第29話
「ただ……エステルは恐らく、ダンジョンコアまで到達しても破壊はしないわね」
「ん? どういうことだい?」
「ダンジョン内に出現する魔物や、そこでしか採れない素材次第では、すぐには破壊しない場合もあるの。例えば、他のダンジョンでは見られない珍しい魔物がいる場合や、貴重な鉱石、薬草などが見つかれば、見張りを立てて管理し、しばらくの間、一般の冒険者にも開放して素材を回収させることもあるわ。だから、まずは力のあるクランや、時には騎士団なんかに調査依頼が出されて、ダンジョン内のマップ作成や出現する魔物の種類、危険度なんかを徹底的に調べてもらうことになるの」
「騎士団もダンジョン調査をするのか……なるほどなるほど」
クリストフの言葉に、シルヴィアが何かを言おうとしたが先に声をあげたのはファナだ。
「稀に、ではあるな。騎士団は主に対人戦闘、つまり犯罪者の取り締まりなどを得意とする。対して、我々冒険者は魔物との戦闘に長けていることが多い。ダンジョンの初期調査は、危険な魔物との遭遇率が高いため、多くは個人の冒険者や、クランに白羽の矢が立つわけだ」
「そうなんだ。詳しいな、ファナは」
「……っ。ふふん、そうだろう」
ファナはまるで犬が褒められたときのように嬉しそうな顔である。シルヴィアがじとーっとファナを睨んでいたが、何か口にすることはなかった。
「話を聞いていると、ダンジョン攻略に参加できるようになって、初めて一人前の冒険者、という感じがするね。まずは、そこを目指してみようかな」
遠くを見ながら呟いたクリストフに、シルヴィアがにっこりと悪戯っぽく微笑みかけた。
「あら、それならクリストフさん、今度私たちのクランの遠征に付き合ってみるかしら? 私のクランだと治癒士をパーティに連れていくのが基本だからうってつけなのよね」
「俺が?」
クリストフは迷った。Sランククランの遠征となれば、行き先も危険な場所に違いない。しかし、かつて諦めた冒険者としての夢、そして未知なる迷宮への好奇心も確かにあった。
自分に務まるのかという不安な気持ちは確かにあったのだが、
「……行けるのなら、行ってみたいね」
好奇心のほうが勝っていた。
「ふふ、それじゃあ決まりね。今度、そういう依頼が来たらこっちに回してちょうだい、ファナ」
「……まあ、主が望むのなら、仕方ない。その代わり、くれぐれも危険のないようにな」
「もちろんよ」
クリストフの胸の奥には、迷宮への憧れが燻っていたし、彼女たちと共に冒険ができるのなら、それはとても嬉しく思っていた。
再び目の前の温かいスープに口をつけ始めた――まさにそんな時だった。
食堂の扉が控えめにノックされ、一人の使用人が緊張した面持ちで入ってきた。
「シルヴィア様、ファナ様、クリストフ様。お食事中、大変申し訳ございません。クラン『ローゼンリッター』の方が、緊急でお会いしたいと屋敷の玄関にお見えです」
「『ローゼンリッター』ですって? アナスタシアが来たのかしら?」
「……いえ、違います。ポプリ様ですね」
「ポプリが一人で……? アナスタシアに何かあったのかしら」
「アナスタシア? 知り合いなのかい?」
「ええ。そうね。友人なのだけど……こんな朝早くとなると少し心配ね」
シルヴィアが確認するようにファナへ視線を向けると、彼女はゆっくりと頷いた。先ほどまでのどこか落ち着いた雰囲気は、すでにファナの顔からは消えていた。
ギルドリーダーとしての鋭さが、彼女の顔に表れている。
「……彼女らのクランは今頃は中堅冒険者たちの遠征訓練に同行して、アルカディア迷宮の地下20階層あたりまで行っているはずだ。それがここにいるということは、何か問題が発生した可能性が高いな」
「そうね。……こちらへお通ししてちょうだい」
シルヴィアの言葉を受け、使用人は礼とともに食堂を後にする。
程なくして、食堂の扉が再び開き、息を切らせた若い女性が姿を現した。
「……申し訳ありません、突然訪れてしまって、シルヴィア様」
「久しぶりね、ポプリ……何があったの?」
シルヴィアが応答すると、すぐに彼女はくしゃりと顔を歪ませた。
「お嬢様が……アナスタシアお嬢様が……大変なことに……」
「落ち着いて、ポプリ。何があったの、詳しく話してくれないかしら?」
シルヴィアがそう伝えると、ポプリは嗚咽を漏らしながら、断続的に語り始めた。
アナスタシア率いるパーティは、中堅冒険者たちの教育のため、アルカディア迷宮地下20階層まで付き添っていた。
その中堅冒険者たちが無事20階層まで到達し、まさに帰路へつこうとしていたその時。
突如として未知の強力な魔物が一行を襲撃したのだという。
「……いきなり現れて……完全な不意打ちでした。真っ先に反応したアナスタシア様でしたが、回避は間に合わず体を切られてしまいました……その魔剣に触れた瞬間、お嬢様は黒いオーラに包まれ、暴れだしてしまいました」
「……寄生型の魔物か」
「恐らく、は。お嬢様は、それでも最後の力を振り絞るようにご自身の身体を押さえつけてくれて……一瞬だけ魔物の動きが止まった隙に私たちは命からがら……どうにか」
そこまで言うと、ポプリは再び言葉を詰まらせた。
「寄生型の魔物は……今の情報では20階層では見られないな」
「そうね。45階層に『ソウルイーター』という寄生型のユニークモンスターが出現するけれど……まさか、20階層に?」
シルヴィアも信じられないといった表情だ。
ユニークモンスターは、普段は出現しないが、何かしらの条件を満たすと稀に姿を現すことがある。ダンジョンごとにその条件は様々で、正確な情報はないというのが現実だ。
例えば、特定の期間に踏破した冒険者の総数であったり、一定数の同種族の魔物を狩り続けたり……あるいは、完全に突発的に出現することもある。
20階層で何らかの条件を満たしてしまい、それが不運にもアナスタシアたちを襲ってしまった、と今は考えるしかなかった。
「……ソウルイーターとは、少し雰囲気が違いました。恐らくは別の個体かと」
ファナが顎に手をやり、ポプリへ視線を向ける。
「回復魔法での浄化はできたのか? 寄生型の魔物なら、神聖な力を嫌うが」
それが一般的な治療法であり、希望の光のはずだった。しかし、ポプリは力なく首を横に振る。
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