3-4

「忘れ物あった?」


 加瀬くんの問いに、頷いて気付かれぬように曖昧に微笑んだら。


「忘れ物、ってコレじゃねえの?」


 周の手にはさっき確認した時に無くなっていた私の外靴がある。


「何でっ?」


 どうして、周が持っているの?


「初代校長の銅像に、お供えされてたぞ」


 周が昇降口前に飾られた銅像を指さす。

 靴の内側に名前を書く場所があって、だから私のだってわかったのだ。


「ありがと。朝、玄関に置きっぱなしで忘れちゃったんだね。で、誰かが見つけやすいように、お供えしてくれたのかも」


 周から受け取って、外履きを履く。

履く前に一応中を覗いたら画鋲も砂も入っていないことに安堵しながら、上履きを持ち帰り用の袋に入れた。


「なんで上履き持ち帰るの?」

「洗いたくて」


 加瀬くんの問いかけに、笑って見せたら。


「ヘラヘラすんな!」


 ビリビリと鼓膜が破れそうなほどの周の怒鳴り声にビクンと身をすくめた。


「行くぞ」


 周が私の腕を引っ張って、足早に歩き出す。


「痛いよ、周! 離して」

「離したらお前逃げるだろ? 自分が悪いのか?! 違うだろ?」


 やっぱり周は気付いてた!

 周に知られたのが悲しくって、涙が出てきたのを加瀬くんが気付いてくれた。


「周、離してやって。片山さん、今日は練習はしないでいいからさ、四人で話そうよ」


 ね、と私を覗き込んで安心させるように微笑んでくれる加瀬くんに涙がますます止まらない。

 さっきから何も言わないでいたアオイくんが、ポツリとつぶやいた。


「ごめん、海音ちゃん。オレのせい、だよね?」


 いつもとは違う暗い声にハッとし、アオイくんを見たら、泣き出しそうな顔をし落ち込んでいる。

 違うよ、アオイくんのせいじゃないと何度も首を振ったけど、それでも何度もごめんねと謝っている。


「取り合えずここで泣いてんの見られたら、また何言われるかわかんねえからな? 学校から離れるぞ」


 貸せ、と私の大荷物取り上げて歩き出す周の後ろを、手に上履き袋をぶら下げたまま付いて行く。

 まるでデジャヴみたいだな、って、また泣きそうになる。

 怒ってるような周の背中を見ていたら、あの日々を思い出すからだ。

 私の隣を少し離れるようにして歩く加瀬くん、アオイくんは後ろを歩いてるんだろう。


 どこに行くのかな?

 いつものバス停に向かう道でも停車場への道でもなく、知らない道を十五分ほど歩いた先に、たどり着いたのは海だった。

 学校の窓からいつも見えてた海だ。

 そうか、こう歩くと辿り着くんだ、とその時初めて知った。


「何か飲み物買ってくる。何がいい?」


 アオイくんの問いかけに、


「オレ、緑茶」

「アイスコーヒー」


 ポンポンと答える加瀬くんと周。


「海音ちゃんは?」

「私は大丈夫」

「ちゃんと答えないと手あたり次第二十本くらい買ってくるけどいい?」

「え? だめ、あの、何かスポーツ飲料で」


 二十本にビビッた私が出した答えに、アオイくんも泣き出しそうな顔でうなずいた。


「泣くと喉乾くもんね。ごめんね、海音ちゃんにツライ想いさせて」


 私の頭を優しく撫でたアオイくんは、来る途中にあったコンビニに向かっていく。

 残された私たちは何となく黙ったまんま海を見ていた。


「ごめんね、隣なのに気付けなくて」


 加瀬くんの優しい声に首を横に振る。

 また泣きそうになってしまうのを必死で堪えた。


「おまえさ、声上げろって言っただろ? 自分でどうしようもねえんなら言えって」


 唐突に周が言ったのは、あの時のことだ。


「だって、それもう三年前のことで」


 とっくに終わったことだし時効だと、そう思ってたから……。


「三年でも何でも! とにかくお前をいじめていいのはオレだけだから」

「ちょ、ジャイ〇ンかよ、周」


 クックックと笑う加瀬くんに周は、うるせえなと口を尖らした。

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