第15話 湖のワカメ

「ヂョッギン、ヂョッキン···」


「よし。こんなものかな」


湖(レイク)は、細身で銀色のアーミーナイフを、焦げ茶色の革シースに仕舞った。コンクリートの床には、先ほどまで彼女の頭部にしがみついていた三つ編みの黒髪が、まるで意思を持ったかのように、しかしその実、ただの毛束としてゴロッと転がっている。まるで死んだ蛇のようだ、と湖は思った。いや、蛇はもうちょっと動くか。生きてるうちは。死んだ蛇をあまり見たことはないけれど、きっとこんな風に力なく、しかし妙な存在感を放つんだろう。


「これでまた、少しはマシになったかな」


独りごちた湖の言葉は、誰に聞かれることもなく、薄暗い倉庫の天井に吸い込まれていった。返事があるはずもなく、壁のシミだけが、心なしか彼女に同意しているように見えた。変装のためとはいえ、長年連れ添った髪を切るのは、まるで自分の一部をもぎ取られたような気分だ。もっとも、もぎ取られたのは本当に髪の毛だけなので、心配することはない。身体のどこかがもぎ取られたら、それは大問題だ。腕が一本とか、足が一本とか。想像しただけでゾッとする。


ONGRとGIPD。二つの巨大な組織から追われる身となって、咲川と別行動を取ることにしたのは、まあ、賢明な判断だったとしか言いようがない。どちらかがトリになる、という話も出たが、結局は


「別々に動けば、万が一捕まっても、もう一方が助けに来られるだろう」


という、ずいぶん楽天的な結論に落ち着いた。もちろん、助けに来る側が捕まる可能性も考慮に入れなければならないが、そういうネガティブな思考は、今日のこの「心機一転、髪を切るぞ」という晴れやかな(しかし実際はジメジメした)気分を害するだけだ。

湖は、ポケットから小さな黒縁眼鏡を取り出した。これももう必要ない。数ヶ月前までは、これがないと道端の石と人間を見分けられないほどだったが、今はコンタクトレンズのおかげで、世界は驚くほどクリアに見える。クリアすぎて、見たくないものまで見えてしまうのが玉に瑕だが、それはそれで仕方がない。レンズを指先で弾くと、眼鏡は小さな弧を描いて、先ほどの三つ編みの横に落ちた。まるで、長年の相棒と、ちょっとした口喧嘩をして家を出ていくような、そんな情けない音だった。

さて、と湖は倉庫の奥を見やった。ここからどうするか。選択肢は無限にあるようで、しかし実際には、身を隠しながら次の情報を追う、という一点に集約される。人生とはとかく、複雑に見えて、その実、シンプルなものだ。まるで、絡まったバイスのようだと誰かが言っていたが、あれも結局は、一本のバイスをたどっていけば解決するのだ。


「おなか、減ったなぁ···はちみつパンケーキが食べたぁい」

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