先輩vs後輩
布団に入り直しても興奮はしばらく続き、いつの間にか意識を手放していた。気づいたときには窓から光が差し込み、人の話し声が聞こえる。
スマートフォンを手に取ると十時過ぎ。昨日よりも寝過ぎた。急いでリビングへ向かうと二人はマグカップを片手に談話中。
「あ、起きたん。おはよ」
「ちょっとおそよう、だね! じゃあ礼奈お待ちかねの朝ごはん作ろっか〜」
「お、おはよ……え、俺のために待っててくれた感じ!? ごめん!」
二人を追うようにキッチンへ。「じゃあ綿来くんは礼奈と一緒にサラダ分けといて〜」と指示を受け、トレーに入った野菜を器に盛り付ける。宝木さんはテキパキとパンを切ったり卵を焼いたりしており、この家の主かのように使いこなしていた。
「パンと卵あったの?」
「いや、朝一緒に買い物行ったねん」
「……何時に起きた?」
「九時前くらいやったかな」
「先に食べてて良かったのに。お腹すいたでしょ」
「仲間外れみたいなんはちょっと嫌やん」
「礼奈、コーヒー飲んで耐えてたから褒めてあげて〜」
宝木さんはフライパンを動かしながらにやりとする。「いらんこと言わんでええ!」とぷりぷり怒る来留さん。
俺が起きるまでじっと耐えていたのだ思うと、ご飯を前に『待て』をしている子犬が頭に浮かんだ。
思わず笑ってしまい「なんで笑ってんの!」と矛先が向くが、ちょうど食事が出来上がったため彼女の怒りは消え去った。
「カフェとかで出そうやな……」
テーブルの上にはハムとチーズ、半熟卵を挟んだサンドイッチ、ハチミツを垂らしたヨーグルト、そして俺と来留さんが盛りつけたサラダ。
「さ、決戦前のブランチいただきまーす!」
少し焼いたパンはさっくり、熱が伝わったチーズがびよんと伸びる。卵も良い半熟加減だ。
「今日の予定やけど……出発は一時から。二時くらいになると二人ともあそこに戻ってくるはずや。私と二人で別れたら、ほぼ常に
「もちろん!」
「むしろ
「……まさか
来留さんはレタスを重ねて刺したフォークを持ってふっと笑った。
ところどころ焼け爛れたように白壁は焦げ、二階と三階部分から鉄骨が露出している校舎。時が止まったままの時計。無造作に生え、辺りを覆い尽くしている雑草。
フェンスの外側にある木々の間から俺たちは待機していた。
「テミスは?」
「もうそろそろ到着予定。黒瀬を連れ戻して雲切を制圧したら突撃させる」
「……さすがに緊張してきたね」
宝木さんが大きく一呼吸する。
「なにいうてん。『いい加減変なこと言うてんと帰るで』って怒るだけや」
ぷっと吹いてしまい、つられて宝木さんも肩を揺らした。
「そうだね。彗を怒るだけ!」
「緊張もほぐれたところで……二人が帰ってきたみたいやわ」
来留さんは閉じていた目を開けた。
「雲切りは三階。黒瀬は……体育館におる。うちらが周辺におることはバレとるな」
「えっ!? それってヤバくない!?」
「バレてるから、黒瀬は単独で体育館におる。いつでも来いってことやな……二人とも、いける?」
「いつでもいいよ!」
マガジンを抜いて弾を数える。一、二、三、四、五、六。見たところきちんと並んでおり問題はなさそうだ。替えのマガジンはあと一つ。弾は合計十二発だ、無駄撃ちはできない。
マガジンを差し込み、ショルダーホルスターへ戻した。
「俺も……いける」
「よし。こっからは別行動や。私は三階に、二人は体育館に
三人で目を合わせ、頷く。
来留さんの
一階、体育館前。
なんの変哲もない扉が、酷く邪悪な雰囲気を纏っているようだ。
「宝木さんはそこにいて。俺だけ入る」
「……分かった。けど、ヤバそうならすぐ入るからね」
「黒瀬は、任せて」
と言いつつ息を大きく吐きながら体育館の中へ入った。
中は荒れてはいないが綺麗でもない、砂利で床はざらつき踏みしめるたびに音が鳴る。
この場に似つかわしくない陽気な日差しが舞台上にいる黒瀬を照らした。
「久しぶり。……っても三日ぶりだけど。アレとお揃いのマントなんか着ちゃって」
「僕もこっち側だからね。てか綿来だって同じようなの着てるじゃん。……ま、雲切さんの言った通り綿来が来てくれて良かったよ。綿来がいてくれれば計画は上手くいく」
「計画……?」
ブツッとマイクを入れる音がスピーカーから鳴る。
『そう。綿来くんには是非協力してほしい計画。……僕は、この世から超能力犯罪を消したい。
異様に落ち着いた、けれどどこか楽しげな声音に不気味さを感じる。今は来留さんが雲切を制圧しているところだろうから、恐らく事前の録音なのだろう。
「……なるほどな。……で、黒瀬は宝木さんを傷つけて、部活もできなくなった超能力が憎くてたまらないから賛成したってとこ?」
「全部聞いたんだ。……そうだよ。超能力なんか消してやる。そのために綿来がいるんだ。……七花のためにもなる」
「ヤーだね。俺は黒瀬を連れ戻すために来たんだ」
「……じゃ、やるしかないってことだね」
黒瀬は
俺はあくまで来留さんが来るまでの時間稼ぎ。
「へぇ上手くなったね」
「誰かさんのおかげでな!」
「そりゃどうも。けど、いつまでもつかな?」
黒瀬の攻撃は止まらない。見えづらい砲弾が飛んでくるのをただ飛び回って避けるだけ。
「綿来の
「ぐっ……ゲボッ」
けれど
「ちょっとは手加減しろよ、可愛い後輩なんだから!」
「だからでしょ」
立ち上がってケープマントに着いた砂埃を払う。背中はジンジンするが大したことはなさそうだ。
「宝木さんのためとか言っておきながら、宝木さんの気持ちは聞きもしないしフル無視なんだな。それってさぁ、黒瀬のためじゃね?」
眉をぴくりとさせ首を傾げる黒瀬。
「……はぁ? 勝手なこと——」
「勝手なのはそっちだろ!」
体育館いっぱいに響き渡る怒声。俺は手にぐっと力を入れる。
「宝木さんが……俺らがどんな気持ちだったか知らねえよな! 良いことしてる気になって気持ちなくなってるだけだろ!」
「それは……そんなこと……」
分かってる。今やってることは黒瀬の本意じゃない。思考操作されてるだけだ。それでも言葉が少しでも届くなら。
『彗くん。何を迷うことがあるの? その子たちは彗くんのつらさを分かってくれないんだよ?』
「……そうだ」
「ヤベ——」
黒瀬が腕を伸ばす。
轟音とともに壁が凹むほどの強さで叩きつけられ、木片がぱらぱらと落ちてくる。
ギリギリ意識は保っているが、すぐに立てそうにはなかった。
「綿来くん!」
宝木さんの声がした。が、こちらは来れないらしく名前を呼ぶだけ。
「七花は来ないで。危ない」
黒瀬が
それにしても来留さんが遅い。もう五分は経っているはずなのに。
『あ、残念だけど来留はまだまだ来れないよ。今は僕の子たちの相手になってるから』
さっきの声で嫌な予感はしていた。録音ではない、リアルタイムだ。道理でさっきから来留さんの
黒瀬を通じてか、はたまたは設置していたカメラか何かで俺たちを観ているのだろう。
『来留が
「……雲切さん。綿来まだ意識ありますけどどうしますか」
『せっかくだから思い出話でもしようか。来留もこれを聞いてくれてることだろう』
どこの世界でも悪役というのは承認欲求の塊らしい。尋ねてもいないのに雲切は語り出した。
『来留なら覚えてるよね。君が九歳頃にここで任務をしたこと。
以前、ロキの仲間が来留さんの弱点は水だと言っていたのを思い出した。それが発覚したのがここだったとは。
『そのせいで、僕の妹は救助が間に合わずに死んだ。お前がヘマしなければあの子は今も元気に生きてたはずなんだ。……だからお前から消したかったのに。……どうせすぐに僕の手の中だし、いいけど。じゃあ彗くんあとは頼んだよ』
要するにただの逆恨みオチか。妹さんを亡くしたことは同情するが、怒りの矛先は間違えすぎている。
「だってさ。じゃあまたね、綿来」
黒瀬はゆっくりと近づき手を翳す。こっそりホルダーから抜いていた銃のセーフティを解除し、ケープマントから腕を出して引き金を引いた。
が、
「いや僕に銃って……しかも実弾じゃないし、なに考えてんの」
合計四発打ち込み白い粉の膜ができあがった。残り、八発。
「意識あるのつらいでしょ。一旦寝といて」
「……その銃……なんか仕込んでるでしょ」
「なんだろうな? 常にバリア張ってた方がいんじゃね?」
「そうさせてもらうよ」
黒瀬が前面を覆うように
けれど、やはり遅い。
砲弾の嵐を掻い潜りながら避け、黒瀬の側面にまわり、シールドの薄い端を狙って弾を撃ち込む。
「もう無駄だってば」
「うるせぇな。黒瀬こそシールド無駄じゃね」
ガキン、とスライドが前方は伸びたまま止まる。弾が切れた。マガジンを交換しようとするが、飛び回りながら器用にできるはずもなく、
「もう終わらせるからさ」
ゆっくりと右腕を上げ、
「彗」
黒瀬の背後に宝木さんが、いた。
来留さんの
「!? なな……ッッ……」
膝が折れ手を床につく黒瀬。宝木さんの
「私が近づくなんて思ってなかったよね。もうやめよう、こんなの」
「帰るぞ……黒瀬」
俺は右足を頼るようにして歩き、黒瀬の肩に手を置いて
「遅なってごめん! 私が甘かったわ……」
突入前よりも衣服が汚れている来留さん。どれだけのアンドロイドを相手にして戦ったのだろうか。
「ううん、大丈夫。……てか、宝木さんよく突っ込ませたね」
「緊急事態のときはお願いって頼んでたから。まあ腕の一本や二本あげる覚悟だったけど……」
「それより雲切や。この範囲内におるのは確実やけど、場所まで特定できん」
そうだ、まだ終わっていない。安心するのは早い。すると、黒瀬が床に腰を下ろし両手を床について話し出した。
「雲切さんは……地下にいる……」
「黒瀬……正気に戻ったのか!?」
「超能力を封じられて、なんか頭がハッキリしてきた気がする……ぼやぼやしてるけど」
「彗……よか……良かった……!」
宝木さんが膝を折り曲げて屈むと顔を伏せた。肩がほんの少し揺れている。
「ほな、地下に行けば——」
「その必要はないよ」
舞台上には雲切と一体のアンドロイドが立っている。来留さんが
「え……」
「ま、彗くんが負けたときのことも考えてちゃんと用意してたからね。君たちがやることは僕もやるよ。それは超能力不活剤。君たちも残念ながら今は無能力者だ」
してやった、という顔で笑う雲霧。来留さんも宝木さんも今は戦闘不能だ。
「けど一ヶ月すれば効果は消えるからまた打たないとね。あ、綿来くんが
「お前……それ……!」
雲霧は胸ポケットからボタンのようなものを取り出した。あ、これ映画で観たことあるやつだ。と冷静になる。
「こいつを押して埋めてるヤツを起爆させるよ。僕らは地下に入れば被害は被らないし。ほら、早く行くよ?」
俺たちが超能力を失ったと思い込んで余裕を見せる雲切。今が最高のチャンスだった。
「……っ、そんなん従えるわけ——」
「従わなくて大丈夫」
つま先に力を込め、蹴り出すと同時に
「
「な……なんで超能力が……不活剤は打ったはず……」
雲切は腰を抜かしたように尻餅をついた。
「わ、綿来くん……なんで……」
やっと言える時が来た。このときをずっと待ち侘びていた。
俺はそこかしこが痛む体で精一杯息を吸い込む。
「俺は
やっと、言えた。
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