父
真夏の金曜日。仕事帰りに息子を見つけた。
「あの日」と変わらぬ日々を繰り返す私にとって、待ちわびた瞬間である。
「大きくなったな」
率直な感想を口にするや、毎年同じことを言っていることに気づく。
私も歳をとったようだ。
対する息子は一向に口を開かない。親に会って口もきかぬとは何事か。眉をひそめて見せるが、やはり反応なし。
彼は笑うでも怒るでもなく、無感動な顔で私を見詰める。変わり映えしない父親をつまらなく思い、呆れているのかも知れない。
日に日に身長がのび、毎日違う考え方でワガママを言い出すような奴だ。そんなお前にとって私が退屈な存在に見えることは、仕方のないことなんだよ。
お前は永遠に気づかないままなのだろうけど……。
ため息をつく。
毎年そうしているように、近くの居酒屋に入る。
息子もついてきた。もう酒を飲める年齢だ。
「一杯どうだ?」
たずねたところで返事はない。
彼は、何食わぬ顔でただついてくるだけだった。
店内は満席に近くけんそうに満ちていたが、自分が二十代の頃に比べると熱気に乏しい気がした。
この国の若者は、変に礼儀正しくなってしまったように思う。最低限守っていればよかったマナーとルールを見分けることができず、不自由になり、また苛ついている。目つきを見ればわかる。いつまでもそうだと、ため込んだ不真面目な感情がどこかで爆発してしまうぞ。
おっと、いけない。年寄りの悪いクセだ。
席について注文を済ますと、近くのイスを隣に寄せた。
そこでようやく、息子はおずおずと腰を下ろす。
前よりは素直になったようだ。あか抜けたと言うべきか。昨年の彼は、戸惑った素振りで周囲を見回すばかりだった。
今日は、年に一度の、私のための日だ。
お前に好きなだけ話をきいてもらう、
今の私にとって最も大切な日だ。
店員に届けられたお通しとビールを口にしながら、
私ははばかるものなく思い出を語り出す。
周囲の騒がしさはついぞ聞こえなくなった。
こうなれば、もう他のことは気にならない。
乾杯でもできれば良かったが。
いや、献杯か。
心の中でひとりごちてから、息子に付き合ってもらう。
お前が生まれた時のよろこび。
オムツを替える時に浴びたオシッコやウンチビーム。
オッチン、タッチ、ハイハイを習得してからは、お前の素早さに驚いた。「いつ、どうやって、そんな所へ?」と思う場面ばかりだった。
言葉を覚えてからのワガママのあらし。そんな言葉、どこで覚えたのだ……。諸悪の根源は大概、アニメかお笑い芸人だった。
夢はあるか?
誰にあこがれている?
運動会で一等は取ったか。順位とか、今はないか。
語り、たずね、伝える。
私の知る、お前の成長を。
私に宿る、お前との日々を。
うしなうとは思っていなかった未来を。
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