなら、俺はそれにだって感謝するよ。

 

 寂しい過去を感謝へ変えてくれた2人に、最大の感謝と祝福を。




 結局、恐竜対昆虫キングが気になりすぎて香流はそのまま柳瀬の家に泊まった。

 手を汗握る対決に、3人揃ってめちゃくちゃ白熱したのは言うまでもない。

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