3-3

 いつもよりも一本遅い電車に乗って登校したのは、できるだけ学校にいる時間を減らしたかったからだ。

 教室に入ってすぐ、加瀬くんに昨日のことを謝った。


「おはよう加瀬くん。昨日は急にごめんね」

「具合、もう大丈夫?」

「うん、大丈夫」


 笑って見せると、良かった、と加瀬くんも笑ってくれたけれど、なんとなく視線が痛い。

 加瀬くんは、私の持つ荷物をじっと見ている。


「夜逃げしてた?」

「……夜逃げじゃないよ。色々洗ったり整理したくて持って帰ったの」


 本当に持ち帰ってよかったと思った。

 体操服には、いつやられたのか茶色い足跡が複数あり、相当憎しみを込めて踏まれたようだった。

 ああ、やっぱりか、と泣き笑いして、お母さんに気づかれないように手洗いしてから洗濯をした。

 どうやら私は誰かに、とても嫌われているらしい。


「今日は練習来られそう?」

「うん……」


 行きたい、でもアオイくんと一緒に行くのは、と誤魔化し笑いをして話を逸らそうとしている所に、当の本人がやってきた。


「拓海、海音ちゃん! おはよう!」


 いつもと変わらぬ笑顔で教室に入ってくるアオイくんの姿を見て、慌てて私は立ち上がる。


「アオイくん、昨日は教科書ありがとう。返すの周にお願いしちゃってごめんね」


 矢継ぎ早に用件だけ伝えて「お手洗いいってきます」と二人の元を離れた。

 アオイくんと話してるのを見られたら、またなにか言われちゃうかも、そう思ったら怖くて避けてしまった。

 加瀬くんとも一日中出来るだけ言葉を交わさぬようにした。

 休み時間は由衣ちゃんと凜ちゃんの側から離れない。

 一人が怖い。あの頃のように、一人ぼっちになるのが怖かったから。

 金曜日だし今日を乗り切れば土日は休みだし、と自分に言い聞かせて踏ん張った。

 常に緊張して、少しも気を緩めることができなくて、放課後までそんな感じだったから、めちゃくちゃ疲れた一日だった。

 放課後練習に向かうため、加瀬くんと昇降口までやってきて気が付いてしまった。

 ……、バカだな、自分ってば。

 泣かないようにぐっと歯を食いしばる。


「加瀬くん、ごめんね、先に行ってて! 私、忘れ物しちゃったみたい」


 加瀬くんの返事も待たずに走り出す。

 バカだな、そうだよ、玄関に外履きを入れっぱなしにしちゃダメだったんだよね。

 全ての持ち物は自分の側に置くこと、そんな基本も忘れていた。

 だって高校生になって、ずっと平和だったんだもん、なのに。

 空っぽの靴箱見て、動揺している。

 今日は一日何とか過ごせたから、後はもう練習に向かうだけだし、大丈夫だなんてどうして思えたんだろう。

 トイレの個室に駆け込み溢れた分の涙だけ拭いて、それからまた鏡にうつった情けない顔を整えて昇降口へと向かう。

 今日はこのまま家に帰って、お小遣いで靴を買いに行こう。

 さすがに上履きと教科書の時点でバレてるかもしれないけれどお母さんにもう心配かけたくないし。

 皆にはまた調子が悪いから休むって連絡入れて、と考えながら、戻った昇降口には三人が待っていた。

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