第38話 戻るべき道
禍々しい紫の光の柱が、空を焦がしている。
それは、俺たちが出てきたばかりの『忘れられた森』の中心から、立ち上っていた。
美しい歌声が響いていた静かな森は、今、断末魔の叫びを上げているかのようだった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
ルルティエが、その場に泣き崩れる。
「わたしが……わたしが、外の人を、森に入れちゃったから……森の結界が、弱くなっちゃったんだ……!」
その言葉に、俺はハッとした。
俺たちが、彼女の案内で「秘密の抜け道」を通ったこと。それが、森の防御システムに、僅かな穴を開けてしまったのかもしれない。
そして、敵は、その一瞬の隙を、見逃さなかった。
「あれは、魔族の力だ」
俺は、天を衝く光の柱を睨みつけながら、呟いた。
「だが、リリムたちの魔力とは、どこか違う。もっと歪で、禍々しい……制御されていない、暴力の塊だ」
「……教皇猊下が、秘密裏に研究していたと聞きます」
隣で、イリスが、唇を噛み締めながら言った。
「古代の強力な魔族を、その魂ごと復活させ、兵器として使役する、禁断の秘術……。まさか、この森に眠る何かを狙って、あれを、解き放ったとでもいうのですか……!」
教皇。
また、あの男か。
世界の真実を知った今、その男の非道な企みが、森を、そしてルルティエを苦しめているのだと、すぐに理解できた。
目の前には、目指してきた港町ザルツァの喧騒。
あそこに行けば、情報を集め、傷を癒し、魔王城に連絡を取ることもできるかもしれない。
安全な、光の道。
だが、俺の背後では、ルルティエが泣きじゃくっている。
俺たちを信じ、助けてくれた、この森の少女が。
破滅の光が渦巻く、闇の道。
どちらを選ぶべきかなど、本当は、最初から、わかっていた。
「……本当、厄介ごとはごめんだってのに」
俺は、苦々しく笑いながら、頭をガシガシとかいた。
「追放されて、のんびりするはずだったんだがな、俺の人生」
俺は、くるりと踵を返すと、泣きじゃくるルルティエの前に、ゆっくりとしゃがみ込んだ。
そして、その小さな肩に、ぽん、と手を置く。
「ルルティエ」
「……っ……ひっく……」
「案内しろ。一番早く、あの光の場所に行ける道を」
俺の言葉に、ルルティエは、涙で濡れた翡翠色の瞳を、大きく見開いた。
「……でも、あなたたちは……もう、関係ない……。森から、出たんだから……」
「あんたには、でかい借りがあるんでな」
俺は、ニヤリと笑って見せた。
「それに、俺の
その、ぶっきらぼうな言葉。
それが、俺にできる、最大限の慰めだった。
「……アレン……」
ルルティエの瞳から、再び、涙が溢れる。
その時、俺の隣に、イリスが、静かに立った。
「わたくしも、行きます」
彼女の瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
「教皇の非道を、これ以上見過ごすわけにはいきませんから」
そして、彼女は、俺を見て、小さく、しかし、はっきりと微笑んだ。
「――それに、わたくしは、あなたの
その言葉は、俺の心に、温かく、そして、力強く響いた。
ああ、そうだ。
俺は、もう、一人じゃない。
ルルティエは、俺とイリスの顔を、交互に見つめた。
そして、ごしごしと涙を拭うと、力強く、こくりと頷いた。
「……うん! わかった!」
彼女は、勢いよく立ち上がると、森の奥を、まっすぐに見据えた。
その足取りには、もう、迷いはない。
「こっちだよ、アレン、イリス! あの光は、森の『心臓』がある場所! 急ごう!」
彼女は、再び、森の中へと駆け出していく。
俺とイリスは、顔を見合わせ、一つ頷くと、その小さな背中を、力強く、追いかけた。
目の前には、港町の安全な暮らし。
背後には、破滅の光が渦巻く、危険な戦場。
俺たちは、迷わず、後者を選んだ。
それぞれの想いと、守るべき約束を胸に。
俺たちの影が、再び、闇に包まれ始めた森の中へと、吸い込まれていった。
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