グラップリングフックと岩鎧

第13話 ナルシスの嫉妬

 オークの森で怪我をした数日後、保険医の許可を得て教室に登校すると、クラス中の視線が俺を貫いた。


「っ? み、みんなおはよう……?」


『……お、おはよう……』


 思わず俺があいさつすると、戸惑い交じりに、みんな挨拶を返してくれる。


 それから、みんなして困惑の面持ちで、ざわざわと話し出すのだ。


「え、男子なのに自分から挨拶してくれた……?」「男子って基本ナルシス君みたいな感じじゃないの?」「何かガーランド君優しくない?」


 小声なのと、みんな口々にざわついているので、具体的に何を言われているのかは分からない。


 が、この感じだと、あまり評判は良くはなさそうだ。まぁ入学初日に怪我して数日居なくなるような男子は、不良扱いされても仕方ないか。


 ……ん? でも貞操逆転前提で考えると……スケバン?


 そこで、俺に駆けよってくる影が一つ。


「テクト君! おはようございます!」


「あ、おはようウィズ。昨日ぶり」


「はい! テクト君も、登校許可出てよかったですね!」


 満面の笑みで、正統派美少女っぷりを発揮するウィズである。あまりに清楚で、この感じでオタク気質なの思考がバグる感じがする。


 俺が怪我をして、ウィズに保健室に運び込まれてから数日、俺は登校を……というか保健室から出ることを許されていなかった。


 簡易的な入院措置だ。傷はすでにほとんどないようだったが(というか保健室で目覚めた時にはもう触っても分からなかった)、それでも大事を取っての入院だ。


 その入院期間、ウィズは毎日のように俺を見舞いに来てくれた。お蔭で暇をせずに済んで助かった。


 結局問題は発見されず、念のためと数日休まされての復帰。それが今日のことだった。


「いやー、やっと登校だよ。保険医の先生さ、いっくら俺が大丈夫ですって言っても、全然登校許可出してくれないんだもんな」


「当然です! 怪我をしたら、安静にしててください。テクト君は男の子なんですから」


「男が怪我した程度、適当にツバつけて終わりで良いだろ」


「絶対ダメですけど!?」


 貞操逆転は分かるが、この世界は過保護で困るなぁ、と思う。


 そもそもあの程度の怪我、特に治療がなくとも寝て起きたら治っているというのに。


「ま、その話は良いんだ」


 俺はニヤリ笑って、カバンからこの周辺の地図を取り出す。


「ウィズ、次の冒険の場所なんだけど、次はグラップリングフック作りたくてさ。その素材が、ここに」


「テクト君」


「ん? どうかしたか?」


 俺が机に広げた地図を指さす手に、ウィズがそっと、その華奢な手を添える。


 ウィズの顔を見れば、何とも静かな顔。


 どういう感情かを窺っていると、ウィズは言った。


「私たち、二人揃って学外外出禁止処分です。一週間は外出られません」


「……えー!?」


 俺、愕然である。


「な、なな、そんな……」


 知性オークの石斧を受けた時の衝撃以上に足腰に来て、俺は自分の席にへたり込む。


 渋い顔で、ウィズは補足だ。


「テクト君が残念がるとは思ってましたけど、正直、当然の処分だと思います。そもそも一年の今の時期は、外の危険区域で戦う訓練も積んでませんし」


「そんな……! 俺のロマン武器が……! グラップリングフックが……!」


「パイルバンカー作ってもその開発意欲の高さは、もはや見習いたいくらいです」


 ちなみにどんなのですか? と聞かれ、ワイヤーを射出して強力に引っ張って飛び回る武器、と説明する。


 するとウィズは、目を輝かせた。


「絶対作りましょう、テクト君! どのくらいできてます?」


「全然。基礎をつくるための鍛冶場から確保しないとって感じだ。核になる素材は、学外の廃城跡のゴーレムから取れるらしいんだけど」


「ごっ……、ゴーレム討伐……女でも相当実力がないと死ぬ強敵……」


「楽しみだよなぁ、ゴーレムにパイルバンカー叩き込むの! めちゃくちゃ爽快だと思うんだよ!」


「ひょっとしなくてもテクト君って戦闘狂のケがありますよね?」


「強敵に挑むは男の誉れ」


「それ女の誉れです」


 真顔で首を振るウィズである。


 ダメだな。俺が男のロマンを語ると、この世界だとボケ発言になる。遺憾だ。


 そこで、俺たちに声が掛かった。


「こんにちは、二人とも。何やら楽しそうな話をしているね。僕も混ぜてもらえるかい?」


「ん?」「はい?」


 俺たちが振り向いた先。そこには、困惑するクラスの女子たちをぞろりと背景に揃えた、ナルシスの姿があった。


「「……」」


 俺たちもまた、困惑に目配せしあう。


 ナルシス。この貴族学園では、恐らく標準的な男子。


 つまりは―――女子を全員使用人同然と考えている、甘やかされて育ったクソ男だ。


 なので俺は言った。


「ヤダ」


「君には聞いていないよ、騎士家のガーランド君」


「あ?」


「そちらの、デルフィアさんだったかな? 君とお話がしたくてね」


 俺の威嚇を無視して、甘いマスクでウィズに微笑むナルシスだ。


 それに、俺はビクリとする。


 俺とウィズはこの数日間で仲良くなったが、それでも俺は騎士家の生まれ。伯爵家以上を狙うウィズにとっては、眼中にないだろう。


 ナルシスも子爵家と伯爵家には劣るが、それでも一つ下というくらい。


 領地貴族には間違いないし、上級貴族クラスの伯爵家の前に押さえておきたいポジションにはなる―――


 だから。


「私も嫌です。テクト君との楽しいお話を邪魔しないでいただけますか?」


 ウィズの強めの拒絶を聞いて、他全員と同様に、俺はかなり驚いた。


「……え」


「行きましょう、テクト君。ギャラリーがたくさんいて不快です」


「え、あ、うん。わ、分かった」


 ウィズに手を取られ、俺は連れていかれる。


 振り返ると、硬直したナルシスが、ぎぎぎ、とぎこちない動きでこちらを向き―――


 悪鬼のごとき憎しみの目で、俺を睨みつけるのが見えた。


 ……え、何あいつこわ……。

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