第2話「風がまだ、通りすぎただけ」

☁️プロローグ:笑顔ってどんな音だったっけ


風が強い日だった。

教室の窓が何度も揺れて、小さなきしむ音がする。


_「この音、なんか苦手かも」_


つむぎはそう思ったけど、誰にも言わなかった。

窓を閉めれば済む話。でも、それはたぶん理由じゃなかった。



🎶廊下で聞こえる、ひとつだけズレた音


昼休み。購買前の廊下。

ざわざわとした声のなかで、どこかから小さな鼻歌が混ざってきた。


ちょっとだけリズムがズレてる。

でも、そのズレが妙に耳に残る。


_あ。たぶん、朝にすれ違った…あの子_


クラスメイトの誰かが言う。


「あれ、はるくんじゃない?なんかいつも歌ってるよね〜」


「曲ズレてるけど、なんか元気出るんだよね〜」


「“ズレてるけど好き”ってさ、なんか良くない?笑」




🍃詩織との帰り道:“元気”の強さに、疲れるとき


放課後。

風が強くてスカートの裾を押し返すように歩く。


詩織:「ねえ、つむぎ。明日、ちょっと寄り道しない?

駅前の新しいカフェ、入ってみたくて」


つむぎ:「……うん、行こうか」


言葉に詰まったわけじゃない。

でも、ちょっとだけ息を飲んだ。


詩織:「あ、でも無理だったらいいからね!

なんか、最近ちょっと寂しそうな気がして…」


つむぎ:「……ごめん、そんなつもりじゃ…」


詩織は笑った。


「出た、ごめんってやつ」

「つむぎ、それ口癖だよ?優しすぎ」


その言葉が、やけに遠くに聞こえた。




🎧偶然の交差点、春の音


帰り道、駅前で信号待ちしていたら、

前方から片耳イヤホンで歩いてくる誰かが見えた。

制服、少しくしゃっとしてる。

ポケットに手、背中にリュック。片手にはメロンパン。


_……はるくんだ_


つむぎはそのことばを、口にはしなかった。


風が一瞬止んで、

すれ違うとき、イヤホンから漏れた音がふっと届いた。


「……ん?」


はるがつむぎの方を見た。


「あ、あれ?同じ学校の子だよね。えっと…」


「……あ、ごめん、まちがえたかな」


そして照れたように笑って、小さく会釈して去っていった。


つむぎの足元で、風がまわった。


_……その笑顔が、なんか_

_悔しかった。_




🏡夜。母の問いと、返せなかった言葉


母:「おかえり。今日、風強かったね」


つむぎ:「……うん」


母:「お弁当、全部食べてくれてありがとう」


つむぎ:「……今日は、おなか空いてた」


テレビの音が遠くで響く中、

つむぎは自室へ歩く。



✍️エピローグ:笑顔の重さ、名前のなさ


ノートを開いたまま、ペンは止まったまま。


なにも書けない夜。

代わりに小さくつぶやいた。


_「あの笑顔、ずるいな……」_


_「わたしも、ああやって笑えてたっけ」_


つむぎの部屋の窓が、かすかに揺れた。

机のうえのメモ紙が、ぺらっとめくれる。


芽吹いたばかりの若葉が、今日も風に揺れていた。

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