The Head Market 第三巻
Ohana Works
第二十一話 大蜘蛛山窟を通る山童(やまわろ)
道中何度も荷車の手入れを行わせ、騙し騙し引かせては来たが、車輪や車軸も馬鹿になりかけており、これ以上の輸送や移動は困難を極めていた。
元々は
隠次は頭を悩ませる間も無く、デクに言った。
「──こいつは捨てよう」
デクは顔色一つ変えず無言のままだ。
隠次は荷台から弩一式をまとめる。
「デク、背負いな」
六尺六寸ほどのデクは、荷台から背負子を取り出すとなんの躊躇いも無く背負い、
要塞のような出立ちが仕上がり、背後の隠次は満足そうだ。
身丈の低い隠次はデクよりも視線が高くなり、言い放つ。
「壮観、壮観──」
隠次の手下には大工職人上がりの盗人が居て、荷車も背負子も、その他武具なども改良が施されていた。
全てが隠次に都合の良い形に成っていた。
「デク、まずは西側の尾根沿いから谷に入れ。俺は蛇は苦手でな──」
背後の隠次の声を聞き、デクは歩き出す。
その振動は隠次にも伝わるが、心地良い揺れとなって優雅に道中を過ごす事が出来た。
煙草を吹かし、すでに見失っている足跡を改めて探して行く──。
隠次にはここが蛇崩谷という事は当然分かってはいた。
元々は
──しかし、大蜘蛛は想像以上に大きく凶暴で、ほとんど人間が捕食された。
かろうじて糸を奪取出来た人間の話が広がり、大蜘蛛山窟の悪名が高まった。
それ以降は所謂腕試し的な猛者達が糸を求めて行ったが、大蜘蛛に辿り着く前に蛇神(おろち)に
隠次はどちらの逸話も耳にしていたが、自分でも言うように蛇が苦手なため、蛇崩谷の道筋は敢えて避けた形を取った。
荷車を引くよりも一段と速度を上げて歩くデクにより、背中で望む景色は刻一刻と様変わりしていった──。
沢の音も序盤で消え、生い茂る森も難なく抜けると、岩盤が剥き出しの荒地に突き出た。
裸足のデクの足元を見ると、皮が削れ血を流しながら歩いている事がわかる。
それでも隠次は無視して周辺の観察にあたる、デクはデクで顔色一つ変える素振りもない。
しばらく荒地を進むと隠次の視界に洞窟を発見した。
「止まれ!」
デクはすぐさま足を止めた。
「デク振り返れ」
デクは体ごと振り返ろうとした。
「──ああ、首だけ寄越しな」
デクは極力首の向きを隠次に合わせる。
二人は視線を共有した──。
今いる位置から隠次の指す方角に洞穴が見えた。
岩壁をさらに登る位置だったが、隠次は構わず言いのけた。
「あそこの穴っぽこあるな?あそこ調べて来いや。それでな、刀使いの女が居たら、そいつだけ連れて来い──」
デクはこくり、と頷いた。
「ああ、おれはここで降りるから、なるべく早くな」
再びデクは頷き、背負子ともども隠次を降ろした。
隠次は按配のいい岩に腰掛ける。
デクの背中から足元に視線を落とす。
そこにはデクより遥かに小さい足跡が二組、隠次は見逃さなかった──。
ただし、足跡の残り具合から数日経過しているようで、デクが獲物を捕らえる可能性は低いと算段はしていた。
それよりもあの穴の向こうに居る他の〝何か〟にも興味が湧いていた。
《もしも大蜘蛛が居たならば・・・》
そう思うと、隠次は口角を吊り上げた。
大蜘蛛対山童、想像するだけで胸が躍った。
目に焼き付けなくとも結果が分かるだけで充分だった。
隠次の頭の中では、デクが敗れる想像図など皆無だった。
何事も無く戻る事だけは避けて欲しいと願いつつ、デクの行方を見送った。
デクは岩肌の道をどんどん登って行く。
隠次の姿は見る見る窄み、結構な高みまで辿り着いた──。
岩壁にぽっかりと開いた横穴は、デクが見上げる程大きく、中に踏み入れるとさらに広がる空間が見て取れた。
明かりが射す箇所まで踏み入れるが、人の気配は無かった。
更に踏み入れると、頭に蜘蛛の糸が絡まった。
乱暴に手で避け、目が慣れた所で辺りを見渡すも、人影は見当たらなかった。
そこに在るのは万骨のみであった──。
すると、デクの背後にスルスルと大蜘蛛が舞い降りて来た。
デクは振り返ると大蜘蛛と目が合う。
その中の一つの目は潰され塞がれているのが分かった。また、腹部には癒える直前の傷も見受けられた。
──次の瞬間、顔面に蜘蛛の糸を吹き掛けられる。
尋常じゃない量の糸を受け、顔面とそれを防ごうとする両手が固められ、さらに徐々に呼吸が難しくなっていく。
「ゔゔ・・・」
声も出せなくなり、踠く事しか出来なくなった。
そのじたばたするデクに向かって、大蜘蛛は容赦なく糸を吹き付け、さらにデクの足の甲を爪で貫いた。
デクは絶体絶命の状況で立ち尽くす事しか出来なかった──。
ちょうどその頃、隠次は煙草を吹かし終わり、何故かデクとの出会いを回想していた。
──その昔、
ある村の存在を嗅ぎ付け闇討ちを図る。
ありとあらゆる物を強奪した後、不要物(者)の片付けにかかる際にデクが其処に居た。
誰よりも大柄でまだあどけない表情で、図体には似合わず終始大人しかった。
手下共が村人の一部をなぶり殺しにする様子を、その時の隠次は木の上から弩を片手に酒を飲みながら見物していた。
腕を切り落とされたり、腹を切り裂かれたり、そんな地獄絵図をそれなりに楽しんだ後、デクが手下に棒切れで袋叩きにされ始めた。普通人は悲鳴を上げ、顔を歪め、体を丸め、「やめてくれ」と懇願するが、デクは抵抗する事などせず全身で受け止めていた。
《・・・そんな馬鹿な・・・》
隠次はその時の光景を見て声を漏らした。
手下供は呆気に取られ、信じられない様子で固まってしまっている。
デクは何事も無かったかの様に、血を流しながら微笑んでいる様にも見えた。
「──どけっ!」
隠次は木の上から叫んだ。
弩を構え、デクに向かって角石を射ち込んだ。
射った石はデクの左胸に命中したが、体が少し揺らいだくらいでびくともしなかった。
隠次の背筋に冷たい何かが走った。
《見つけた──!》
何故か隠次は恍惚にふける思いだった。
そんな隠次をよそに、地上では腹心の男が刀を抜く。隠次はすぐさま我に返るが、刀は次の瞬間にはデクの左足を貫き足裏から地面に突き刺さりそのまま刀は自立していた。
「ぐはぁ──!!」
デクは顔を歪め、似つかわしくない唸り声を上げ膝を突いた。
隠次も急いで現場に駆けつけようと声を張る。
「ちょっと待て!それ以上はやめろ!」
「?・・・なんだ頭は慌てて──」
手下共が隠次の挙動に捉われている隙をみて、デクは再び立ち上がると鬼の様な形相で腹心を見下ろした。
殺気を感じ、考える間も無く距離を取った。
──直後、デクは自らの足の刀を垂直に抜き、間合いに居る男に振り下ろした。
そして、その男の首を片手で持ち上げると、腹心の男に投げつけた。
脳天から顔半分まで刀が突き刺さった男はすでに絶命し、腹心の男も衝撃で意識を失っている。
『う、うわぁ!』
手下共は心慌意乱し、動きにまとまりが無くなっていく。
デクは次の獲物を捕らえると、顔面を鷲掴みにし眼球や頬骨ごと握り潰したかと思えば、腕に組みついた男をそのまま大木に叩きつけるなど、僅かな時間で一味は甚大な被害を受ける。
隠次が来る頃には何人もの手下の死体が転がされていた。
「──てめえら、聞け!〝
隠次は弩でデクの下半身を狙い撃ちし始める。それを機に手下が下半身目掛けて体当たりをする。先駆けの手下はそのまま踏み潰され圧死したが、連続して下半身に突進されデクはようやく倒れ込んだ。
「〝
次の号令で左右からデクを制圧にかかるも、片腕で金的を握り潰され泡を吹く者も現れたが、六人がかりで何とかデクを抑え込んだ。
「──隠さん!早く何とかしてくれ!!」
隠次次はこの時、ほとんど考えは及んでいなかった。手下共に幾つかの陣形や戦術を叩き込んでいて、咄嗟の判断がたまたま功を奏していた。そして、その先に漠然と見えるもの、それが「目の前の山童を手に入れたい」と言う欲求以外に無かった──。
手下の死屍累々の情景も、目の前の危機迫る抑え込みの光景も、隠次にはどうでもよかった。
《──この
その純粋で真っ直ぐな欲求は隠次の身体を動かした。
「
隠次はかろうじて抑え込まれているデクを見下ろすと、熱り立つデクと視線をかち合わせ、ゆっくりとしゃがんだ──。
今にも噛みつきそうな凶暴な表情を眼前に、隠次は物怖じする事なく、無意識にデクの両耳を塞いだ。
優しく強く、子供をあやし付ける心持ちで、耳道を真空化させるように、確実に塞いだ。
そして一言呟いた。
「安心しな──」
そこからデクの表情は再び一変し、元のあどけない表情に戻り眠りについた──。
その時の思い出にふと浸りながら、隠次は遠くを見据えていた。
すると、洞窟から飛んできた何かが隠次の目の前の荒地に突き刺さった。
「──わぉ!」
甲高い風変わりな声を発した隠次は、その何かを確認するため目を細めた。
黒ずんだ木の割れ枝の様に見えた物は、考えられない程の大きさの生物の手もしくは足だった。
鋭く長い爪が突き刺さり、其処には赤い血が付着し、逆の付け根の方には黄色い汁が滴っていた。
何点かの状況が符合すると、隠次は高らかに笑った。
「──いやぁははは、がはははは、だぁははは!!」
隠次の狂った様な笑い声は吹き上がる風にのり、空へ舞うかの様だった──。
──弩手隠一味がデクの凶暴性を初めて知った夜、腹心が隠次に言った。
「頭、俺はコイツに借りがあるんだ、ひとおもいに切らせてくれよ」
「そりゃならん!コイツはこれからの戦力だ」
デクは既に縄にかかり若干怯えた眼差しを向けている。
「こいつは
「──まあまあ」
隠次は腹心を説き伏せる。
「こいつは俺が預かる。仲間にゃ手出しさせねえ、だから俺を信じろ。俺たちゃ無敵だ」
「・・・」
デクは二人のやりとりが聞こえたかどうかも分からず、今度は伏し目がちに地面を見ていた。
隠次は縄を解くと腰を下ろし言った。
「今日から仲間だ、お前を傷つけはしねえよ──。俺に従えば生きてける──。わかったな、俺を親だと思え──」
相変わらず返答は無かったが、瞳を見て理解したと判断した隠次は続ける。
「まずは親として、名前をやる。・・・デクだ、今日からデクと呼んでやる!わかったな?」
デクは頷きもせず否定もせずに、隠次を見続けていた。
「──さあ、みんな!新しい仲間だ!デクと呼べ!!」
この時も隠次は狂い笑いを上げていた。
不安しかない一味ではあったが、力ずくの笑いで不安に蓋をされた夜であった──。
──あの時と同じように、隠次が笑い疲れた頃にようやくデクは戻って来た。
大蜘蛛の糸が体中に絡みつき、一つの衣服の様にも見えた。
「ふぐっぅふう!ふぐっぅふう!」
デクは目を吊り上げ、歯を食いしばり口からからも血を流しながら激しく呼吸をしている。左足の甲にも深い裂傷が広がっていた。
鬼面嚇人のデクに向かい、隠次は優しく呼び込む。
「──おぉおぉ、こっち来いや、ほれ」
隠次はデクを招き入れ膝をつかせ、耳を塞いで言葉を掛けた。
「よしよし、お前はよくやったよ、とりあえず落ち着け、な。父ちゃんは嬉しいよ──」
──隠次の胸の中でデクは呼吸を整え、しばらくすると目つきも表情もガラリと変えた。
隠次はその変化を察知すると、素早くデクの頭を払い、追加の煙草を吸い出した。
「準備出来たら、行くぞ──。背負いな」
感情を全く現すことなく、デクは黙々と準備を進め隠次を背負い立ち上がる。
「はい!右向け右、出発進行!」
その言葉の通りデクはまた動き出す──。
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