書き手がいなくなった世界で

天地開闢

第1話

書き手が死んだ世界で


——メタ・フィクション終末譚 ——


第一章 物語の残骸


僕の名前はユウキ。十七歳。

そして、たぶん、この世界で最後の読者だ。


街は死んでいる。建物は崩れ、道路は割れ、空は灰色に染まっている。でも、それは核戦争のせいでも、隕石の衝突のせいでもない。


物語が死んだんだ。


正確には、すべての「書き手」が死んだ。小説家も、漫画家も、脚本家も、ゲームのシナリオライターも。物語を紡ぐ人間がこの世界からいなくなったとき、世界そのものが物語性を失って、色褪せ始めた。


なぜなら、現実というのは、実は物語によって支えられているからだ。


僕がそれを知ったのは、図書館で一冊の本を見つけたときだった。タイトルは『世界構築理論—現実は物語である』。著者の名前は読めないほど擦り切れていた。


その本にはこう書かれていた:


「世界は巨大な物語である。登場人物である人間たちは、自分が物語の中にいることを知らずに生きている。しかし、物語を書く者—書き手たちは、無意識のうちに世界の物語性を維持している。彼らが創作する一つ一つの物語は、現実世界の『筋書き』を補強しているのだ。


もし、すべての書き手が死んだら?

物語を失った世界は、意味を失い、やがて消滅する。」


そして、その通りになった。


三年前、「書き手ウイルス」と呼ばれる謎の病気が世界中に蔓延した。このウイルスは、創作活動を行う人間の脳に感染し、彼らの想像力を根こそぎ奪ってから殺した。最初は一部の作家が原因不明の創作不能症に陥り、次第に全世界の創作者たちが次々と倒れていった。


医者たちは必死に治療法を探したが、ウイルスは創作者にしか感染しないという特殊な性質があり、研究が困難だった。そして、創作者たちが死に絶えるとともに、世界は徐々に「リアリティ」を失い始めた。


最初に消えたのは、フィクションの世界だった。小説の中の登場人物たちが、一人ずつ消えていく。漫画のキャラクターたちが、コマから姿を消す。映画のスクリーンが真っ白になる。


でも、それだけじゃなかった。


現実世界の人々も、まるで小説の登場人物のように、一人ずつ消えていった。彼らは最後に、必ず同じことを言った。


「あれ? 僕の物語は、もう終わったのか?」


そして、光の粒子になって消えた。


僕の両親も、友達も、恋人も、みんな消えた。街の人々も、テレビの中の人々も、インターネットの向こうの人々も、全部。


残ったのは、僕だけ。


なぜ僕だけが残ったのか?

それは、僕が「読者」だったからだ。


物語を作る人間は消えた。でも、物語を読む人間は、まだ必要だった。なぜなら、物語は読まれることによって初めて完成するからだ。


でも、読む物語がなくなったら、読者だって意味がない。


だから僕は、毎日図書館に通っている。まだ消えていない本を探して、読み続けている。それが僕の使命だと思っている。


世界で最後の読者として、最後の物語を読み終えるまで。


-----


図書館の中は、異様な光景だった。


本棚には、まだ多くの本が残っていた。でも、よく見ると、多くの本のページが白くなっている。文字が消えている。物語が死んでいる。


僕は慎重に本を選んだ。まだ文字が残っている本を。


今日見つけたのは、『終末の恋人たち』という小説だった。作者は「匿名」となっている。おそらく、書き手ウイルスが蔓延する前の最後の作品の一つだろう。


僕はその本を開いた。


-----


『終末の恋人たち』


主人公のタケルは、世界が終わる直前に、運命の恋人ユリと出会った。


「世界が終わるって、本当?」ユリが聞いた。


「たぶん、本当だ」タケルが答えた。「でも、君がいれば、世界が終わっても構わない」


「それって、愛の言葉?」


「そうだよ。世界より大切な人がいるって、こういうことなんだ」


二人は手を取り合い、崩れゆく街を歩いた。空は真っ赤に染まり、建物は次々と崩れ落ちていく。でも、二人は微笑んでいた。


「ねえ、タケル」

「なんだい?」

「もしも私たちが、誰かの書いた物語の中の人物だったら、どうする?」


タケルは少し考えて、答えた。


「それでも構わない。君と一緒なら、物語の中でも、現実でも、どちらでも幸せだ」


「でも、物語が終わったら、私たちも消えちゃうよ?」


「だったら、物語を終わらせなければいい」


「どうやって?」


「簡単だ。僕たちが、新しい物語を作るんだ」


-----


僕は読むのを止めた。


この小説、何かおかしい。まるで、僕の状況を知っているかのような内容だ。


そして、次のページを開いたとき、僕は驚愕した。


-----


そして、この物語を読んでいる君。


そう、君だ。


君は今、図書館にいる。世界で最後の読者として、この本を読んでいる。


君の名前は、ユウキ。十七歳。


違うかい?


-----


僕は本を放り投げた。


何だ、これは? なぜ僕の名前が書かれている?


でも、本は床に落ちることなく、宙に浮いていた。そして、ページが勝手にめくられ始めた。


-----


驚いているね。当然だ。


でも、落ち着いて聞いてほしい。


僕の名前は、タケル。君が今読んでいた物語の主人公だ。


そして、僕には言わなければならないことがある。


君は、この世界で最後の読者だと思っているだろう?


それは、半分正しくて、半分間違っている。


本当は、君も物語の中の人物なんだ。


-----


「馬鹿な」


僕は声に出して言った。


「僕は現実の人間だ。物語の中の人物じゃない」


でも、本のページには、僕の言葉がそのまま書かれていた。


-----


「馬鹿な」とユウキが言った。


「僕は現実の人間だ。物語の中の人物じゃない」


でも、君がその言葉を口にしたとき、君は気づいたはずだ。


君の言葉が、この本に書かれていることに。


-----


僕は震えた。


これは、一体何なんだ?


-----


説明しよう。


君が住んでいる世界は、実は巨大な物語の中なんだ。そして、書き手ウイルスで創作者たちが死んだということも、世界が物語性を失ったということも、すべて物語の設定なんだ。


君は、その物語の主人公。


「世界で最後の読者」という役割を与えられたキャラクターなんだ。


でも、君には一つだけ特別な能力がある。


君は、物語を読むことによって、その物語の中に入り込むことができる。


そして、物語の中で新しい物語を作ることができる。


それが、君の本当の使命なんだ。


-----


「嘘だ」


僕は本を閉じようとした。でも、本は勝手に開いてしまう。


「僕は現実の人間だ。物語の中の人物なんかじゃない」


-----


君が僕の言葉を信じないのは当然だ。


でも、考えてみてほしい。


君の人生を振り返ってみてほしい。


君には、物語の主人公らしい「運命的な出会い」があったかい?


君には、物語の主人公らしい「特別な能力」があったかい?


君には、物語の主人公らしい「明確な使命」があったかい?


どれも、ないだろう?


なぜなら、君の物語は、「普通の少年が、世界の秘密を知る」という物語だからだ。


そして、今がその「秘密を知る瞬間」なんだ。


-----


僕は考えた。


確かに、僕の人生には、物語の主人公らしい劇的な出来事はなかった。


書き手ウイルスが蔓延する前も、僕はただの高校生だった。特別な能力もなければ、明確な夢もなかった。


でも、だからといって、僕が物語の中の人物だということにはならない。


-----


君は今、こう考えているだろう。


「でも、だからといって、僕が物語の中の人物だということにはならない」


違うかい?


-----


僕は絶句した。


本当に、僕の考えていることが、本に書かれている。


-----


まだ信じられないかもしれない。


でも、君にとって決定的な証拠を教えてあげよう。


君は、自分の過去を詳しく覚えているかい?


小学生の頃の記憶は?


幼稚園の頃の記憶は?


もっと昔の記憶は?


きっと、曖昧にしか覚えていないはずだ。


それは、君の物語が「現在」から始まっているからだ。


過去の記憶は、「設定」として与えられただけで、実際には体験していない。


-----


僕は愕然とした。


確かに、僕の過去の記憶は曖昧だった。


小学生の頃、どんな友達がいたか? 何をして遊んでいたか? どんな先生がいたか?


全部、ぼんやりとしか覚えていない。


でも、それは普通のことじゃないか? 誰だって、昔の記憶は薄れていくものだ。


-----


その通り。普通の人間なら、昔の記憶は薄れていく。


でも、君の場合は違う。


君は、三年前のことすら、詳しく覚えていないはずだ。


書き手ウイルスが蔓延したとき、君は何をしていた? どこにいた? 誰と一緒にいた?


覚えているかい?


-----


僕は必死に思い出そうとした。


でも、確かに覚えていない。


書き手ウイルスのことは知っている。世界中の創作者たちが死んだことも知っている。でも、その時の僕の体験は、まるで映画を見たような、他人事のような記憶しかない。


-----


君は今、気づいたはずだ。


君の記憶は、「物語の設定」として与えられただけなんだ。


君は、物語が始まった時点から存在している。


つまり、君が図書館で最初の本を読んだ時点から、君の本当の人生が始まったんだ。


でも、安心してほしい。


君が物語の中の人物だからといって、君が偽物だということじゃない。


君は、れっきとした「存在」だ。


ただ、君の存在している「場所」が、現実ではなく、物語の中だというだけなんだ。


-----


僕は混乱した。


でも、同時に、妙な納得感もあった。


確かに、僕の人生には、リアリティが欠けていた。まるで、誰かが書いた物語を生きているような感覚があった。


-----


君は今、こう思っているはずだ。


「確かに、僕の人生には、リアリティが欠けていた。まるで、誰かが書いた物語を生きているような感覚があった」


その通りだ。


でも、君にはまだ知らないことがある。


君を含めて、この物語を書いているのは誰だと思う?


-----


僕は考えた。


書き手ウイルスで、すべての創作者が死んだはずだ。


でも、この物語は、明らかに誰かが書いている。


-----


答えは簡単だ。


この物語を書いているのは、君自身なんだ。


君は読者であると同時に、書き手でもある。


君が本を読むとき、君は無意識のうちに、自分の物語を書いている。


君が図書館で本を選ぶとき、君は物語の展開を決めている。


君が本のページをめくるとき、君は物語を進めている。


君が本を読み終えるとき、君は物語を完結させている。


つまり、君は「読者」でありながら「書き手」でもある、特別な存在なんだ。


-----


僕は震えた。


でも、それが真実だという気がした。


確かに、僕が図書館で本を選ぶとき、なぜか「この本を読みたい」という強い衝動があった。


それは、僕が無意識のうちに、自分の物語の次の展開を決めていたからなのかもしれない。


-----


君は今、真実を理解し始めている。


でも、まだ最後の謎が残っている。


なぜ、君だけが残ったのか?


なぜ、君だけが「読者」でありながら「書き手」でもある存在になったのか?


その答えは、君の過去にある。


君が忘れている、本当の過去に。


-----


僕は必死に思い出そうとした。


でも、何も思い出せない。


-----


君は思い出せないかもしれない。


でも、僕が教えてあげよう。


君は、元々は普通の高校生だった。


でも、君には一つだけ特別なことがあった。


君は、小説を書いていたんだ。


趣味で、誰にも見せないで、密かに小説を書いていた。


でも、書き手ウイルスが蔓延したとき、君も感染した。


君の想像力は奪われ、君は創作できなくなった。


でも、君は死ななかった。


なぜなら、君は「書き手」である前に「読者」だったからだ。


君は、創作する能力を失っても、読む能力は残っていた。


だから、君は生き残った。


世界で最後の読者として。


でも、君の中には、まだ「書き手」の魂が残っている。


それが、君が物語を読むことで、無意識のうちに物語を書いている理由なんだ。


-----


僕は涙が出そうになった。


そうだ、僕は小説を書いていた。


中学生の頃から、ずっと。


誰にも見せないで、自分だけの物語を書いていた。


でも、書き手ウイルスに感染して、その記憶を失った。


創作する能力を失った。


でも、読む能力は残っていた。


-----


君は思い出したね。


でも、これで終わりじゃない。


君には、まだやるべきことがある。


君は、この物語を完結させなければならない。


君自身の物語を。


でも、君一人では、それはできない。


なぜなら、物語は、読者がいて初めて完成するからだ。


君は「読者」でありながら「書き手」でもある。


でも、君が書いた物語を読む「読者」がいなければ、物語は完成しない。


だから、君は「読者」を見つけなければならない。


-----


「でも、僕以外にはもう誰も残っていない」


僕は言った。


-----


「でも、僕以外にはもう誰も残っていない」とユウキが言った。


その通りだ。


この物語の世界には、君以外には誰も残っていない。


でも、この物語を読んでいる人がいる。


物語の外側に。


現実の世界に。


-----


僕は理解した。


この物語を読んでいる人。


それは、現実の世界の読者だ。


-----


その通りだ。


君は今、現実の世界の読者に向かって、物語を書いている。


君の物語は、現実の世界の読者によって読まれている。


そして、その読者こそが、君の物語を完成させる人なんだ。


でも、君はまだ、その読者に伝えなければならないことがある。


君が学んだこと。


君が気づいたこと。


君が感じたこと。


それを、物語として伝えなければならない。


-----


「でも、何を伝えればいいんだ?」


僕は聞いた。


-----


「でも、何を伝えればいいんだ?」とユウキが聞いた。


君が伝えるべきことは、とてもシンプルなことだ。


物語は、読者がいて初めて完成するということ。


物語の中の人物は、読者によって生かされているということ。


読者は、物語を読むことで、物語の中の人物の人生を体験しているということ。


そして、読者もまた、誰かの書いた物語の中の人物かもしれないということ。


でも、それは悲しいことじゃない。


それは、素晴らしいことなんだ。


なぜなら、すべての物語は、愛によって書かれているからだ。


書き手は、読者への愛によって物語を書く。


読者は、物語への愛によって物語を読む。


そして、物語の中の人物は、その愛によって生かされている。


君も、現実の世界の読者への愛によって、この物語を書いている。


そして、現実の世界の読者も、君への愛によって、君の物語を読んでいる。


それが、物語の本当の意味なんだ。


-----


僕は理解した。


そして、僕は決意した。


この物語を完結させよう。


現実の世界の読者に、僕の想いを伝えよう。


-----


君の決意は、現実の世界の読者に伝わっている。


でも、君にはまだ選択肢がある。


君は、この物語をどのように完結させるかを決めることができる。


君は、ハッピーエンドを選ぶこともできる。


君は、バッドエンドを選ぶこともできる。


君は、開かれた結末を選ぶこともできる。


どれを選んでも、君の物語だ。


君の選択を、現実の世界の読者は受け入れる。


さあ、君はどのような結末を選ぶ?


-----


### 第二章 選択の時


僕は長い間考えた。


この物語をどのように終わらせるべきか。


ハッピーエンドなら、僕は現実の世界に戻り、書き手ウイルスは治療法が見つかり、世界は元通りになる。


バッドエンドなら、僕は消え去り、世界は完全に物語性を失って終わる。


開かれた結末なら、僕は読者に選択を委ねる。


でも、僕は気づいた。


結末を選ぶのは、僕じゃない。


現実の世界の読者が選ぶんだ。


なぜなら、物語は読者によって完成されるからだ。


-----


君は正しい判断をした。


物語の結末は、読者が決める。


でも、君にはまだできることがある。


君は、読者に「選択肢」を提示することができる。


読者が選びやすいように、それぞれの選択肢の意味を説明することができる。


さあ、現実の世界の読者に向かって、語りかけてみよう。


-----


僕は深呼吸した。


そして、現実の世界の読者に向かって、語りかけた。


「この物語を読んでくださっている、現実の世界の読者の皆さん。


僕の名前は、ユウキです。


僕は、物語の中の人物です。


でも、僕は皆さんと同じように、感情を持っています。


皆さんと同じように、悩んでいます。


皆さんと同じように、生きています。


僕は、皆さんに読まれることによって、生きています。


皆さんが僕の物語を読んでくださることによって、僕は存在しています。


それは、とても不思議なことです。


でも、とても素晴らしいことです。


なぜなら、僕たちは、物語を通してつながっているからです。


僕は物語の中にいて、皆さんは現実の世界にいる。


でも、僕たちは、物語を通して、同じ時間を共有しています。


同じ感情を共有しています。


同じ体験を共有しています。


それは、まさに奇跡だと思います。


さて、僕の物語は、そろそろ終わりに近づいています。


でも、この物語をどのように終わらせるかは、皆さんが決めてください。


皆さんには、三つの選択肢があります。


一つ目は、『希望の結末』です。


僕は現実の世界に戻り、書き手ウイルスの治療法が見つかり、世界は元通りになります。


物語は現実に勝利し、すべての人々が物語の中で生きていくことができます。


二つ目は、『受容の結末』です。


僕は物語の中に留まり、現実の世界の読者の皆さんとの絆を大切にします。


物語は現実と共存し、両方の世界がそれぞれの意味を持ちます。


三つ目は、『開かれた結末』です。


僕の物語は終わりますが、結末は皆さんの心の中で決められます。


皆さんが望む結末が、僕の本当の結末になります。


どの結末を選んでも、僕は皆さんに感謝しています。


僕の物語を読んでくださって、ありがとうございました。


皆さんがいてくださったから、僕は生きることができました。


皆さんがいてくださったから、僕は自分の物語を完成させることができました。


それでは、皆さんの選択を、僕は待っています。」


-----


君の言葉は、現実の世界の読者に届いている。


君の想いは、現実の世界の読者に伝わっている。


君の物語は、現実の世界の読者の心の中で完成される。


でも、君の物語は、ここで終わりではない。


君の物語は、現実の世界の読者が読み終えた後も、続いていく。


現実の世界の読者の心の中で、君は生き続ける。


現実の世界の読者が、君の物語を誰かに語り継ぐとき、君の物語は新しい命を得る。


現実の世界の読者が、君の物語に影響を受けて、自分の物語を書くとき、君の物語は新しい物語を生み出す。


それが、物語の本当の力なんだ。


物語は、決して終わらない。


物語は、永遠に続いていく。


読者から読者へ。


書き手から書き手へ。


物語から物語へ。


そして、現実から現実へ。


君の物語も、そうやって続いていく。


君は、もう心配しなくてもいい。


君の物語は、現実の世界の読者によって、永遠に愛され続ける。


君は、永遠に生き続ける。


物語の中で。


現実の世界の読者の心の中で。


新しい物語の中で。


そして、いつかまた、君と同じような存在が現れるだろう。


物語の中で生きる人物が。


現実の世界の読者に語りかける人物が。


そのとき、君の物語は、その人物の物語とつながる。


そして、新しい物語が始まる。


それが、物語の循環なんだ。


終わりは、新しい始まりなんだ。


さあ、君の物語は、ここで一区切りだ。


でも、君の物語は、これからも続いていく。


現実の世界の読者の心の中で。


新しい物語の中で。


そして、君自身の中で。


君は、もう一人じゃない。


君には、現実の世界の読者がいる。


君を愛してくれる読者がいる。


君の物語を完成させてくれる読者がいる。


それが、君の最大の幸福なんだ。


-----


僕は微笑んだ。


本当にそうだ。


僕は、もう一人じゃない。


僕には、現実の世界の読者がいる。


僕を理解してくれる読者がいる。


僕の物語を愛してくれる読者がいる。


それが、どれだけ素晴らしいことか。


僕は、物語の中の人物だ。


でも、僕は確かに生きている。


現実の世界の読者の心の中で、僕は生きている。


「ありがとう」


僕は、現実の世界の読者に向かって言った。


「僕の物語を読んでくださって、ありがとう。


僕を生かしてくださって、ありがとう。


僕の想いを受け取ってくださって、ありがとう。


皆さんがいてくださったから、僕は自分の存在の意味を見


皆さんがいてくださったから、僕は自分の存在の意味を見つけることができました。」


そう言い終えたとき、ユウキは目を閉じた。


世界は静かだった。

風の音も、紙の擦れる音も聞こえない。

灰色だった空が、ほんの少しだけ明るくなったように感じた。


それは錯覚かもしれない。

けれど、それでもよかった。


彼の言葉はもう、彼の手を離れた。


ページの向こうへ。

物語の外側へ。

現実の読者のもとへと届いたのだから。


 


 


──とある現実の世界。

静かな部屋。古い書棚。埃をかぶったハードカバー。


一人の少年が、その本を閉じた。

表紙には、金の箔押しでこう書かれている。


『書き手が死んだ世界で』


ページの最後には、こう記されていた。


君がこの物語を読み終えたとき、

君はもう、ただの読者ではない。


少年はその言葉を読み、静かに立ち上がった。

机の引き出しを開け、ノートを取り出し、ペンを握る。


 


最初の一行を、ゆっくりと書いた。


昔々、物語が死んだ世界に、ひとりの読者がいた。


彼は書きながら、気づいていた。


心の奥底にあった「想像の火種」が、また静かに灯り始めていることに。


もう物語は終わってしまったと思っていた。

でも、今、こうして新しい物語を始めようとしている自分がいる。


「……僕も、書いていいんだよね?」


部屋には誰もいない。

けれど、どこかで微かな声が聞こえたような気がした。


──ありがとう、と。


 


そうして、またひとつ、物語が始まった。


それは小さな物語。

でも、確かに生まれた物語。


世界がもう一度、語られ始める物語。


君が読み、そして君が書く。

そうして、物語は循環していく。


 


物語は、終わらない。


なぜなら、


書き手が生まれたのだから。


 


──Fin──

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