第42話:英雄譚の詩
商業区の広場からギルドのある中央区への大通りにも出店が並び多くの人が行きかっていた。
商業区の方ではポーションや護身用の武器など探索に実用的なモノやアクセサリーなどの雑貨を扱う店が多かったが、飲食店の多い中央区付近では片手で食べられる軽食を出す出店が並んでいる。
昼食頃が近くなりレオンとリゼッタは串焼き肉、唐揚げと摘まんで、ホットドッグをベンチに座りながら齧っていた。
軽くトーストされたパンにグリルされた大ぶりなソーセージ。たっぷりのトマトソースとマスタードが肉の香ばしさや旨味と混ざり十分な満足感がある。
「これも中々旨いな」
「えぇ、普段より食べ過ぎてしまいますね」
「まぁ、たまには良いんじゃないか。祭りは楽しまなくちゃな」
雑談をしながら食べ終わると、レオンの口元にソースがついている事にリゼッタは気がついた。
「レオ、口元が汚れていますよ」
「ん?」
言われて、彼は袖口で拭おうとしたがそれを彼女は止めた。
「あ、いけません。こちらを向いてください」
リゼッタはポケットから出したハンカチでレオンの口元を優しく拭う。
「はい、大丈夫です」
「あぁ、うん……ありがとう」
余りに自然の流れだった為に受け入れてしまったが、レオンは我に返ると羞恥心が襲って来た。
それはリゼッタも同じだった様で顔を赤くする。
「す、すみません! 孤児院の子達にするようについ……!」
「いや、俺もだらしなかったから……!」
いたたまれなくなっていると、
「レオン兄ちゃんとリゼッタ姉ちゃんだ!」
聞き覚えのある少年の声がした。
「ファズ君!」
リゼッタの視線の先、孤児院の管理者のデイジー・フラウに連れられた子供達が居た。
ファズは自分よりも年下の子と手を繋いでいる。
「ちゃんと兄ちゃんしてんじゃんか」
「へへ、当たり前だろ!」
レオンに言われ、ファズは自慢げに胸を張った。
その傍らで、
「お二人も今日はお休みですか?」
「はい。昨日は大変でしたし、折角の機会ですので」
デイジーにリゼッタは答える。
彼女達が談笑していると、ファズは思いついたと声を上げた。
「そうだ! 兄ちゃん達も一緒に行こうぜ! 皆で見て回った方が楽しいって!」
「ちょっと、何言ってんのアンタ!」
それをファズと同い年位の少女が止める。
「え? なんで?」
「なんで、って……デートの邪魔しちゃダメでしょ!」
そんな子供達のやりとりにレオンは苦笑した。
「この子達が申し訳ございません……」
「いえ、お気になさらず」
「それでは、私達はこれで。良ければまた院にもいらして下さい」
デイジーはバツが悪そうに頭を下げて、子供達を連れて商業区の方へ向かっていった。
「最近の子は、ませてるのな」
「そのようですね……」
それを見送りながらレオンとリゼッタは苦笑する。
「さて、住宅区の方もちょっと見に行ってみるか?」
「はい。何でも吟遊詩人が集まって各地の英雄譚を歌っているようですね」
「それは楽しそうだ」
◇
迷宮都市に住まう住人達の住居が集まる住宅区にも出店が出され、普段よりも賑わっていた。
住人達が特に楽しみにしていたのは、集まった吟遊詩人達。
各々が住宅区に散り、ポロロンとリュートを爪弾いて自慢の歌を披露していた。
妖精から賜った聖剣で邪竜を打ち倒し、姫を助け、国を救う王道の語り尽くされても尚、人気の英雄譚。
実際の冒険者が成した武勲を歌う現実離れの冒険譚。
一国の姫と放浪の騎士の恋物語。
詩人の数だけ様々な物語が歌われ、聴く人の心を動かしている。
そんな中で、レオンとリゼッタが聴き入っていた歌は、他と比べると幾分、地味だった。
「――男の振るう剣が、ゴブリン共の首を断つ」
たった一人で、故郷の村を怪物から守った英雄譚。
「射かけられた矢を受けても止まらず、剣を振るい続ける男はまるで鬼の様だった」
鉄の剣。強力な魔法も無く、他に頼れる仲間も居ない。
村に迫るゴブリンの大群に他の冒険者達は逃げ出した。
それでも彼は立ち向かう。
「ゴブリン共の悉くを斬り伏せて、ついに対峙した頭目のホブゴブリン」
守るのは大国でも無く美姫でも無い。小さな村で幼馴染の娘。
だが、彼が命を懸けるには十分だった。
「その一撃がホブの頭蓋を貫いて、かくして村は救われた。――この物語は今や昔。彼の真名を知る者は無く語り継がれるその名こそは、金や銀に届かず鉄にも劣るされど鋭き『銅の英雄』」
ポロロンとリュートの音色が締めくくり、聴衆達がお捻りを吟遊詩人の足元にひっくり返された帽子に入れて行く。
レオンも投げ入れて、リゼッタと共にその場を後にした。
「あの話を聴くのは子供の頃以来だったよ。まだ歌ってる詩人が居るとは思わなかった」
「私も久しく聴きました。改めて聴くと彼は単身でゴブリンの群れを打ち倒した偉業を成したのです。英雄と呼ぶに相応しい方でした」
リゼッタは小さく笑った。
「誰もが逃げ出す中、守りたいものの為に立ち向かう英雄。レオが憧れるのも納得です」
言われてレオンは妙に顔が熱くなる。
「まぁ、俺はそこまで強くは成れなかったけどな」
「いいえ、そんな事はありません。貴方は既に私の英雄なのですから」
レオンは気恥ずかしさを誤魔化す様に肩を竦ませると、リゼッタは微笑んだ。
「――そうだったな」
「はい、そうですよ」
軽く笑い合ったその時、どこからかざわめきが波の様に広がった。
「――おい皆!『アヴァロン』が帰って来たぞ!」
「凱旋だ! 英雄達の凱旋だ!」
熱を帯びた叫びの様な歓声が上がり、民衆は一層沸き立って中央区に押し寄せて行く。
「俺達も行ってみるか?」
「そうですね」
二人は人の波に押される様に足を進めた。
だが――突如、空気が変わった。
強力な魔物と対峙した様な圧迫感を感じたかと思うと、乾いた破裂音が響き、地面が低く唸る。
祭りの喧騒が一瞬にして途切れ、次いで恐怖の悲鳴が広がった。
「コレは……一体……っ!?」
誰もが逃げ場を求める様に押し退け合い、リゼッタが口に出す間にも、続けて似た様な轟音がいくつも鳴り、中央区の方から黒い煙が立ち上り始めた。
「分からないが、ろくでもない事は間違い無いだろうな……っ!」
肌を刺す禍々しい魔力の圧の中、僅かに知った人物の面影を感じた。
その胸騒ぎが、どこからかの叫びで確信に変わる。
「大変だ! 【ブレイバー】が『アヴァロン』を襲ったぞ!?」
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