第10話 それぞれの目的
背の高い人だ。腕が太く、胸板も厚くて――強そう。少し伸びた明るい茶髪は、雑にくくられている。矢筒を背負って、腰のベルトには短剣を吊るしていた。
彼は私たちをにらむ。オリーブ色の瞳が、獲物を狙う肉食獣みたいに輝いた。
「こんなところで何してる。女王に魂抜かれるぞ」
「それはこちらの台詞だ。ここで何をしている? 女王の手先ではなさそうだけれど」
セッカが即座に言い返す。その声は、今までにない低さだ。私が言われているわけではないのに、つい体を丸めてしまった。
対して、セッカと向き合っている男の人は、少しも動じていない。筋肉で盛り上がった肩をすくめた。
「ああ、そうだよ。ご覧の通り、俺は『住民』じゃない。――わかったら、ほら、剣から手を離せ」
「断る。あなたを信用できない。まずは質問に答えてくれ」
「ったく、頑固な坊主だな。しかたねえ」
がりがりと頭をかいた男の人は、今までとは打って変わって真剣な顔になった。
「俺は
セッカが目をみはる。私も、まじまじと男の人を見る。
「女王を、止める? あなたが、なぜそんなことを」
「おまえだって、同じことをしようとしてるんじゃないのか?」
彼はからかうように言ったけれど、今度、セッカは言い返さなかった。まだこちらの目的は話さない、ということだろう。男の人もそれに気づいたのか、苦笑いする。
「それが俺の役目だからだ。かつてのあの方を知る、俺の――」
かつてのあの方? どういう意味だろう。
「あんさん、女王のことを何か知ってるの?」
ミオがすかさずたずねる。男の人はしゃべる鳥に驚いていたけれど、すぐに気を取り直したみたいだ。腕を組んで、まっすぐに私たちを見る。
「そうだな。ヒマしてたところだし、話してやるよ。ただし、あとでそちらの目的も教えてもらおう」
青と紫がかったピンクの瞳が、ちらりとこちらを見る。私は迷わずうなずいた。
「……わかった」
セッカが低い声で答えると、男の人は「決まりだ」と指を鳴らした。
袋の山に身を寄せるようにして、三人で床に座る。ミオは適当な袋の上にとまって、毛づくろいをしていた。
男の人は、私たちを交互に見て、切り出した。
「まずは自己紹介といこうぜ。俺はレーベンという。そっちは?」
「僕はセッカ。こちらの鳥はミオ」
まっさきに答えたセッカが、袋の上を見る。ミオは「よろしくー」とくちばしを動かした。
「あ、えっと、ナズです」
人数分の視線を感じて、私もあわてて名乗った。声が裏返っちゃったよ。恥ずかしい……。
穴があったら入りたい気分だけれど、セッカもレーベンさんも別に気にしていないみたいだった。挨拶が済むと、淡々と話を進める。
「で、さっきの話についてだが」
「あなたがかつての女王を知っている、という話ですね」
セッカの言葉に、レーベンさんがうなずく。
あれ? セッカ、敬語になってる。
「俺はかつて、女王に仕えていた」
のんきなことを考えていたところに、衝撃的なことを言われて、思考停止してしまった。
女王に仕えていた? この人が?
「きえー! なんだよ、あんさん、やっぱり敵か!」
「待て待て、落ち着け。そういう意味じゃない」
激しく羽ばたいたミオに向かって、レーベンさんが手を振る。かなりあわてているのか、早口になった。
「女王と名乗る前の彼女に仕えてたんだよ。――あの方は元々、貴族の娘だったんだ」
ミオが、興味津々、といった様子で頭を振る。
「へええ。どこの貴族?」
「
レーベンさんは、あっさり答えた。セッカの両目がこぼれんばかりに見開かれる。私も、思わず声を上げていた。
「蛍火の国って……ずっと前になくなった国ですよね。陽光の国との戦争に負けて、併合されて」
「よく知ってんな、ナズ」
「歴史の授業で習ったんです」
正直に答えると、レーベンさんは一瞬、顔をこわばらせた。それから、困ったように笑う。
「そうか。外の世界では、もう『歴史』になってるのか」
「レーベンさん。あなたは――」
私たちに向かって、レーベンさんはおどけるように手を挙げた。
「そう。俺は蛍火の国があった時代の人間。本来なら、とっくにくたばってるはずなんだ」
それから、さびしそうに目を細めて。彼と女王のことを語ってくれた。
下級貴族の末っ子だったレーベン少年は、九歳のときに、蛍火の国の名家・クランマール家へ働きに出た。数年の下積みを経て、その家のご令嬢――トリア・クランマールの従者となった。
トリアは賢くて努力家で、ちょっぴり気が強かった。レーベンさんは最初、これまで出会ったことがない種類の少女に戸惑っていたけれど、彼女の振る舞いに少しずつ惹かれていった。トリアの方も、少しずつ心を開いた。
けれど、二人の幸せな時間は、長くは続かなかった。
その頃、蛍火の国は、お隣の陽光の国との関係がかなり悪くなっていた。何度も小競り合いが起きていて、国境に近いクランマール領も影響を受けていた。
トリア嬢は、陽光の国と争うべきではない、と考えていたらしい。対して、蛍火の国の王様やトリアのお父さんは、陽光の国と戦う姿勢を崩さなかった。
親子の意見はいっこうに交わらない。両国の対立も激しくなって、あるときとうとう、アマノネ使いたちも交えた大きな戦いがはじまった。
クランマール領は、すぐ戦場になってしまった。多くの領民が命を落とし、トリアのお父さんも戦死した。レーベンさんは、彼が亡くなる前に命令を受けて、トリアを連れて逃げた。
なんとか逃げおおせて、縁があった遠くの貴族のお屋敷に身を寄せた。
トリアはなかなか立ち直れなかったそうだ。難しい顔をする時間が増えていって、「強くなりたい」と口にするようになった。
そして、蛍火の国が陽光の国の一部になった日。トリアはだまってお屋敷を飛び出した。レーベンさんはお屋敷のご主人に許可をもらって、彼女を探す旅に出た。数か月ほどでトリアを見つけ出したけれど、人が変わったようだったという。
「屋敷に戻るよう説得したが、あの方は『戻りたくない』『わたくしは力を手に入れる』と繰り返すばかりだった。最後は、俺の手をひっぱたいて去っていった」
重々しい声が、暗い倉庫に響き渡る。ミオがぴぃっと鳴いた。
「振られちゃったんだねー」
「ほっとけ」
刺々しく言ったレーベンさんは、ため息をついて膝を叩いた。
「振られただけならよかったさ。けど、そのときのトリア様はただならぬ雰囲気だった。放っておいてはまずい、と直感した。だから俺は、その後もトリア様を追いつづけた。その結果――この国に踏みこんだ」
太い指が倉庫の天井を指さす。私は思わず、息をのんでいた。
「俺はアマノネどころかツチノネも聞こえねえ。けど、すぐにわかった。これはあの方が作り上げた箱庭だ、ってな。今みたいに隠れながら都まで来て、女王の姿も確かめた。予想通りだったよ」
淡々と語っていたレーベンさんが、細く息を吸う。疲労の色が、全身からにじみ出ていた。
「それからは、誘いこまれた人たちをできる限り助けながら、彼女を止める方法を探った。直接彼女に挑んだこともあったけど、手も足も出なかった。――認めたくねえけどよ、ありゃあもはや化け物だ」
倉庫がしん、と静まり返る。隙間の開いた戸口から、冷たい空気が流れこんできた。背中を丸めて、腕をさする。
女王――トリア・クランマール。彼女はどんな気持ちで、こんなことをしているんだろう。想像もつかない。
「どうしたもんかと悩んでたところに……おまえたちが来た」
レーベンさんの声を聞いて、物思いから覚める。
鋭い目が私たちを見ていた。彼は、セッカを静かに指さす。
「特に、セッカ。おまえなら、あの方に勝てるかもしれない」
「買いかぶりすぎですよ。あなたが勝てない相手に、子供の僕が勝てるわけがない」
「何が子供だ。肉体と魂がずれてるくせに」
……はい? 何がずれてるって?
私は思わずセッカを見る。彼は、眉間にしわを寄せてだまっていた。おしゃべりなはずのミオも、『気をつけ』をしてくちばしを閉じている。
「……僕の話をする前に、ナズの事情について話させてください。急がなければならないのは、こちらだから」
セッカの言葉に、はっとする。
マセナのみんなを助けないといけない。今は無事かもしれないけれど、のんびりしていられないんだ。
私は、しどろもどろにこれまでのことを話した。レーベンさんは真剣に聞いてくれた。――そして、気まずそうに頭をかく。
「あの子ら、ナズの知り合いだったのか」
「みんなを知ってるんですか!?」
「ああ。子供の集団が入ってきたのを見た。助けようとしたんだが、女王の手先に邪魔されてな。まんまと宮殿に連れていかれちまった。……すまない」
レーベンさんは、床に両手をついて頭を下げる。その腕に真新しい傷跡を見つけて、私は息をのんだ。切り傷と、犬に噛まれたような跡。
「あ、あの、顔を上げてください。みんなを助けようとしてくれただけでも、嬉しいです」
嘘じゃない。この幻影の国に味方がいるというだけで、ほっとしているんだ。セッカと話したときも、そうだったけれど。
レーベンさんは、申し訳なさそうに頭を上げて、倉庫の外の方を見た。
「あの子らは、まだ生きているはずだ。魂のとりこみは簡単じゃないからな。なるべく早く、助けにいこうや」
「……はい!」
お腹から声を出す。レーベンさんは、にかっと笑った。――ただし、その笑みはすぐに消えて、真剣な表情になる。
「さて。今度こそおまえの番だぜ、セッカ。さっきの話を聞く限り、ナズに会う前からこの国に潜んでいたんだろう? 一体何が目的だ?」
そう。今は私と一緒にいてくれているけれど、セッカには別の目的があるはずなんだ。
食い入るようにセッカを見つめる。彼は、観念したとばかりにため息をついた。
「僕は――あるアマノネ使いの女性を探しています」
川辺での会話を思い出す。人を探していると言っていたっけ。
「そのための旅の途中、陽光の国で何人もの人が行方不明になっているという話を聞いたんです。これを調査していた方が『だれかがアマノネで人を消しているかもしれない』と教えてくれたので、犯人に会うためにこの国へ入りました」
セッカは淡々と語る。私は、夢中でその声を聞いていた。
「つまり……女王に会うためだけに、わざわざ網にかかりにいったのか。なんで、そこまでするんだ?」
「奪われた記憶と時間を取り戻すためです」
レーベンさんが目をみはる。セッカは、静かに背筋を伸ばした。
「第一に。僕は、ミオと出会う前のことを、ほとんど覚えていません」
「記憶喪失ってやつか」
レーベンさんが言うと、セッカはうなずく。私は何も言えなかった。なんとか頭を動かして、話に出てきたミオを見る。彼は、久しぶりにくちばしを動かした。
「セッカはね。ワイの棲みかのそばで倒れてたんだ。最初は死んでるのかと思ったけど、耳元で鳴いてみたら起きたから、おったまげたよね。しかも、どこ出身なのかも、なんでそこにいたのかも、なーんにもわからないって言うんだよ。覚えていたのは、名前と――」
「――意識を失う前、女性に体を押さえつけられていたことだけ」
途切れた話をセッカが引き継ぐ。言葉を失った私の前で、レーベンさんが「穏やかじゃねえな、おい」とうめいた。
セッカは、その記憶だけを手がかりに、旅を始めたそうだ。自分がアマノネやツチノネを操れることも、旅をしているうちに思い出したらしい。
「でもよ。探し人が女なのはいいとして、なんでアマノネ使いだと断言できるんだ?」
「『聞こえる人』だと自覚してから、思い出したんです。『彼女』に押さえつけられているとき、異様なアマノネが聞こえていたことを」
ふむ、とレーベンさんが顎をなでる。
一体どんなアマノネだったんだろう。私が想像をふくらませていると、「そして、第二に」と言って、セッカは自分の胸に手を当てた。
「僕の体は、旅を始めたときから成長していません」
「もう三年は経つんだけどねー」
三年!? 私より三歳以上年上ってこと?
「知り合いに診てもらったら、『アマノネの力が入りこんだ形跡がある』と言われたんです」
「だから、その女がアマノネ使いで、自分に何かしたんじゃないかと考えた――と」
「はい。もちろん、それ以外の原因もあるかもしれませんが……情報が少なすぎるので。とりあえず、僕のことを知っているであろう『彼女』を探しているというわけです」
私が勝手に衝撃を受けている間にも、セッカとレーベンさんの話は進んでいた。私はいそいそと話に加わる。
「女王は、セッカが探してる人なのかな?」
「まだ直接会っていないから、わからない。ただ……この国の様子を見る限りだと、可能性は低いと思う」
セッカはどことなく悲しそうだ。レーベンさんも、苦々しそうに腕を組んでいる。
「そうだなあ。あの方は、人の肉体や精神を操ることは、まったくできないとおっしゃっていたから。目的の女ではないと思うぜ」
「そっ、か」
昔の女王を知るレーベンさんがそう言うなら、本当に違うのだろう。自分のことじゃないのに、落ちこんでしまいそうだ。
「でも、女王に会うことには、意味があると思ってる。元々優秀なアマノネ使いだったようだし、『彼女』のことやこの体のことを、少しは知っているかもしれない。それに――何もわからなかったとしても、連れていかれた子供たちは助け出さないと」
「セッカ……」
私が巻きこんだようなものなのに。みんなのことを考えてくれていたんだ。
レーベンさんがにやりと笑って、ミオがぱたぱたと羽ばたいた。
「まったくもう。お人よしなんだからー」
「放っておいて死んでしまったら、ミオだって気分が悪いだろ」
「そりゃそりゃもちろん。ナズだって帰してあげたいしね」
もう、ミオまでそんなことを。涙が出てきたじゃないか。
必死に目を細めてごまかしていると、レーベンさんの声がした。
「よくわかった。俺たち全員、目的は違えど、女王を止めたい気持ちは同じってわけだな」
「そのようですね」
「……なら、ひとまず協力しよう。どうせ宮殿に行くんだろ?」
レーベンさんは手を叩く。私とセッカは、顔を見合わせた。
「い、いいんですか?」
「ああ。俺にとってもまたとない
「よろしくな、セッカ、ナズ。――ミオも」と言って、レーベンさんは右手を差し出してくる。セッカと私は順番に、彼と握手を交わした。
こうして、女王を止めるための奇妙な同盟が結ばれたのだった。
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