傷つきたくないだけ

「綿来さん? 気が付きましたか?」

 ナース服に身を包んだ若い女性が顔を覗き込んで尋ねる。

「あの……ここどこですか」

「テミスの支部ですよ!」

「あやぴお疲れ様。よく頑張ったね」

 佐倉さんも視界に入ってきた。どうやら医務室らしい。

「俺、どうやってここまで……」

「スタッフが運んでくれた。皆は不活剤打たれてたから、活性剤で超能力取り戻したよ。だからあやぴの重症も七花っちがほぼ治してくれた」

 言われてみればズキズキとした響く痛みはなく、体はスッキリとしている。

「もう体調良さそうなら帰ってもいいよ。あ! 彗ちんの念動能力サイコキネシス戻してあげてくんない? 思考操作の方はもう完全に取れたから、ディケ復活だよ〜」

「は、はい」

 そういえば俺が半妖だということはどこまで伝わっているのだろうか。もうここはクビだろうな。

 あー、大変だったけど楽しかったなぁ。

 まるで卒業式の後のような気分。いや、この場合は卒業ではなく除籍か、と乾いた笑みが溢れた。



 しばらくすると三人とも医務室を訪ね、心配そうな顔で駆け寄ってきた。

「綿来くん、体の方はどう?」

「ごめんな……私が焦って計画したから……」

「そっちは全然、大丈夫……」

 黒瀬が近づき暗い顔を見せる。

「綿来にも、すごく迷惑かけた。本当にごめん」

「いや黒瀬の意思じゃなかったわけだし——」

「けど完全に操られてたわけじゃない。自分が何をやってたのかはハッキリ覚えてる。……なんであんなことしてたんだろうって、思うけど……」

「ほんま、大変やったわ!」

「彗にアイス奢ってもらうんだ〜! 綿来くんもなんかお願いしな!」

「え……」

 俺、しっかり半妖だってこと言ったはずだよな。なぜ誰も触れないんだろうか。もしかして言った気になってて、本当は気絶していた? 思わず眉を顰めた。

「ま、それは後で買いに行くとして……はい」

 来留さんが瞬間移動テレポートで俺のバックパックを出現させた。

「荷物取りに行くんめんどいと思って持ってきた。忘れもんあったまた言うて」

「あ、ありがと……」

「それと……綿来くん、彗の超能力戻してあげてくれない?」

 宝木さんが両手を合わせて謝るように頼んできた。それは構わないが、黒瀬はどうなのか。

「……黒瀬、良いのか? 超能力……嫌なんだろ」

「……うん。すごく嫌だった。……雲切の話も聞いて……本当に、一瞬殺意が湧いた。……でも今は良いって思えるから。綿来、頼むよ」

 黒瀬は微笑して腕を伸ばした。

「……ま、嫌になったらいつでも言いな」

 しっかりと掴み、切替能力スイッチを発動。黒瀬の念動能力サイコキネシスは元通りとなった。

「おかえり、黒瀬」

「……ただいま」



「てかアイスくらい僕が作るのに……」

「それとこれはまた別やん。作ってくれたら食べるけどな!」

 近くにあったスーパーから出て各々選んだアイスを口にする。

来留さんはチョコレートにコーティングされたバニラアイスをにこにこしながら齧っていた。

「……あ、そういえばさ。綿来くん倒れる前に妖怪がどうの……って言ってたよね。あれなんだったの?」

「もう興奮状態で錯乱してたんちゃうん、あれ」

 勇気を出して告白したはずが、皆にはきちんと届いていなかった。当然と言えば当然だ。いくら超能力者エスパーというぶっ飛んだ存在でも、妖怪なんてすぐに信じられるわけがない。

「……そのままだよ。俺は一反木綿の父と人間の母の間に生まれた半妖。だから空を飛べるのも遺伝だ」

「わ……綿来、本気で言ってんの……?」

 普段冷静な黒瀬もさすがにこればかりは動揺を隠せないらしい。

「嘘ついてた。同じような人たちがいて、仲間ができたみたいで嬉しかったから。ここに入りたいと思ったから。……ごめん。超能力者エスパーじゃない俺はここにいる資格、本当は無いんだ。……もうこれっきりにする。じゃあね」

 皆の顔は見れない、見たくない。だから俺は飛んで帰った。

 誰も追ってくることはなかった。



 三連休の最終日。

「あー……久々の家だ……ハハ」

 自室のベッドで目を覚ます。

 昨日は両親に「もう辞めてきた」とだけ伝えてふて寝したのだ。両親は突然のことに驚いてあたふたした様子だったがそれに構う余裕はなかった。

 黒瀬は連れ戻せたし、半妖は告白できたし、俺はまた飛んで遊ぶだけの高校生に戻ったことを再度認識する。

 恐る恐るスマートフォンを見るとメッセージアプリの通知が来ていた。

【雲切の研究場所が他にも見つかってアンドロイドも全部処分できたっぽい。……それと、綿来くんが超能力を消したロキの二人も実験されかけてたらしい。今は無事やって】

【そうなの!? 無事なら良かったけど……礼奈の件はきちんと償ってほしいよね】

 グループチャットに来留さんと宝木さんがメッセージを送っている。そうか、本当に終わったのか。思い返せば大仕事だったな、としみじみする。

 ポコン、と音が鳴る。

【綿来くん、元気?】

 個人の方で来留さんからメッセージが来た。なんて返そうか。いや——

「もう合わせる顔がないな」

 友達リストの方からディケのメンバーを皆、横へスライドしブロックした。

 これが最善だ。



「綾人おはよ!」

「おはよ……」

 時計をチラ見すると八時過ぎを指していた。まぁ生活リズムは概ね戻った方である。

 二人は既に朝食を食べ終えたようで、自分で用意する。簡単にトーストで食パンを焼き、インスタントコーヒーを淹れる。それだけだ。

 焼けたトーストにバターを溶かしながら塗り込んで食べる。あー、来留さん家で食べた宝木さんのホットサンド美味しかったなぁ。来留さんとサラダ盛り付けたのちょっと楽しかったなぁ。なんて思い出を振り返る。

「お昼になったら、出かけよっか!」

「……へ?」

 母は鼻歌を歌いながら誘う。

「だってせっかくの三連休だし、合宿だけで終わるのは寂しいでしょ?」

「ま、まあ……けど出かけるってどこに……」

「そりゃ決まってるだろ」



「ここだ」

 車を二十分走らせたところにある大型ショッピングセンター。母はアパレルショップで服を吟味中、俺と父は通りに設置されているソファベンチで待機していた。

「出かけるって、普通の買い物じゃん……」

「立派なお出かけだろ?」

「立派なお出かけ……ねえ」

 目の前には営業でもらった風船を手にキャッキャと走り去る子どもたちが通った。

「……綾人。なんでテミス辞めたんだ?」

 まあ突っ込まれるよな、親なら気にならないはずがない。こんなとき来留さんの親御さんみたいなだったらなぁ、ととんでもなく失礼なタラレバを考える。

「半妖だって、言ったから。今まで黙ってたからやっと言えたんだよ。……それだけ」

「妖怪の血筋はダメだって言われたのか?」

「それは……言われてないけど」

「じゃあダメか分からないだろ」

 テミスは超能力に関する組織であって妖怪は管轄外なのだから、どう考えてもダメに決まっている。妖怪が管轄の組織があるのかは知らないが。

「言われなくても分かるって。……とにかくもういいんだよ」

「嘘つきねー。もういいって言うときは大体良くないのよ」

 買い物袋を片手にショップから出てきた母がしたり顔で言う。

「うるさいな〜。母さんには関係ないだろ……」

「自分の子のことだから関係あります〜! あ、お腹すいたからなんか食べよう!」

 近くにあったフードコートを指差し、父も「たしかに小腹空いたなぁ」とベンチから立ち上がった。



 父はたこ焼き、母と俺はチョコバナナクレープを頼んだ。父と母は「たこ焼き頂戴」「そっちのクレープ食べたい」と相変わらず仲良し夫婦をしている。

 来留さんだったらたこ焼きとクレープ両方頼みそうだな。なんて考えてしまい未練タラタラかよと自己ツッコミをする。

「ま、辞めるも続けるも綾人次第でいいけど、ちゃんと話はしてから終わりなさいね?」

 まだ続いてたのかその話、と思いつつ「はいはい」と流した。

「そうだぞ。一方的にブチンと切っちゃうのはあんまり良くないからな?」

「……分かってるよ」

 お互いきちんと話して、なんてする勇気がない。圧倒的に自分が悪くて良い方向に進む可能性なんて無さそうなのに、そんな中で話すだなんて耐えられない。

 俺は運良く半妖と告白できる機会があったから打ち明けただけで、卑怯なところが変わったわけではないのだ。

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