第26話
――怖い。なにがあるというわけでは無いし、何もしてないが、警察署という場所は緊張感がある。
冬香が転入して数日が過ぎた。平日ではあるが、付き添いの名目で学校の午後の授業を休んだ素行不良がいる。
警察署のロビーのベンチに腰を掛けている。その場にいる大勢の目的は、運転免許の更新や道路使用許可などの申請だろう。しかし、それらはまだ誠二にはまだ関わる事が少ない。
今日ここに来たのは、幼少の頃に連れ去らわれた事について冬香が被害者として聴取されているのだが、冬香がこの町に帰って来て日が浅く、付き添いが無いと家からここまで来れないという理由だ。
三時間はすでに時間を潰してきて、そろそろ調書が終わるらしいと誠二は待っている。
「お兄さん。お待たせ」
「ううん~、待ってないよ~」
夏美と付き合い始めてから反射的に出る様になった言葉を、容姿と声がそっくりな双子に向けてしまうのは、何か一種のバグのようなものではないだろうか。
誠二は冬香に見せる笑顔を一瞬選んでそれを向けて、返される笑顔は、彼女にそっくりだけどそれは夏美ではない。その揺らぎが彼女が家に来てから何度も感じて、まだ不意に向けられるとぐらっと来てしまう。
これは表面上の見かけなのだ。誠二はそう自分に言い聞かせた。
そして、冬香が誠二の左腕を取る様に隣を並ぶ。それは夏美との秘密協定としての並び順だが、その事を誠二は知らず、教えられていない。
「行こっ」
「うん」
とても短いやり取りと、腕を引かれるその関係は、傍から見ては兄妹には到底見えないだろう。
周囲の目が向いている様に感じて、誠二が焦る気持ちが湧いてくる。自分には夏美という彼女がいるという観念が、違う女性と深い関係があると見られる事への抵抗だ。
しかし、仲の良い義兄妹という建前が存在する以上、無理やりにもほどく事も出来ない。
誠二と冬香は警察署を出て、自宅方面に向かうバスに乗る為に街の中を歩く。
「お兄さん、少し街中を歩いていきませんか?」
「いいけど、なにか買う物あるの」
「特にないですけど、私、この街の事をあまり知らないですから。幼い頃にナツと一緒に来た思い出はありますけど」
「そっか」
不意打ちに冬香の重たさが来て、つい会話が途絶えてしまう。
別の話題を求めて誠二が思考を回し続ける。街の雑踏、手を引きあいながら歩く自分と冬香、コンビニ、雑貨屋、和菓子屋……。そしてふと口に出た。
「冬香は何か好きな食べ物ある?」
「えー、何ですか。んーそうですね……。アイスクリーム。バニラの」
「じゃあ、買いに行こう」
「わーい」
左腕の義妹はとても嬉しそうで、「アイス、アイス」とはしゃいでいる。その様子は年齢に合わないくらい幼い笑顔の様に思えた。
言いたい事がいっぱいあったとしても、その笑顔の前には何も言えなかった。
街の中を二人で歩く、夏美とデートしていても街の中でソフトクリームがある場所なんてあまり意識した事なんてなかった。見た気はするので、歩いていればその内見つかるだろうと一緒に街中を歩き回った。
…………
――見つかったさ、アイスクリーム屋さん。
市庁舎の正面に伸びるストリートにあるベンチに並んで、誠二は抹茶とバニラのハーフを、冬香はバニラのアイスクリームを食べている。
冷たいクリームを舐めて、舌の上で温めながら甘い味を楽しんでいる。が誠二にとって味は想像通りの味としか表現できないだろう。
「お兄さん、それ美味しいですか?」
「うん」
アイスを二人で黙々と食べている中で、冬香が寂しそうにつぶやいた。
「思い出すんですよね。小さな頃にまだ仲の良かったパパとママとナツと四人で食べたアイスを。転んでアイスを落として泣いた事もありました」
「うちもそういうのあったかもしれない。遠い昔の思い出でさ、その時の感情とかも忘れてるけど、お母さんと過ごした思い出」
しんみりとした。もう戻れない遠い過去に想いを馳せて。
悲しい心を忘れようとアイスを舐めるペースが崩れて早まる。
そこに差し込む様に冬香がそっと距離を詰めながら声をかけてくる。
「一口貰っていいですか?」
「うん」
アイスクリームを自分の舐めてない方の面を向けて冬香に差し出す。
冬香は長い髪をかき上げながら、誠二の舐めていたアイスをほおばった。すでに三分の一を舐め削っていたクリームの山は、冬香の大きな一口によってさらに半分無くなった。
それから去り際に、いたずら完了と言わんばかりに誠二に目を合わせてくる。
その視線は獲物を見つめる眼光だ。誠二の心臓が彼女に捕食されるような感覚を思い出して跳ねる。
「お兄さん、間接キスに反応しちゃいましたか」
いたずらそうに笑う冬香を見て、心臓の鼓動が荒れるのが継続している。
連日の彼女の獰猛さをフラッシュバックしながら、現実の清純の皮を被った冬香の全て、笑顔と視線と危うさに魅了されかけている。
誠二は頭の中に夏美を思い浮かべる。
「そんな訳ないだろ」
言葉の上では軽い口調でそれを否定している。
だが誠二の頭の中では、夏美と冬香の思い出が混ざって再生され、どうしようもなく過激な二人遊びや、それを望んでいないはずの三人での行為を思い浮かべている自分が居る。
そっと誠二の目の前に、冬香の食べていたアイスクリームが差し出される。
「お兄さんも一口どうぞ」
「ああ、ありがとう」
食べ始めてから少し時間が経って、肌寒い春の中でもアイスが溶け始めている。
誠二はさっき自分のアイスが食べられた量と同じくらいのアイスを舐め取った。
なぜか冬香を意識するのが止められない。アイスの甘味以上になぜか甘く感じて、冷たいはずなのに喉が熱く感じる。実際にそれを飲んだ事は無いが、誠二にはまるで媚薬を飲んだかのような感覚だった。
目と目が合う。ほんのりと頬を染めた冬香を見て、自覚する気持ちがある。だがそれを理解する事は誠二の理性だ。その気持ちは夏美だけに向けた物。
「どうです」
「甘い」
それ以上の事は何も言えなかった。
平常ではいられない心境をどうにか抑えようとして。
そして、アイスは溶けてしずくがコーンを柔らかくし、先端から垂れてくる時間との戦いが始まった。
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