第24話 背徳の麦酒
結局浅草まで戻って、蕎麦屋に這入った。もう昼飯時を過ぎていたので、店は空いていた。
席に着いたはいいが、玄女が不満そうな顔をしていた。
『なんだどうした』
『美味い物、とかいっていたので、もっと豪勢な物と思っていたんだが』
『仕方ねぇじゃねーか。岸本のおっさんからの依頼がオジャンになっちまったんだから。収入無しなの、今回』
そこへ蕎麦屋の兄さんが注文を取りに来た。
「へいらっしゃい。なににしやしょう?」
「天ぷらそば、海老天載せの大盛りで」
『おい、自重しろ』
俺は玄女に突っ込んだ。
「お、姐さんなかなか食うねぇ。で、そっちの兄やんは?」
「俺も、同じやつで」
「へい、あんがとさん!」
蕎麦屋の兄さんが立ち去ろうとすると、それを止める声があった。
「待て待て。追加でたぬき月見そば大盛りで。あと、麦酒」
「へい、ありがとさん」
「あ?」
追加注文をしたのは、客人対応係所属警邏の榎木だった。
「ちょいと失礼するぜ」
榎木はそういって、玄女の隣の席に座った。
「あんた、仕事中じゃねーのかよ」
「まぁ固いこというなって。なんならお前も飲んでいいんだぜ?」
「いわれなくても飲むよ。あんたの奢りでな」
「おいおい勘弁してくれよ。しがない官吏は給料安いんだ」
「知ったこっちゃねえよ」
そんな遣り取りをしていると、卓に瓶麦酒が運ばれてきた。
「コップは?」
蕎麦屋の兄さんが訊いた。
「私は遠慮するぞ」
玄女がいった。
そう、玄女は酒を飲まない。飲んでいるところを見たことがない。曰く、酒を飲むと暴れるそうだ。それは遠慮願いたい。
「じゃ、二つ」
俺が答えると、コップを二置いて、兄さんが去って行った。
「で? いったいなにしに来たんだい? 偶然なんて訳ないよな」
俺は榎木のコップに麦酒を注ぎながら訊いた。
「お、悪いねぇ」榎木は嬉しそうにコップを持った「では、いただきます」
そういって並々注がれたビールを一気に飲み干す。
「か~、やっぱり昼間っから制服着て呑む麦酒は最高だな」
「あんたさぁ、その内苦情来るぜ?」
「関係ないさ。オレはこうして使い走りみてぇな仕事させられてんだからな」
「だからなんでアンタが居んだよ」
「あ? そうそう。雨夜様様からの伝言だ」
「へぇ、様様からねぇ。ありがたく頂戴するぜ」
「憲兵隊には係わるな、だそうだ」
それを聞いて、玄女が笑った。
ああ、そうだな。笑うしかないだろ。もう遅いんですけど。十分係わっちまってるみたいだしな、俺たち。ま、覆水盆に返らず。毒を喰らわば皿までっていうしね。成る様になるだろ。
俺は手酌で注いだ麦酒をグイと飲んだ。
明治幻想奇譚 不死篇 呪術師の章 藤巻舎人 @huzimaki
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