第37話 抜け道の先

「わたしが、案内してあげる」


森の歌い手、ルルティエのその言葉は、俺たちにとって、まさに天啓だった。

こうして、元S級冒険者と、追われる聖女、そして森の歌い手という、なんともちぐはぐな三人旅が始まった。


「こっちだよ、アレン」

ルルティエは、先頭を歩きながら、俺の腕に、自分の腕を当たり前のように絡ませてくる。その身体は、鳥のように軽く、花の蜜のような甘い香りがした。


「……なっ……!」

その光景を見て、俺の後ろを歩いていたイリスの眉が、ぴくりと動いた。

彼女は、むっとした顔で、ずんずんと俺の隣に並ぶと、おずおずと、俺の服の裾を、指先でちょこんと掴んだ。


「……わ、わたくしも、はぐれては、いけませんから……!」

顔を真っ赤にして、俯きながら、か細い声でそう言う。

その仕草は、聖女というより、初心な少女そのものだった。


右腕には森の歌い手。左の服の裾には聖女様。

……これが、世に言うハーレムというやつか?

いや、今は、そんなことを考えている場合じゃない。

二人の美少女からの重いプレッシャーに、冷や汗を流しながら、歩を進めた。



ルルティエが案内してくれた「秘密の抜け道」は、巨大な古木の、蔦に覆われたうろの奥にあった。

それは、古代の民が作ったのか、自然にできたのかもわからない、不思議な地下通路だった。壁には、淡い光を放つ苔が群生し、足元には、清らかな水が流れる小川がある。


「すごい……。こんな場所が、森の地下に……」

イリスが、感嘆の声を漏らす。


「昔はね、森と外は、もっと仲良しだったんだよ」

ルルティえは、通路の壁画を撫でながら、ぽつり、ぽつりと語り始めた。

「でも、外の人たちが、鉄の武器で、森をたくさん傷つけた。だから、森は、心を閉ざしちゃったの。この道も、忘れられちゃった」



(魔王城)


作戦司令室の重い空気は、一人の男によって、破られようとしていた。

ライアスだ。

彼は、リリムやゼノンを前に、巨大な地図を広げていた。


「アレンの行動パターン、そして聖王国軍の動きを予測する。俺が『暁光の剣』のリーダーとして遠征した時のデータが、役に立つはずだ」

彼の瞳には、もう迷いはない。リーダーとしての、冷静な光が宿っている。


「アレンが、あの聖女と二人で逃げ延びるために目指すとしたら、聖王国の影響が薄い、中立都市。候補は、三つ。港町ザルツァ、鉱山都市ドワーゲン、そして……」

ライアスは、的確な分析を、よどみなく披露していく。


リリムは、まだ不満げに腕を組んでいたが、その口元からは、当初のヒステリックな怒りは消え、ライアスの言葉に、真剣に耳を傾けていた。


「あらあら、元リーダー様は頼りになりますわね。いっそ、このまま魔王軍の参謀にでも、なってくださらないかしら?」

ルナリアが、妖艶に微笑みながら茶化す。


「ふ、ふざけるな! 俺は、あくまで、アレンを助けるために、一時的に協力しているだけだ!」

ライアスは、顔を真っ赤にして、怒鳴り返した。

そのやり取りに、司令室の張り詰めた空気が、ほんの少しだけ、和らいだ。



(アレン視点)


どれくらい歩いただろうか。

長い、長い、地下通路の先に、ようやく、外の光が見えてきた。


「着いたよ。ここが、森の出口」

ルルティエの言葉に、俺とイリスは、顔を見合わせた。


俺たちは、ついに、森を抜けたのだ。

目の前には、活気のある音楽と、潮の香りが広がっている。

目指していた、港町ザルツァだ。


「やった……! やりましたわ、アレン!」

イリスが、思わず、俺の手を握って、喜んだ。


「ああ……。ルルティエ、本当に、ありがとう」

俺が、ルルティエに礼を言う。

だが、彼女は、笑顔ではなかった。

ルルティエは、何も言わず、ただ、悲しげな顔で、俺たちが出てきた森の方角の空を、じっと見上げていた。


「どうした、ルルティエ?」


「……森が」

彼女の翡翠色の瞳から、ぽろり、と一筋の涙がこぼれ落ちた。


「森が、泣いてる」


その言葉と、同時だった。

俺たちが出てきた森の方角から、空を焦がすような、禍々しい紫色の光の柱が、天に向かって、立ち上った。


「なんだ、あれは……!?」

俺は、息を呑んだ。

あの光は、知っている。魔族の、それも、高位の魔族が使う、破滅の魔力。


「魔王城の方角じゃ……いや、違う! もっと、近い!」


それは、聖王国軍の仕業ではない。

リリムたちの仕業でもない。

この『忘れられた森』そのものを、標的にしたかのような、未知の、そして、圧倒的な破壊の奔流だった。


「ルルティエ!」

俺が振り返ると、彼女は、その場に、泣き崩れていた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


一体、何が起こっているんだ。

俺たちは、ただ、言葉を失うことしか、できなかった。

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