4月って、春ですか

風灯

第1話「風の中に誰かいた気がする」

🌸プロローグ:四月の空気に、問いが混ざる朝


カーテンの隙間から差し込む光が、

机の上のシャープペンの軸を細く照らしている。


制服の袖を通しながら、ふとつむぎはつぶやいた。

_「……風も、匂いも、いつもと違う」_


柔らかく結い直した髪先が、風にふわりと揺れる。


_「春は好き。だけど、今年は、ちょっと違う気がする」_


_「4月って……春ですか?」_



🕯️仏壇の前にて


下駄箱の横、居間の隅の仏壇。

つむぎは小さく正座して、


「……行ってきます」


声にならない声で手を合わせた。


火のついていない線香の香りが、春の空気にまじって立ちのぼる。


背中からそっと手が伸びる。


母が、つむぎの肩にふれる。


母:_「つむぎ」_


つむぎ: _「うん」_


_「大丈夫。分かってるから」_


つむぎはうなずいたけど、うつむいたままだった。


 朝ごはん〜登校

テーブルに湯気の立つ味噌汁。

母はキッチンからやってきて、つむぎの前にパンとヨーグルトを並べる。


母:「今日はちょっと落ち着いて食べてるじゃん。

つむぎにしては珍しい朝」


つむぎはうなずくだけだった。

母はそれを責めずに、いつも通りテレビの天気予報に目を向ける。



玄関で靴を履こうとしたとき、

ふと思い出したように母が言った。


母:「あ、そーだ。今度の休み、お父さんのお墓行こうよ」


つむぎ:「……うん」


母:「お父さん、桜好きだったからさ。

ね、たまには3人で花見ってのも、いいじゃない」


つむぎは何も言わずに立ち上がる。


靴のかかとを踏まないように直して、

ドアノブに手をかけたそのとき、

母が背中ごしにひとことだけ、やさしく言う。


母:「……分かってるからね、つむぎ」


つむぎ:「うん」


玄関の扉を開ける。

春なのに、風がひやりと頬をなでた。


_「……空、白いな」_


見上げた空には、雲がひとつ。

でもそれは、ただの天気のせいじゃない気がした。


🏃‍♂️同時刻、はるサイドの朝


目覚まし4つ同時に鳴って、布団のなかでもがく男子。


はる:「わーわーわー!今日絶対遅刻!あ゛ー!」


洗面所で口の中に歯ブラシをつっこみながら、スマホ操作。

イヤホン片耳装着、朝からボリュームMAXで流れてるのはインディーバンドの新曲。


バタバタと玄関の靴を蹴飛ばして、叫ぶ。


「いってきまーーーす!!」


母の声:「ごはんはー!?」


はる:「かばんにパン入れた!!おれ天才!!」




🏫通学路と気配の交差


つむぎが家を出たとき、遠くで誰かの声が聞こえた。

角を曲がると、風が一瞬、後ろから押してきた。


誰かの笑い声。リズムが、ちょっと変。


………何かが、すれ違った。


つむぎはそのまま歩き続けながら、

ポケットの中で指先をぎゅっと握った。



📘教室と詩織とのあいまいな温度差


詩織:「やばい!まさかのはるくん隣〜〜っ!!運命じゃない?笑」


つむぎ:「……うん。すごいね」


たしかに、詩織はすごい。

でも、今日はそのテンポに自分が乗れなかった。


詩織:「あれ?つむぎ元気ない?」


つむぎ:「そんなことないよ」


_ほんとはちょっとだけ、

自分が透明になった気がしてるだけ。_



🌬️ラスト:風が吹いた気がして


教室の窓が、少しだけ揺れた。


帰り道。空に、薄い雲が浮かぶ。

春が、いつから始まっていたのか分からないまま、

1日が終わろうとしていた。


_「……今日は、風があたたかくなかったな」_


そうつぶやいた声は、自分のものじゃないみたいだった。


🌱エピローグ:芽吹いたばかりの風


下校の途中、足を止めて、ふと見上げる。


街路樹の枝。

芽吹いたばかりの若葉が、小さく、小さく揺れていた。


_たぶん、まだうまく笑えない。_


_でも、風は、今日も吹いていた。_




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