第27話

(冬香視点)

 家に帰ってきた後、スーパーで買ってきた夕食を二人で分け合って食べて、お兄さんが食器を洗っている中でキッチンに置かれたテーブルで私はくつろいでいた。

 ここにテレビは無くて、イヤホンをつけてスマホで好きなチャンネルの動画を見ていた。ただ視聴に集中できずに、食器を洗っているお兄さんの背中をチラチラと見てしまう。

 それから、今朝出かける前に作ったアイスティーの存在を思い出し、丁度蛇口から出る水を止めた所で声をかけた。


「あっお兄さん。私、アイスティーを作ったんですけど、一緒に飲みませんか?」

「アイスティーね、うん。いいね、ごちそうになろうかな」


 ただのアイスティーになにそんなに警戒する事があるのか良く分からないが、お兄さんが私の事をただの義妹に見えなくなっているのは確かで、アイスクリームを食べてから何かぎこちない雰囲気を漂わせている。

 あと一歩、あと一歩で、お兄さんが私に堕ちると思うのに、まだその距離が掴めずにいる。

 私には時間がない。お母さんは憑き物が堕ちた様に罪を認めてその処理が着々行われている。

 嶺さんはお母さんの保釈金を用意する準備に入っているし、関係者達は当事者達の為に早期決着を求めるだろうし、経験がない私には和解のタイミングが分からない以上、その先の将来を考えたら余裕なんてどこにもない。

 お茶と共にお菓子を用意しながら、私は焦りに口を滑らせてしまった。


「お兄さん、私とヤりませんか?」


 ドストレートな言葉に、びっくりしたのか目を丸くして、ティーカップを置く私の顔から視線を外せない様子だった。

 それから警戒していたはずのアイスティーを飲んで、何も仕掛けがない事に驚いていた。失礼な。

 お兄さんは飲み込んでから数秒の長考を挟んで言い返してきた。


「だから、兄妹でする事じゃないでしょ」

「もう何回もしてるし、今更じゃないですか。私はあの人から受けた仕打ちを上書きして忘れたいんですよ」


 お兄さんが吹き出しそうになったお茶をゆっくりと飲み込んでから、冷静になって諭すような言葉で私に言葉をかけてくる。その優しさを剥いで、野生に堕としたくなる。

 視線をお兄さんの下に移せば、男の性が起き上がっているのが布越しに見える。そして、私の視線を感じて手でカバーしようとしていて可愛い。


「俺は夏美と冬香の関係が破滅するのを望んてないよ。だから、」

「ナツは許してくれますよ。それにナツは私が見ず知らずの別の人間に体を売ったら、悲しみますよね?」


 私の言葉になにを想像したのか、顔を赤くしてお兄さんが怒っている。

 声を大きくして抗議してくる。


「君が被害者なのはわかるけど、それを盾にするのはズルいんじゃないか」


 私の事を思って怒ってくれるのが、なぜかキュンキュンと心の奥底で感じ取れる。

 お兄さんは私の身体を押しのける様に引きはがし、とても渋る顔で自分の意志に理性で跳ね返そうと首を振っていた。

 精神だけで私を否定しようとしていたけど、抱き着いた身体で、彼の身体も本能も私を求めている事が分るほどに弱々しい否定だった。自分自身を納得させ切れていない。

 そういう素直じゃない所がとても可愛く思えてしまう。


「じゃあ、お兄さんが私を治めてください」

「駄目だ。史郎さんになんて言えばいいんだよ。それに冬香は冬香であって、夏美は夏美。俺が愛しているのは夏美だから……」


 お兄さんは自分に言い聞かせるのに必死のようだった。このお兄さんを負かして従順にするのと、そのままでいてほしい気持ちに揺れる自分が居た。

 あともう一押し、お兄さんを私の身体に堕として、お兄さんから私を求めさせなければならないのは確実だった。時間がない。今すぐというわけではないけど、もう大人の事情に振り回されたくない。

 もし、私の籍が今すぐにでも海崎家に移って、ナツと暮らすようになれば、お兄さんはナツからも身を引いてしまうのは明らかで、ハッピーエンドの条件はお兄さんとナツが結婚する事。

 だから、一度この場はお兄さんから離れて、落ち着かせてあげた。


「お兄さんが相手してくれないなら、この高ぶりはどうやって発散したらいいのかな~」


 と、小さく口に出して。

 するとお兄さんは私の肩を掴んできた。少し痛いけど私を思いやってくれる気持ちが伝わってくる。

 あの男の自己満足の為に仕込まれるような使われ方しかしてこなかった私には、お兄さんの心はまぶし過ぎる。ナツがこの人を好きでいるのも分かる。


「自分の身体を盾にするのは止めて」

「はーい」


 必死過ぎる苦言に私は軽く答えながら踵を返して、シャワーに向かった。

 その時にもう一言押し込めば、お兄さんも我慢できなかっただろうけど、後でもっとすごい事になりそうな気がしてその時はそこで止めた。

 お兄さんとシた経験を基に、私の身体をどうされるのが気持ちいいのか、シャワーの中で考え込み、シミュレートしてしまった。

 あの男に仕込まれた芸をお兄さんに実行して、お兄さんに私の使い方を教えて、ナツにも教えて……。

 浴場の中で一人盛り上り、ピークを迎えてスローダウンするのに、いつもより長い時間がかかった。


…………


「お兄さん、シャワー開いたよ」

「んっありが……と……」


 浴場から出てリビングでソファーにくつろぐお兄さんに声をかけた時、振り向いたお兄さんが私に返事をしている途中で固まる姿を見てしまった。

 リビングで時間が止まったように思えたが、テレビの中の笑い声がそれを否定した。最初に数秒それがなぜなのか分からなかったが、それを理解した瞬間にすごく恥ずかしくなった。今更全てをさらけ出しても恥ずかしくないはずなのに、顔が燃え上がりそうに恥ずかしかった。

 。この数日は嶺さんもいるし、お風呂上りに服を着る習慣をつけようと努力していた。でも今日はお兄さんの事で頭がいっぱいで、体を拭いて髪を乾かすまで、いつも通りの流れ作業で済ませてしまった。

 意図せずやらかしてしまった恥ずかしさを隠すように、両腕が隠すしぐさを取ると、凍結した様なお兄さんが再び動き出した。


「服、きな? 風邪ひくよ」

「ごめん、お兄さん」


 お兄さんは全身の関節が油を切らしたように、ぎこちなく立ち上がって素肌を晒した私を避けてシャワーに向かおうとしている。

 その時に私は見てしまった。お兄さんのオスが私をメスとして見ていて、種の生存本能をむき出しにしているそれが布を張っていた。

 私の頭の中でお兄さんが、私が一人、さっきまで憂さ晴らしをした浴場に向かい、その雰囲気を上書きするのかと考えた時、私の理性が本能に負けた。

 お兄さんに飛び掛かる様に近づいて、キスしたところまでは覚えている。でも何をしたのか想像は容易かった。

 それから条件付けられた身体が求める気持ちよさを得ようと、ひたすらにお兄さんを貪っていた。 

 私はお兄さんが義妹として扱おうとしている気遣いを無駄にした。

 気が付いた時には私の部屋でお兄さんを私がおもちゃの様に使っていた。でもそれでいい。

 もしも偶然が無くて、私と再会できなかった未来で得られたナツの未来が、私と再会した事でその幸せが失われてしまう事が思いついてしまった。

 そんな未来は嫌だった。私は幸せを守る為なら、お兄さんのハッピーエンドを壊す悪い女だ。

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