Mad Doctor

「く、来留さん……?」

 声をかけると彼女は何度か瞬きをして紙屑をポケットに入れた。

「あぁごめん、別になんもなかったわ! もう拾える情報は拾えたので、大丈夫です。ご協力ありがとうございました」

「いえいえ、またなにかあればご連絡ください」

 事務員さんは受付まで送ってくれ、俺たちは病院を後にした。



 午前二時。遅めの昼食を取ろうとなり、近くのチェーンレストランへ入った。

 来留さんはオニオングラタンスープを、宝木さんはレモンクリームパスタを、俺はデミグラスハンバーグステーキを注文。

 ステーキ皿で寝ているハンバーグは音を立ており、熱されたソースは絶えず気泡を作り弾ける。

「さっき居場所分かったって言ってたよな、どこだった?」

「ここの隣の市の廃校や。あくまで一拠点ってだけで、他にもありそうやけど」

「一つでも見つかったのは大きいね……! そこに彗も居てくれたら良いんだけど……」

「そうやなぁ……あ!」

 来留さんはひたひたのバゲットを乗せたスプーンを寸前で止めた。

「さっき佐倉から連絡来てた。こっち来れたら来てほしいって。綿来くんに用あるみたいやで」

「え、俺?」

「最後に寄ろ」

 佐倉さんが俺に用事とは。それは良い方にか悪い方にか、変なソワソワ感に駆られながらハンバーグを口へ運んだ。



 来留さんはスープを食べ終えるとデザートメニューを見ることもなく、「敵情視察しよか」と席を立った。

 上空を飛行中、街並みを見下ろすと三連休の初日ということもあり車が延々と直列を作っている。子どもは良いなぁ、と大人ぶった感想を心の中でぼやいた。

「礼奈、あれだけでいいの? デザート食べるためにちょっとしか食べてないのかと思った」

「あー……さすがに食べすぎてんなぁと思って……」

「来留さんが普通の女子みたいなことを言ってる!?」

「私のことバケモンかなんかやと思てる?」

 今まで黒瀬のお菓子やらインスタント食品やらを好きなだけ食べていたのに、と衝撃を隠せなかった。来留さんには眉間を寄せてじろりと目を向けられた。



「ここか……」

 雲切の拠点のうちの一つ、廃校に足を運んだ。周りは池や田畑に囲まれ、あまり人が寄りつかないような場所だ。校庭は腰くらいの高さまで雑草が伸び伸びと生え放題。フェンスが設置され、『不法侵入禁止』と錆びた看板が建てられているが、ペンチで切られ穴を開けられていた。

「し、侵入するのか……?」

「せんよ! 誰かおるか精神感応テレパス使うだけや」

 来留さんは目を閉じて感知んだ。

「……今は誰もおらん。最後に雲切と黒瀬がいたのは昨日の夕方四時……。校舎には例のアンドロイドがぎっちりやな」

「倉庫にしてる、ってことかな……」

「この学校、一階が体育館で二、三階は普通の教室やねん。体育館だけ空けてんのは……向こうもやる気満々ってことやろなあ」

「来留さんそんなに分かるの!?」

「構造は知ってんねん。昔来たことあるから。……大体わかったし、撤退!」

 一部骨組みの鉄骨が剥き出しになり、白い外壁がところどころ黒くなっていることから任務繋がりだと察した。

 いつ頃かは分からないがこんな場所まで出動するだなんて、現在の活動範囲よりもかなり広い。なかなかのハードワークだ。



 上空を二十分ほど飛行して支部へ到着。受付では「あの人どこだっけ」と相変わらず行方不明の様子であり、医務室へ向かうとピンク色のカップに入った炒め麺を啜っていた。

「かっっっら!! 誰よ辛くないとか言ったの!! ……お、もう来てくれたの!?」

 舌を出しながら片手で仰いでいる佐倉さん。この人流行物知ってるんだな……と内心驚いた。

「はい……あの、大丈夫ですか?」

「全然大丈夫じゃないよー! 無理だこれ、アヤピー食べれる?」

「辛いのは大体平気ですけど……」

 佐倉さんから丼鉢サイズのカップを受け取ろうとすると、来留さんが取り上げた。

「味見さしてや」

「れ、礼奈ちんは辛いの苦手じゃ——」

「ごふっ」

 麺一本をちゅるっと啜っただけで咽せる来留さん。

「口いっった! い、胃が……!」

「礼奈! 牛乳牛乳!」

「これ飲みな!」

「あーあー、俺が食べるから」

 焼きそばを食べる要領でずるずると吸い込むが、辛旨い。こういうところは彼女の見た目通りというか、唯一見られるか弱さだ。以前の麻婆丼事件でもそうだが、なぜ苦手なのに挑むのだろうか。

「ふう……危なかった」

 佐倉さんがあらかじめ用意していた牛乳を流し込み、胃は牛乳の膜でコーティングされたようだ。

「良かった〜。まあ私はお昼ご飯が無くなってしまったわけだが……割引品に飛びつくのは良くないね」

 どうやら流行っているから買ったわけではないらしい。

 そしてもう夕方の四時だというのにお昼ご飯と言っているあたり佐倉さんの過労が窺える。

「じゃなくて、渡したいものがあるんだよ」

 ちょっと待ってて、と言い医務室を出る佐倉さん。数分後、包装されたおにぎり二個を片手に持ち、片手には箱を持っていた。

「彗っちの話聞いてさ、なんか力になりたいなと思って。じゃ〜〜ん」

 箱を開け見せてきたのは黒いハンドガン。

「……本物ですか?」

「なわけないだろ! 元はエアガンだよ、改造して威力強めたんだ〜」

「ゴム弾とか?」

「礼奈ちん残念。中身は超能力不活剤だよ」

 超能力不活剤。ディケに入ってすぐの頃に聞いたっきりのワードだ。俺たちが超能力エスパー犯罪者を制圧した後、専門の職員が超能力者エスパーに注射し、超能力を一定期間発動しないようにする物質だ。

「え、私ら免許ないで?」

「注射じゃないから大丈夫よ〜。彗っちの念動能力サイコキネシスでガードされるかもだけど、無いよりは良いかなって」

「けど、諸刃の剣じゃない? 私たちにも効くし……」

「注射よりはだいぶ効果落ちるし、至近距離で打ってやっと発動にラグが生まれるくらい。だから気を散らすとか注意を集めるための武器として使ったほうが良いね」

 受け取ると想像していたよりも重みがあり、手にずっしりと伝わる。自分だけの武器を手にし、喜びがじわじわと湧いてきた。

「ありがとうございます、佐倉さん」

「いいってことよ! 久々に物作りできて楽しかったし!」

 佐倉さんはニッと笑って親指を立てた。


 

「あぁ〜〜……疲れた……!」

 家に着いた途端、皆床へ転がった。アテナへ行くだけだったはずが、あちこち寄る羽目になった一日。宝木さんも料理をする体力と気力はなく、インスタント食品を選んだ。

「明日……やるんだよな?」

 醤油ベースのスープに浸った麺を掬い上げ、思い切り吸い込む。

「行く。テミスにも連絡はしてるし、応援も送ってくれるって。まずは精神感応テレパス使ってどうなってるか探る。そのあと突撃や」

「えっ、そんないきなりで大丈夫!?」

「一人はテミスで拘留中、二人は綿来くんの切替能力スイッチで無能力。他に仲間はおらんと思う。やから黒瀬を取り戻して雲切を制圧できたら勝ちや。それにもう時間掛けられへんからな……」

 来留さんはワンタンを冷ましながらざっくりとした計画を説明した。実際、雲切による情報撹乱と量産アンドロイドによってテミスもアテナも疲弊しており、一刻も早くこの状況を終わらせなければならない。

「黒瀬と戦うとなったら来留さんがやるしかないよな……」

「いや、綿来くんに任せる」

「え!?」

 麺がつるると端から滑り落ちた。

 あの念動能力者サイコキネシスと俺が戦う? 佐倉さんから武器をもらったとはいえ、だいぶと厳しい。

「早く、確実に雲切を制圧したい。そのあと速攻で助けに行く。……大丈夫、一瞬だけ相手してくれたらええ」

「それなら私は綿来くんについてる方がいいね」

「夕方決行な。今日ははよ寝よ」

 シャワーを浴びてさっぱりすると瞼が重くなり、昨日よりも早く寝付けた。



 ぱちりと瞼が開いた。朝日はまだ昇っておらずスマートフォンをタップすると午前二時過ぎ。変な時間に起きてしまった。また寝ようとするも今度はすんなりと誘ってはくれない。

 どうしようか……と思っていると部屋の外からぼそぼそと話し声が聞こえた。気にならないわけがない。

 ゆっくりと慎重にドアを開け、リビングへ近づく。

 来留さんと宝木さんがダイニングテーブルに向かい合って座っていた。

「なんでそんなこと言うの……? 私たちチームでしょ……?」

「やから言うてるんやん、知らんでええて」

「……ッ、じゃあ! 私に気づかれないように隠し通すくらいしてみなよ!?」

 宝木さんが立ち上がり来留さんの肩を掴み掛かった。喧嘩だろうか、そう思うと黙って見ていられなかった。

「ちょっと、こんな時間にどうしたの!?」

「綿来くん!?」

 声をかけると二人は驚き、宝木さんは彼女の肩から手を離す。

「今日の昼くらいから礼奈の様子、おかしかったでしょ? 全然ご飯食べてなかったし、寝付けなくて起きてたんだよ」

 そう言われれば、お昼はオニオングラタンスープ、夕方もワンタンスープ、たしかにいつもガッツリ食べる来留さんにしては軽い食事だった。

「それは単に最近食べすぎてたからやって……」

「病院で紙切れを感知たとき、なにかあったんでしょ。分かってるんだからね」

「……余計なことは知らんでええねんって」

 俺たちと目を合わせないように、下を向いてテーブルと睨めっこしている。

「食欲を無くすくらいなら重大だろ」

「……どんだけ食いしん坊と思われてんねん」

「礼奈がつらそうなのに、私たちは気にするなって無理だよ。知らないふりなんかできない」

「二人のためやから——」

「来留さんは俺たちの保護者じゃないだろ。それに、そんなの嬉しくない」

「……リーダーの、責任、が……」

「リーダーの前にチームで仲間じゃん。……言っただろ、なんでも自分で、は止めようって。約束、しただろ」

「……」

 来留さんは沈黙の後、長く静かに息を吐いた。

「……分かった。……たしかに七花の言う通り、あのとき情報得た。……死ぬほど気持ち悪い情報をな」

「気持ち、悪い……?」

 俺は息を飲んだ。

「雲切は昔、黒瀬を実験台に使った。もちろん黒瀬の合意もない、黒瀬自身も知らんかったことやろな」

「実験台……ってなに……?」

 宝木さんの声が、震えている。俺も心臓を締められるような気分だ。

「……超能力を、人為的に覚醒させる……実験。七年前、旅行先で事故に遭った黒瀬が偶然あの病院に搬送されて、ちょうどええ素材やったんや。……そのときの手術に乗じて、っていうことが書かれた計画書の切れ端や……たしかに戦時中、動物実験で試みたって話は聞いたことある! けど、人間相手にすることとちゃうし、雲切の目的までは分からんかった……」

 血の気が引いた。雲切は人を人とも思わない扱いを平気でするんだと。

 実験が失敗しており黒瀬の超能力覚醒に関係していなくとも、やっていることは研究者の風上にも置けない、最低の行為だ。

「うそ……じゃあ……彗は……あんな思いする必要……なかったんだ……」

 宝木さんは力無くぽつりぽつりと言葉を紡いだ。

「あんな思い……って……?」

 彼女は両目に涙を溜め込んでいる。今にもその縁から漏れ出しそうだった。

「彗は……中学のとき陸上部だったの。それが二年のとき、すごく成績が良くなって……本人も頑張ってたのは間違いないんだ。けど……それは念動能力サイコキネシスが覚醒したから。無意識に超能力を使ってたの。それから自暴自棄っぽくなって……スポーツマンとして失格だからって、きっぱり辞めた」


『君はさ、部活中に超能力を使ったことはないの?』

 あれは自分のことだったのだ。知らなかったとはいえ、馬鹿みたいな返答をした記憶がある。

 黒瀬は、もしかしたらずっと苦しんでた? もしかしたらそれも雲切に利用された?

 俺は、爪が食い込むくらいに力いっぱい握りしめた。

「……来留さん。言ってくれてありがとう。明日、絶対黒瀬を取り戻して、雲切を倒そう」

「そやな……なにがなんでも連れて帰ろ……!」

「正気に戻ったら、なんか奢ってもらわなきゃ」

 三人で顔を見合わせ力強く首肯した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る