第25話
――怖い。なぜか、冬香が怒っている。なぜ怒らせてしまったか。
家に帰ってきたら、頬を膨らませた冬香が玄関に仁王立ちして待っていて、今リビングで正座させられている。
ソファに座り、見下げるように怒っている冬香の様子は、全く迫力が無くて可愛く、圧も感じないがそれを悟らせたらまた怒られるだろうから、静かに怒られている。
大野江家の自宅に帰ってきたのは、誠二と冬香だけ、夏美は生徒会があり、帰りが遅れるのと、さすがに毎日彼氏の家に泊まると、父親に怒られると二日連続で泊まりに遊びに来る事は無い。
そして、父親の嶺は仕事で夜勤と連絡があり、今日は自宅で冬香と二人だけで過ごす夜になる。
現在誠二が怒られている議題は、学校での行動、夏美と冬香が一緒に居る時、遠くから眺めているだけで関わろうとしてくれない事についてだ。
「なんでお兄さんは、私達に構ってくれないんですか」
「だって、十数年会えなかった姉妹の間に入るなんて、それも、いろいろな形の愛があるとはいえ、強く結ばれた姉妹の間に入る余地なんてないでしょ」
誠二の言葉は地雷を回転するフレイルで粉砕する様に踏み抜いた。冬香が「むーっ」とご立腹の様子を示し、頬をカエルの様に膨らませている。
答えを間違えたのは誠二は分かっている。そもそも彼女を納得できるほどの答えも用意できない。そこにあるのは究極的に自己満足の行動でしかないのだから。
「お兄さんは私の義兄になって、ナツの彼女なんですから、傍にいない理由にはならないでしょ」
「そうだけどさ」
「じゃあ、お兄さんは今私になにをするべきかわかりますよね」
そういって冬香が両腕を伸ばして、要求を求めてきている。
だが、誠二にはもう心に決めた
それに冬香の要求というものが、一般的な兄妹の解釈から大きく逸脱したもので、すでに二回も大きな間違いをやらかしているとして、それはアウトなのだからと首を振った。
「許してくれなくていい。駄目だよそれは」
「お兄さん、私がナツと一緒に居たい気持ちを尊重してくれるのはうれしいですけど、お兄さんとナツが好きでつき合ってるのに、離れる必要なんてないですよ。許し合えばいいんですから」
双子に挟まれた夫との未来の妄想に自己陶酔の浮かれて、頬を染めた冬香が飛び掛かってきた。
それを誠二は避けようとした。が、足を動かそうと正座を崩した途端、足がしびれてその場に倒れて、冬香に上に被さられた。
「おいっ!」
「お兄さん」
声を荒げて抗議する誠二に、語尾にハートを付けて男に媚びた冬香の声が掛けられる。
誠二は押し倒されて藻掻いて抵抗したが、足がしびれて抵抗しきれない。
床に押し倒された誠二の上で冬香は身に着けている服を取り去って、一層の誘惑を見せる。
「冬香さん、そういう事は止めてください」
「冬香って呼んでくれるんじゃないの」
冷静を装って抵抗の為に誠二が呼んだ名前が、まだ心の距離感の適性を図ろうとした呼び名に冬香が不満そうに頬を膨らませて、睨みつける様に誠二の目を見て、頬を膨らませながら抗議をしている。
誠二の目の前にあるプリプリと怒った冬香の顔が、愛おしい彼女と瓜二つで、とてもキレイで魅了されている。頭の中で冬香と夏美が別人と理解していても、見た目に惑わされて思考を狂わせている。
誠二の手がいつも夏美にするように、冬香の顔を撫でていた。無意識で愛おしそうに、欲しそうに。
はっと気が付いて、慌てて出来るだけ距離を離そうとした時にはもう遅かった。
冬香が微笑んでいる。その微笑み方は夏美とそっくりだ。そして、冬香の手足が誠二を離さないと抱きしめている。
「誠二、大好き、愛してる」
意地悪だ。冬香が夏美の真似をして、愛を伝える言葉を口に出す。だがそこに感情が乗っていないと誠二は思った。
あくまで物真似。でも、誠二の心臓の鼓動を早くするには十分で、大きくなる心音を自覚した。
誠二が自覚できない表情を見て、冬香が満面の笑みを浮かべている。
「やめてよ、そういうの……」
真面目な顔で誠二が拒絶して距離と取ろうとした。それでも冬香は微笑んでいて耳元で囁いてくる。
「お兄さんが愛しているのはナツでいいんです。だから、お兄さんは私の嫌な思い出を上書きして」
「おい……」
どうにもならなかった。
冬香に抱かれた距離で拒絶する事も出来なかった。ただ一方的に捕食されるだけの距離。
大切な人の大切な人を傷つけるような力で押し返して、心身に傷をつけてしまう事が頭に過って抵抗できなかった。
誠二の心に快楽の等価に罪悪感が心に積もっていく。
…………
四月の夜は早い。気が付けば周囲はもう暗い。
家の中で激しく動いたおかげで身体は熱いが、まだ暖房が欲しい時期でもある。
ソファーの上で疲れている誠二に冬香が甘えて抱き着いた。
「おにーさん。温めてください」
「別にいいけどさ」
シャワーを浴びて、体から流れた体液を洗い流した後、オーバーサイズのTシャツにホットパンツという薄着の冬香に抱きしめられている。
過ちを犯した後の罪悪感に心臓が高鳴っている。すでに彼女の中に大きなやらかしの証拠を残しているせいで、シャワーを浴びている中で出来るだけ証拠隠滅に努めたが、それが後々大きな事故に繋がらないかと鼓動が早くなっている。
「安全管理だけはしてよ」
「それだと、あの人にされた嫌な事は上書きできません~」
反省がない犯人である。
今の冬香は過ちを犯す事に快楽を求めて、より悪い事を一緒に求めてくる。どうせ修正の効かない人生だから、大きい快楽を求めて、破滅を望んでいるとしか思えない凶悪な愉快犯だ。
そんな破滅主義者を誰がどうやって制御するのか。それは自分にしかできないと思っているが、愛する夏美への裏切り行為を許してくれるだろうかと、誠二の胸を締め付けられている。
昨日の一件を思い返して、冬香の破滅的な快楽の探求に夏美も共犯者として許してくれるだろうという希望的観測が、何度も頭の中にノイズの走り、思考が正しい像の映らない砂嵐のような曖昧なものになっている。
――いけない。
誠二は常識的な男女関係を頭に取り戻そうとするが、姉妹に染められてしまった関係が歪な三角関係を許容させようとしている。
夏美を思って、義兄妹との関係を拒絶して、乱れた関係に至る考えを頭を振って考えから排除する。
「史郎さんを悲しませるような事は、ダメだよ」
「離れ離れになった姉妹が仲良く一緒に暮らしている方が喜ぶと思いますよ」
「このっ」
「あは」
ニヤニヤと、ああいえばこういう冬香の頭を、クシャクシャになるまで荒らすように髪の毛を乱して撫でる。
女の子が触れられたがらない髪の毛を、乱す事を許される距離感。それは年頃の兄妹ではない。
甘い考えだろうが、どうしても誠二には冬香を突き放す事が出来なかった。
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