親に会って口もきかぬとは何事か

むささび

 真夏の夜。街中で父さんの姿を見かけた。

 見慣れたスーツ姿と、はげかかった七三分けの頭。

 一時期はそれをみすぼらしく感じ「もっとカッコイイ親の下に生まれたかった」と思ったこともあった外見。

 真面目だけが取り柄のような、立派な大人。昔はどうだったのかは、実はよく知らない。


 そんな父さんと別れてから、だいぶ経つ。

 しかし、この時期になると会える。

 どこかへ行ってしまっていた幸福が、

 帰ってきたのだ。


 けど、なんと言えばいいのかわからない。

 何をどうすれば言葉を届けられるのか、

 どうやって想いを伝えればよいのか、

 まったくわからないまま過ごす。


 発声方法を知らない身として、

 それ以外にやりようがなく、

 ただ、見詰める。


 思い出す。


 かけがえのない日々を。

 忘れたくない思い出を。


 うしなうとは思っていなかった未来を。

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