第5話 衝撃の事実
三人は理事長室へと廊下を急いだ。
冬の終わりを告げるような柔らかな陽光が差し込む廊下。
けれど、その光に包まれている三人の表情は硬く、決意の色を帯びていた。
理事長室の前に立ち、真ん中にいた私──星愛がノックをする。
「どうぞ」
透き通るような声が中から響いた。母であり、夢咲学園高等部の理事長でもある灯里理事長の声だ。
三人は固く手を繋ぎ、互いに視線を交わして頷く。
紗良が冷たいドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開いた。
室内には灯里理事長、紗良の母である月弓校長、そして見慣れぬ男がソファに腰掛けていた。
どうやら話の途中だったらしい。
男はこちらを見て、軽く会釈をした。
その目は鋭く、まるで三人の内面まで見透かすかのように深く射抜いてくる。
私は息を呑んだ。
──この顔、どこかで……。
遠い記憶の彼方で見たような気がするのに、どうしても思い出せない。
胸の奥に小さな棘が刺さったような違和感を覚えながら、思わず口を開いた。
「この方は……?」
灯里理事長が静かに口を開いた。
「こちらは、学校法人夢咲学園の総合理事長──風羽凌さんです」
その名が告げられた瞬間、瑠璃の表情が驚きに染まった。
「えっ……神聖な神威を感じる……。風羽凌さんって……いえ、風羽凌様は、ひょっとして神様なのですか?」
瑠璃は直感で何かを感じ取ったようだった。
けれど、紗良には何の変化もなく、私も特別な気配を感じることはできない。
二人で顔を見合わせ、呆気にとられたまま、私は思わず瑠璃を見やった。
「ちょっと、瑠璃ちゃん落ち着いて。いくらなんでも、神様がここにいるわけないでしょ」
私は努めて冷静に声をかける。
「まあまあ、君たち」
風羽凌は神であることを肯定も否定もせず、少しおどけたように口元を緩めた。
「いきなり入ってきて、僕の顔に何かついているのかい?」
その声音は冗談めいていたが、底知れぬ余裕が漂っていた。
「君たちは、ここに何か大事な用事があったのではないかい?」
促されるように、私たちは互いの手を固く握り合った。
冷や汗が掌を伝い、速まる鼓動が重なり合う。
三人は視線を交わし──一斉に頷いた。
私はママ──灯里理事長の瞳をまっすぐに見つめた。
「ママ、大切な話があるの」
一瞬だけ風羽凌の方へ視線を向け、再びママの瞳に戻す。
「分かっているわ……。あなたたち三人が揃ってここに来たということは、クラスにいる“邪神”の件ね。
風羽凌総合理事長も、その話でここに来ているの。だから安心して話して大丈夫よ」
星愛、紗良、瑠璃は顔を見合わせ、頷き合った。
そして私が代表して口を開いた。
「私たちのクラスの白洲澪さん……。空港で感じたあの気の正体、私たちは“邪神”か、あるいは“神”だと推測しています。
瑠璃ちゃんの話では、とても強力な気を感じたそうです」
風羽凌がニコリと笑みを浮かべ、私たちを見やった。
「そうそう。先ほどね、空港の職員が正気を取り戻したという情報が入ったんだ」
「えっ……!」
瑠璃は思わぬ言葉に驚愕し、矢継ぎ早に問いかける。
「でも、何のために魂を抜いたんですか? それとも……魂を抜かれたんじゃなくて、ただの貧血か何かで倒れただけ?
政府も“神隠し”と認めていたはずでは?」
私は空港職員が無事に戻ったことに安堵しながらも、胸の奥に別の感情が芽生えていた。
──まるで白洲澪の掌の上で弄ばれているような、そんな感覚。
紗良も瑠璃も困惑の表情を浮かべ、私たちは自分たちの力のなさを痛感し、言葉を失った。
押し黙る三人を見て、灯里理事長は校長と風羽凌に視線を送る。
二人が静かに頷いたのを確認すると、理事長はゆっくりと口を開いた。
「まず、神楽坂さん──瑠璃の疑問に答えましょう。
空港職員の魂は、間違いなく抜き取られていたわ。
ただし、それはあなたたちが想像するように“魂を取り込む”ためではない。
二年I組に何気なく居座るための、きっかけ作りだったの」
(なぜ二年I組なの……? 他のクラスにも団体はいるのに。
胸に疑問が渦巻きながらも、私はママの言葉に耳を傾けた)
「言い換えれば──三十九人の生徒の中に、四十人目として紛れ込むため。
“最初から二年I組は四十人だった”と思わせる神能を発動させるには、衝撃的な事故が必要だったの。
その記憶の中に、四十人目の存在を自然に埋め込む……。
並の邪神や神では到底真似できない、極めて高度な神能よ」
そこで、紗良の母である月弓校長が言葉を継いだ。
「でもね──相手が悪かった。
勘のいい瑠璃ちゃんは、もう気づいているのでしょう?
この学園は、神によって創造された学園なの。
だからすぐに、二年I組に白洲澪さんが紛れ込んだことも分かったわ。
大切な生徒の情報は、結界によって守られているのだから」
その話を聞いて、紗良が固い表情で口を挟んだ。
「そこまで分かっているのなら……学校を休校にするとか、白洲澪を封印することだって、神の学園ならたやすいはずじゃないですか?」
月弓校長は紗良の瞳をまっすぐに見据え、有無を言わせぬ口調で答えた。
「今こうして静観しているのは──神の意志よ。今はそれ以上は言えない」
(神の意志……? 何が神よ。修学旅行から帰るまでは、私たちの生活に神も邪神も、魂すら意識することなんてなかったのに。
それを“神の意志”の一言で片づけるなんて……そんなの納得できない)
私は紗良の手を強く握り、怒りを押し隠さずに校長へ噛みついた。
「神の意志なんか、私たち生徒には関係ありません!
私はこの学園の生徒を、生徒会長として守る義務があるんです。
風羽さん──あなたはそのことをどう考えているのですか?」
風羽総合理事長は片手を上げ、もう片方の指を口元に立てて、静かに制した。
その瞬間、校舎には始業を告げる鐘の音が鳴り響く。
──一方その頃、二年I組の教室。
白洲澪は、私たち三人が始業の時間になっても姿を見せないことに気付いていた。
(あら……もう始業の鐘が鳴ったのに、あの三人組は現れないのね。……少し調べてみようかしら)
澪は強い探索の神能を一瞬だけ発動する。
(ふふ……やっぱり。理事長室で神三人と話しているみたいね。
まあいいわ。私の手の内には青木桃花の魂がある。そう簡単には手を出せないでしょう)
可憐な顔に、ひとり妖しい微笑を浮かべる白洲澪だった。
理事長室を、強烈な神気が一瞬駆け抜けた。
私は息を呑み、紗良のツインテールが微かに揺れ、瑠璃は脇を伝う汗に身を強張らせる。
「……始業の鐘が鳴っても現れない君たち三人が気になるらしいね。やはり調べに来たか」
にこりと笑みを浮かべ、こちらを見やる風羽。
「察しの良い瑠璃ちゃんはもう気付いたようだね。これは神能の気だ。しかも──相当強力な神の気だよ」
私は紗良の手を握りしめ、瑠璃の表情をうかがった。
彼女は信じられないといった顔で立ち尽くしている。
その時、灯里理事長が静かに口を開いた。
「そう……実はね。私たちは白洲澪さんが夢咲学園の敷地に足を踏み入れた時から気付いていたの。
彼女が──創造神だということに」
私と紗良は驚愕に目を見開いたが、瑠璃の表情は好奇心へと変わり、問いを投げかける。
「私は澪さんの気の中に純白の神気を感じていました。だから女神だと思っていたのですが……女神で、しかも創造神となると数は限られているはずです」
しばし考え込み、瑠璃はさらに言葉を続けた。
「ひょっとして──『創世神話』に記され、紀元前七百年に消息を絶った創造神、ミレイア様のことですか?」
風羽はニヤリと口元を歪め、瑠璃を見据えた。
「その通り。私たちは必要な創造女神が不在のまま計画を始めてしまった。
だが偶然にも、創造の女神ミレイアが現れた。……いや、これは偶然ではなく必然だろうね」
意味深な笑みを浮かべながら、風羽はゆっくりと私と紗良へ視線を移した。
灯里理事長が風羽の言葉に頷き、静かに口を開いた。
「政府は青木桃花さんの“神隠し”を隠蔽し、学園は通常通り開講せよと指示してきたわ。
ちょうど良かったの。政府の指示を隠れ蓑に、私たちの計画を進められると思ったのよ」
そう言って、理事長は改めて私たち三人を見つめ直す。
「白洲澪が何のためにこの学園に来たのか──その目的はまだ定かではない。けれど、いずれ分かるわ」
風羽の眼差しが鋭さを増し、声に力がこもる。
「私たちは、もっと大きな問題を抱えている。その問題に対応するため、十九年前に“対策委員会”が設置され、この夢咲学園がその本拠地となったんだ」
「ちょっと待って……そんな話、聞いたこともない! その計画って一体何なの?」
(どうしてだろう。彼の方が年上のはずなのに、風羽を前にすると敬語が使えない。しかも彼も気にしていない……不思議な感覚)
風羽は肩をすくめ、冗談めかした口調で答える。
「そうだね……“地球を守る計画”とでも言っておこうか。
そして君たちは、その計画の中心に立つことになる。もうすぐ分かるよ。嫌だと言ってもね」
何かを隠しているのか、それとも本気なのか──掴みどころのない笑みを浮かべる風羽。
灯里理事長が話をまとめるように口を開いた。
「風羽の言っていることは本当よ。それまでは夢咲学園を信じて、あなたたちは勉学に励みなさい」
(……今、ママ“風羽”って呼んだ? 総合理事長なのに。ママまで呼び捨てにしているなんて……やっぱり裏がある)
私たち三人が不満げな表情を浮かべるのも構わず、月弓校長が続ける。
「そうそう。あなたたち仲良し六人組は一緒にいた方が安心でしょう。
残りの三人──早坂琥珀さん、田中蒼衣さん、月島琴葉さんのご家族には私から連絡しておくわ。
これからは六人で、灯里さんの家で寝食を共にしなさい。来るべき日が来れば、答えは出る。
さあ、一限目にはまだ間に合う。早く教室に戻りなさい」
追い立てられるように、私たち三人は理事長室を後にした。
胸の奥に渦巻く不安と疑念を抱えたまま──。
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