第14話 濡れ場(男)
貴族学園での授業科目は、前世のそれとはかけ離れている。
たとえば数字にまつわる授業は、数学ではなく算術という授業になる。リンゴ一個200円、みたいなのではなく、今年の領地で取れた作物は麦何十トン、みたいな感じだ。
つまり算術と言うのは、高度な数学ではなく領地経営のための術、ということになる。そんな感じで、国語ではなく交渉術、理科ではなく魔法、というワケだ。
そのため、体育の授業に代わり、貴族学園で武術を修めることとなるのは、必然的な帰結なのだろう。
そんな風に、俺は木剣を手に考えていた。
「良いか! 貴族子女にとって、武術とは象徴である!」
ムキムキの武術女教師が、俺たち下級14号クラスの前で、大声を張る。
「確かに貴族は軍にとっての頭脳! 直接敵と相対することは少なかろう! だが貴族には一騎打ちや決闘など、象徴として武術が用いられる場面が存在する!」
故に! と教師は続けた。
「時には軍の士気のため、時には血統の威信のために、武術を修めるのだ! 分かったか!」
『はい!』
クラスのみんなは、元気に返事している。俺もそれに倣っておく。
なおウィズはものすごく嫌そうな顔で「はい……」と声を絞り、ナルシスは堂々と返事していなかった。挨拶一つで性格が分かるというもの。
武術教師は、満足げに言葉を続ける。
「よぉし! ではまず実力を見るために、この表の通りに一対一の対人訓練を行ってもらう! そこから諸々のカリキュラムを組むので、本気で挑むように!」
『はい!』
教師の号令を聞いて、俺はクラスメイトたちとともに、ボードの対戦表を確認した。
俺の相手は……ナルシスか。
まぁ、それしかないわな。男子と女子を対戦させるカードは厳しいだろう。
訓練場の対戦フィールドは六枠。俺とナルシスの対決は、最後の三枠の一つだった。
これはしばらく見学か、と俺は踵を返す。
そこに、ナルシスが数人の女子に囲まれ、俺を待ち受けていた。
「やぁ、僕の相手は君のようだね、ガーランド君」
「そうだな、ナルシス」
俺が淡々と答えると、ナルシスは嘲るように笑った。
「君は、騎士家の生まれだったね? 男でその生まれだと、剣術指南も付けてはもらえなかっただろう。実際、オークの森ではそれで怪我をしたそうじゃないか」
「……?」
母親に、剣術どころか無数の訓練を付けてもらった身なので、俺は思わずポカンとしてしまう。
しかし、俺の反応に手ごたえがあったのか、ナルシスは笑いだした。
「ハーッハッハッハ! 何だいその顔は! まさか、僕もそうだと思っているのかい!?」
ナルシスのことなど何も考えていなかった俺は、キョトンと話の流れを見守る。
「残念ながらね、領地貴族と言うのは、男子と言えども教養として武術を修めるものなんだよ! いやぁ、楽しみだね。僕をあれだけコケにした君を、この手で打ち据えるのは!」
「コケに……? 俺が? ナルシスを?」
何の話してんだろうこいつ。俺そんなことしてないが。
「何だい? ようやく怖くなったのかな? でもダメだよ。逃げることは許さない」
ナルシスは指を鳴らし言った。
「君たち」
「はい!」「ナルシス君の取り決め通り!」
「ん? えぇ?」
ナルシスの後ろに立っていた女子たちが、素早く動き俺を拘束する。
魔力のフィジカル分、拘束力は高いが……訓練にて、母親から拘束での無力化を繰り返されてきた俺からすると、この程度の拘束はあってないようなもの。
あってないようなものなのだが……。
「……」
いい匂いする。というか、よく見るとこの子たち全員可愛い。
ナルシスは面食いで従順な女の子が好きなので、恐らくはその基準でトップの子たちなのだろう。
これは、うん。ちょっと抜け出せないな。柔らか、ゴホンゴホン、役得、ゲフンゲフン、これは拘束力が高くて抜け出せない。うん。
そこに、ウィズが飛び込んでくる。
「ちょっ、何をしてるんですか、あなたたち! 男の子のテクト君にそんな、セクハラもいいところですよ!?」
え、セクハラ? 俺、拘束されてるだけだけど、セクハラになっちゃう?
と思っていたらナルシスが言った。
「子爵家の僕が許可しているんだ。騎士家の男が何を言ったって無駄さ。もちろん、この手のことに女子が何を言っても同じだよ」
少し考えて、理解が追い付く。
そうか。俺セクハラされる側だったわ。貞操逆転だもんな。
俺がなるほどと納得していると、ウィズがものすごく悔しげな顔をしている。何で?
そこで、ナルシスが呟いた。
「そうだ。せっかくだしここで……」
ん? と思ってナルシスを見ると、奴は何とも悪い顔。
そのまま、ウィズに向かって語り掛ける。
「デルフィアさん、君が悪いんだよ? 僕のクラスにいながら、僕ではなくこんな騎士家の馬の骨になびくから」
ナルシスが指を鳴らす。すると、俺を拘束する女の子たちが、俺の尻や胸元に手を這わせた。ちょっとくすぐったい。
しかし、ウィズの反応は劇的だ。
「テクト君!!!」
まるで片思いの相手を、手込めにされかけているかのような悲痛な叫びで呼ばれる。その激しさに、ウィズを他の女子たちが拘束するほど。
俺は『何で切羽詰まっているんだろう』とまばたきをする。
「ほら、これが嫌なら、僕の下においでよ、デルフィアさん? 君は中々容姿が整っているし、従順にしていれば優遇してあげるよ?」
ナルシスの勧誘に、羽交い絞めにされながら、ウィズは言った。
「ありえません。テクト君とナルシス君では、比べ物になりません」
「……ふーん。なら」
ナルシスが指を鳴らす。俺の股間に、女の子の手が這う。うぉおおおおっ?
「待て待て待て! せんせー! せんせーちょっと来てー! 公衆の面前で看過しきれないレベル感のセクシャル案件が起こりつつある! せんせー!」
「はっはっは! 今になって焦っても無駄だよガーランド君! すでに教師は、僕が懐柔済みさ!」
「は? そんなワケ」
女教師を見る。女教師はこれ見よがしにそっぽを向いている。
「せんせー!?」
嘘だろそんなことが起こんの!? 貴族学園ってここまで無法なのかよ!
「やめっ、止めなさい!」
ウィズは拘束を抜け出そうとするが、ウィズ自身が女の子の中だと華奢な方だからか、上手く行かない。
「くっ、この、放してください! テクト君ッ! テクト君ッ!」
「あははははっ! こんな身分の低い男に、よくもそこまでお熱を上げるものだね! なら今からその男を穢して、目を覚まさせてあげるよ!」
ナルシスが言うと、女の子たちがニヤニヤ笑いながら、俺の服に手をかけ始めた。
「結婚はしてあげられないけど、代りに気持ちよくしてあげる♡」
「卒業まで可愛がってあげるね~♡」
女子たちにボタンを外され、俺の胸筋があらわになり始める。
「放してくださいッ! 放せッ! 解剖してやる! 実験体にしてやるッ! あなたたち全員を、モルモットにしてやるッ! ―――テクト君っ! テクト君っ!!!」
ウィズの悲痛な、というか一周回って悪役みたいな叫びが上がる。もがきながら俺に手を伸ばすも、ウィズは拘束から抜け出せない――――
「いやギャグすぎる」
俺は隙だらけの拘束をぬるっと脱出した。
『……。……!?』「……えっ?」
俺がするっと脱出したのを受けて、ナルシスに従っていた女子たちがポカンとする。ウィズが虚を突かれたようにまばたきする。
慌てだすのはナルシスだ。
「……ハッ! な、何をやっているんだ! 早くガーランド君を捕まえろ!」
「う、うん!」「逃がさないよ!」
ナルシスに言われ、女子たちが俺に迫る。俺はそれを足さばきで躱し、ついでに転ばせる。
「きゃんっ」「ひゃあっ」
女の子たちが声を上げて、俺の足元に転がった。
ナルシスが、目を丸くして、大口を開けて俺を見つめている。
俺は渋い顔で言った。
「俺がはだける展開、誰得すぎる……」
もう数分くらいされるがままだったら、ガチの色気展開にはなりそうだったが、流石にそれはよろしくないし。
俺は粛々とボタンをとめ直す。とても釈然としない。
貞操逆転? 知るかんなもん。くだらねぇ。
「くっ、放してください!」
みんなが呆気にとられる中、一足先に我に返ったウィズが、拘束を抜け出して俺に辿り着く。
「だっ、大丈夫ですか、テクト君っ! 怪我はないですかっ? あんな、胸板や下半身を撫でるなんてひどいこと……!」
「……ウン、ソウダネ……」
ちょっとくすぐったかっただけ、とは言いだせない剣幕である。
「よくも、テクト君に手荒な真似を……!」
ウィズはものすごい気迫で、ナルシスたちを睨みつける。ナルシスはウィズの怒気を正面から食らって竦み上がり、近くの女子の背後に隠れた。
は? 何だあのクソ男。女の影に隠れやがったぞ。
しかもナルシスは、こともあろうに女子の影から言い募る。
「きっ、君が、君たちが悪いんだ! 僕の言う事を聞かないから! 僕のクラスメイトなら、女子は僕に付き従うべきだし、男子なら一人寂しくしているべきだろう!」
「「……」」
呆れてモノも言えないとは、このことだろうか。
「おっ、お前たち! そろそろ対人訓練を始めなさい!」
教師が、流石にカリキュラムに響くと考えたのか、俺たちに言う。
俺はそれに、いい機会だ、とナルシスを見る。対人訓練なら、このクソ男を合法的にボコボコにできる。
と思った瞬間、ナルシスは顔を青ざめさせ、わざとらしく「う、う~ん」と女子にもたれかかった。
「なっ、ナルシス君、どうしたの?」
「僕……何だか体調が悪いみたいだ……。悪いけど、保健室まで連れて行ってくれないかい……?」
「うっ、うん! 先生! ナルシス君体調悪いみたいなので、保健室連れていきますね!」
「ん、おう。分かった。まぁ仕方ないな。男子だしな」
「ナルシス君、私が連れて行ってあげるね!」「あっ、ズルい! 私も!」「私も手伝う!」
余りにもスムーズなやり取りで、ナルシスが女子に担がれてこの場から去っていく。
その寸前で、平気そうな顔に戻ったナルシスは、俺を見てニヤリと笑った。
「……」
あのクソ男、いつか絶対しばく。絶対にだ。
俺はそう、静かに決意するのだった。
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