第43話:英雄候補(6)

 顔に当たる陽でヴィルは目を覚ました。もう昼頃の様だった。


「……――」


 当ても無く夜の都市を彷徨い続け、気付けば貧民街の住人の様に路地裏で眠っていたらしい。



 自分の人生を振り返る様な夢を見ていた。


 彼の故郷は辺境の小さな町だった。


 家は弱小ではあるものの貴族であり領主でもある。


 父は理想の高い人物だった。


 優秀でなければ、価値がない。

 価値がなければ、意味がない。


 幼い頃から文武の才を見せたヴィルですら、より優秀な兄と比較され、落ちこぼれと蔑まれていた。


 だが、クラスが発現した時から父からの評価は一変した。


 ただの『ソードマン』だった兄と『ブレイバー』だった弟の立場は入れ替わった。


 それから鍛錬の日々だった。


 十四の頃に町に訪れたSランク冒険者を父は師として雇い、より【ブレイバー】の力を引き出していった。


 いつしか兄は、家からも町からも消えていた。


 優秀ではないから価値が無くなり意味の無い兄は居場所を追われたのだ。


 だが、ヴィルは違った。

 英雄の素質があり、英雄である事を多くの人から望まれていた。

 それが彼の価値だった。

 だから英雄になる為に旅に出た。

 旅の中で、より彼の力は増していった。

 仲間を得た。

 共に様々な偉業を成した。


 そしてダンジョンに挑む為に迷宮都市に来た。


 順調だった。


 より高みに上る為、パーティの役立たずのレオンを追放した。


 ――だが、それから歯車は狂い始めた。


 思う様にいかない。

 成果が出ない。

 英雄の様に出来ない


 それどころかあのレオンが偉業を成し遂げたのだ。


 ヴィルの頭を巡っているのは、あの鮮烈な光景。


 彼はデスナイトに蹴り飛ばされた後、ライラの治癒魔法を受けて戦線に戻っていた。


 まだ戦えた。


 剣は折れたがミリンダの細剣を借りた、傷はライラが癒す事が出来た。尽きた魔力もポーションで回復させた。


 デスナイトを倒す事が出来れば、名実共に英雄となるのだ。

 

 だが、ソレを見た時に身体の力が抜け、手から剣が落ちた。


 デスナイトは赤黒い魔力を放出し転移とも思える速度でレオンに肉薄する。


 しかし彼は魔力武装による《大剣》を分かっていたかの様に、合わせて振るったのだ。


 そして固有スキルを発動させた。


《インパクトアブソーバー》は、物理的にも魔力的にも質量や威力に関係なく、パリィすれば無効化し自身の力とする事が出来る。


 相手が強者である程にその有用性は高くなり、場合によっては下位スキルで竜を殺す事も可能になるスキル。


 だが、発動のトリガーとなるパリィはあくまでレオン自身の技術だ。


 自分が同じ固有スキルを持っていたとして、同じ事が出来るかといえば――。


「――――」


 無理だった。


 そしてあの黒い一撃は《リミットブレイク》でも打ち破れないと理解もしてしまった。


 ――それでも、そうだとしても。


 冒険者の資格を剥奪されたが、一時的だ。

 まだ、ヴィル・アルマークは英雄と成り得る筈だ。

 今度こそ、相応しい成果を出せば誰もが認める筈だ。


 その為に必要な物が要る。


「――剣だ。僕の魔力放出に耐えられる程の強力な剣。英雄に相応しい剣があれば……」


 あの時に、そんな剣があれば今頃は――。


 立ち上がり、またフラフラと歩き始めると、軽装の冒険者の男が傷だらけで壁にもたれかかっていた。


「うぅ……」


 彼は全身から血を流し息も絶え絶えだった。


 手には刀身が波打った紅い剣が握られている。


 その刃は鮮血が滴っていた。


 鉄の様な臭いが鼻をつく


 つい先ほど、斬り合いをしたのだろうと察した。


 この男はもうじき死ぬのだろう。


 だが、ヴィルには関係の無い事。


 捨て置く事にしたが、男はヴィルに気が付いてよろよろと立ち上がる。


「――この、剣は……オレの――も、の……だ……。だれ、にも――」


 うわ言の様に呟いて、血走った眼でヴィルを睨み、


「――わたさないぃいいいい!!!!」


 獣の様に吠えた。


 地面を蹴り、剣を突き出した。矢よりも速い速度だったが、ヴィルは身を翻して躱しながらその顔面を鷲掴み、地面に叩きつける。


「――れ、のだ……。こ、の……けん、は……」


「まだ生きているのか……?」


 全身から血を流し、普通ならもう死んでいる筈だ。並みのしぶとさでは無い。


 それどころか、正気ですらない。


「この剣の……呪いの影響か」


 転がる紅い剣を見て呟いた。


 そういえば、と思い出す。


 数日前に、どこかのパーティでダンジョンで手に入れたユニークウェポンの猫ばばがあったらしい。


 この男は秘められた価値に目が眩んでの事だろうが、そのユニークウェポンは呪いの類が付与されているようだ。


 身体能力や魔力の向上をさせる代わりに、人格を狂わせる呪剣。


 並みの冒険者では手にすれば、呪いに呑まれるのも無理はない。


 だが、その呪いに打ち勝てば――きっと、それは、




「――英雄に相応しい剣になる」


 十分な剣さえあれば、今度こそ上手くいく。

 上手くいけば、英雄になれる。

 価値を示せる。意味をなせる。


『落ちこぼれ』の【ガーディアン】よりも、自分は優秀であると証明する。


 英雄譚に憧れてただ成りたいだけよりも、自分こそその資格があるのだと示す。


 そして、英雄は誰よりも強くなくてはならない。負けてはならない。


 例え呪剣だとしても、縋る事に躊躇いは無かった。


 ――もう、ヴィル・アルマークは負けられない。


 それだけが、ただ一つの価値なのだから。


「僕は――必ず英雄に……ならなければいけないんだ――!」


 紅い剣に触れた瞬間に理解する。













「――――――ぁ……」


 コレは人の手に余るものだ、と。

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