第2話 真の力の覚醒

翌日、レンは目覚めると同時に鏡に映る自分の瞳を確認した。


一瞬、昨夜見た金色の輝きが本当だったのか確かめたかった。


普通の灰色の瞳がそこにあるだけだった。


「気のせいだったか……」


レンは小さなアパートの窓から朝日を眺める。


今日から彼は一人の冒険者だ。


もう紅炎の剣のメンバーではない。


「さて、どうするか」


レンはベッドから起き上がる。


鑑定師としての彼のスキルは確かだ。


だが、それだけでは生計を立てるのは難しい。


街の鑑定所で働くという選択肢もあるが、それでは心が満たされない。


何より、昨日の屈辱を晴らしたかった。


---


冒険者ギルドに向かうレンの足取りは重い。


ギルドの扉を開けると、朝から多くの冒険者でにぎわっていた。


紅炎の剣のメンバーの姿はない。


少しだけほっとする。


受付嬢が笑顔で迎えてくれる。


「おはようございます、レンさん。今日はお一人ですか?」


「ああ、昨日からな」


「そうでしたか……」


彼女は何かを知っているような表情だった。


噂は早いものだ。


「一人で行けるような簡単な依頼はあるか?」


レンが尋ねると、受付嬢は少し考えてから答える。


「Eランクのダンジョン調査なら、一人でも大丈夫かもしれません」


Eランクとは、最も簡単な依頼だ。


冒険者になりたての初心者向けのものだ。


レンはAランクパーティにいたが、彼自身のランクはDだった。


自分の実力を冷静に考えれば、Eランクが妥当だろう。


「その依頼を引き受けよう」


---


ハングリークラブ洞窟。


街から北に少し離れた場所にある小さなダンジョンだ。


内部にはハングリークラブという魔物が生息している。


その名の通り、常に餌を探している凶暴なカニの一種だ。


魔力はほとんどないが、その鋏は鋼のように堅く、初心者冒険者には脅威となる。


レンは洞窟の入り口に立つ。


彼の装備は簡素だ。


鑑定用の単眼鏡と、小さなナイフ、それに防具代わりの厚手の服だけだ。


「行くか」


レンは洞窟に足を踏み入れる。


---


内部は予想以上に暗かった。


レンはランタンを灯す。


壁には青い苔が生え、天井からは水滴が落ちてくる。


レンは慎重に前進する。


突然、目の前に小さな岩の塊が現れた。


普通の冒険者なら気にも留めないだろう。


だが、レンは立ち止まり、鑑定の技術を使う。


「鑑定」


その瞬間、彼の怒りと屈辱が込み上げてきた。


昨日の追放劇が頭をよぎる。


レンの瞳が金色に輝き始める。


「なっ……!」


彼の視界が一変した。


岩の塊から淡い紫色のオーラが見える。


「これは……罠!」


しかも、通常の鑑定では見えない高度な隠蔽魔法が施されていた。


レンは岩を慎重に避ける。


もし踏んでいたら、洞窟全体が崩れていたかもしれない。


---


レンは洞窟の奥へと進む。


道中で彼の視界は完全に変わっていた。


壁の一部が別の色に見える。


魔物の気配が赤い光として感じられる。


宝の在処が黄金色の輝きとなって指し示される。


「これが……真眼鑑定か」


レンはかつて古い文献で読んだことがある。


鑑定師の中でも伝説的な能力、真眼鑑定。


物の本質を見抜き、隠されたものを全て明らかにする特殊能力だ。


それが彼の中で目覚めつつあった。


---


洞窟の奥で、レンは複数のハングリークラブに囲まれた。


通常なら恐怖で足がすくむところだが、彼の目には魔物の弱点が光って見えていた。


「あれか」


レンは手元のナイフを、最も大きなカニの甲羅の隙間に正確に投げ込んだ。


魔物は悲鳴を上げて倒れる。


他のカニたちが驚いて後退した。


「いけるかもしれない……」


レンは自分の新たな力に可能性を感じた。


一匹、また一匹と、彼は弱点を突いて魔物を倒していく。


戦闘経験は乏しいが、真眼鑑定があれば、それを補えた。


---


洞窟の最深部に到達したレンは、立ち止まった。


壁の一部が異なる色に見える。


「秘密の部屋?」


レンは壁に手をかざす。


「鑑定」


彼の瞳が再び金色に輝く。


壁の仕掛けが全て見えた。


特定の箇所を押せば開くようになっている。


レンは仕掛けを作動させた。


壁がゆっくりと横にスライドし、隠された空間が現れる。


「これは……」


---


部屋の中央には古びた祭壇があった。


その上には、一冊の本と、奇妙な形の杖が置かれている。


レンは真眼鑑定を使って両方を調べてみた。


本は古代魔法の技術書だった。


何百年も前に失われたとされる知識が詰まっている。


杖は鑑定師のための特殊な魔法具で、使い手の鑑定能力を増幅する効果があった。


「なぜこんなものがEランクダンジョンに……」


それは、レンが来るまで、誰も見つけられなかったからだろう。


レンだって真眼鑑定がなければ、この部屋の存在すら気づかなかったはずだ。


彼は本と杖を慎重に手に取った。


本を開くと、そこには真眼鑑定に関する詳細な説明が記されていた。


---


『真眼鑑定は、持ち主の感情によって覚醒する』


レンは文章を読み進める。


『特に強い感情—怒り、悲しみ、喜び—がトリガーとなる』


昨日の屈辱と怒りが、彼の能力を目覚めさせたのかもしれない。


『真眼鑑定は単なる鑑定ではない。対象の真の姿、本質を見抜く力だ』


レンは杖を握りしめる。


杖が彼の手の中で温かくなり、共鳴するように光る。


「これなら……証明できる」


彼は、にやりと笑った。


自分の価値を、鑑定師としての真の力を、世界に示すチャンスだ。


---


洞窟の最奥部には、ボスとなるハングリークラブキングが待ち構えていた。


通常のハングリークラブの三倍はある巨体で、その鋏は岩をも砕く力を持つ。


Eランクとは思えない強敵だ。


レンは杖を構える。


「真眼鑑定」


彼の瞳が強く金色に輝く。


キングの全ての弱点が浮かび上がった。


甲羅の継ぎ目、左目の下の傷、右の鋏の付け根……。


レンは石ころを拾って、正確に弱点に向かって投げた。


キングが苦しそうに鳴く。


さらに、レンは洞窟の天井の弱い部分を見抜き、魔物の頭上に岩を落とすことに成功した。


ハングリークラブキングは倒れ、動かなくなった。


「やった……。一人でボスを倒した」


レンの胸に喜びが広がる。


真眼鑑定があれば、彼一人でも冒険者として生きていける。


いや、むしろ一人の方が能力を最大限に活かせるかもしれない。


---


ギルドに戻ったレンは、依頼の報告をする。


「ハングリークラブ洞窟の調査を完了しました。ボスも倒しました」


受付嬢が驚いた表情をする。


「一人で? ボスまで?」


「ああ、意外と簡単だったよ」


レンは報酬を受け取った。


さらに、彼は隠し部屋で見つけた一部の宝物も提出した。


もちろん、本と杖は手元に残している。


「これは凄い発見です!」


ギルドの鑑定師が宝物を確認して声を上げる。


「数百年前の遺物です。どうやって見つけたのですか?」


レンは肩をすくめる。


「鑑定師としての勘かな」


---


噂は瞬く間に広がった。


「聞いたか? 紅炎の剣を追放された鑑定師が、一人でEランクダンジョンのボスを倒したらしい」


「しかも誰も見つけられなかった隠し部屋まで発見したって」


ギルド内でささやかれる声にレンは耳を傾ける。


昨日までは誰も彼に注目しなかった。


今日は、みんなが彼を見ている。


遠くの席で、アリスとミラが驚いた表情で彼を見つめていた。


ガルスは信じられないと言った顔をしている。


「まぐれだろ」とガルスの声が聞こえる。


レンの口元が緩む。


まぐれではない。


これは始まりに過ぎない。


彼の真の力を、彼らはまだ何も知らないのだから。


---


その夜、レンは古代の本を読み進めた。


真眼鑑定についての記述が、彼の可能性を広げていく。


「物の真の価値を見抜くだけじゃなく、人の才能や嘘も見破れる!」


杖を使えば、さらにその効果は増幅するという。


「明日から本格的に訓練するか」


レンは窓の外の星を見上げる。


昨日まで見えなかった世界が、今は違って見える。


追放されたことが、彼にとって最大の転機になった。


真の冒険はここから始まる。

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