3.夏、恋をした

3-1

 期末を終えた翌日、嫌な予兆があった。

 ……さて、どうしようかな、靴箱の中に上履きがない。

 しばし立ち止まって、考え込む。

 あ、そうだ!! バンド練習の時にアオイくん家で履いてる上履きを持っているのに気づき、とりあえずそれに履き替えた。

 何だかなあ……、ちょっと気分が重い。


「おはよ、片山さん」


 教室に入ると加瀬くんがいて、それがいつも通りの笑顔なのでホッとした。


「おはよ、海音ちゃん」


 由衣ちゃんや凜ちゃんも私の肩をポンっと叩いて自分の席についていく。

 ああ、変わらぬクラスの風景に心から感謝したい。

 ほんのちょっとの違和感も、きっと私の気のせい、だ。

 そう思って机の中に手を入れて置き勉したはずの教科書を取り出した。

 あれ? 現代文の教科書、置いて行ったはずなのに?

 家にもなかった、と思うけれど私の勘違いかな?

 もう一度家で探してみよう。


「どしたん?」


 加瀬くんも私の困っている様子に気づいたのだろう、こちらを見ていて。


「教科書忘れちゃったみたい、周に借りてくるね」


 そう告げて一組へ、覗いた先に周はいて、声をかけるタイミングを見計らっていたら。


「海音ちゃん、おはよ」


 ポンと肩を叩かれて振り向くとアオイくんがいた。


「アオイくん、おはよ! あのっ、一組って今日現代文あるかな?」

「あるよ、もしかして忘れた?」

「うん、周に貸してもらおうかなと思って」

「オレのでもいい? 持ってくるから待ってて」

「ありがとう!」


 アオイくんが机に教科書を取りに行ってるほんのちょっとの間のことだった。


「……ないない、釣り合わない」

「つうか アオイく――ん とかめちゃくちゃ媚びてない?」

「似過ぎ! 笑わせないで」


 ……え? 何?

 クスクスと聞こえるか聞こえないかの声。

 

 声のする方向、一組の目立つグループの女子が集まって、チラチラと私の方を見て笑っていた。

 私と目が合うと意味ありげに笑い、教科書を手にしたアオイくんに、声をかけている。


「あ、ねえねえ、アオイ!! 夏休みのことなんだけどさ」


 そう声をかけてくる彼女たちに笑顔で、アオイくんは話を終わらせる。


「ちょっと待ってね! 海音ちゃん、はいどうぞ! うちのクラス五時限目だからそれまでに返してくれればいいからね」

「ありがとう、借りるね!」


 笑顔のアオイくんから教科書受け取ると、その背後に見えた彼女たちの嫌な視線から逃げるように自分のクラスに戻る。

 血が逆流するような感じで顔は火照るのに、反対に手指が冷たくなる。

 心臓がドックンドックンとうるさくて耳の中まで音がする。


 やだ、何かやだ! どうしよう、この感じ。

 思い出したくないものが心の底から湧き出てくるような、不安で、とっても不安で、怖い。


「片山さん、大丈夫?」

「え?」

「顔色悪くない?」


 心配そうに私を覗き込んでいる加瀬くんに、大丈夫、といつものように笑って首を横に振った。

 自分のことだ、加瀬くんに心配はかけたくない。

 何でだろう? 私、何かしちゃったのかな?

 あの子たちから感じた悪意はきっとアオイくんとのことだ。

 アオイくんモテるから、私と話してたのが気に入らなかったのかな?

 ……、やだな。もうはやだ、な。

 授業中、終始俯いたままで唇をぎゅっと噛みしめる。

 とにかくアオイくんにはもう学校で話しかけちゃいけないんだ、きっと。

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