第40話:『お姉さん』の助言
朝、というには少し遅い時間。
「――――ぉぅ……?」
レオン・グレイシスの目覚めは衝撃的だった。
目を開けると、文字通りに目と鼻の先にリゼッタ・バリアンの寝顔があって、息を呑んだ。
気持ち良さそうに寝息を立てるリゼッタに戸惑っていると、やがて彼女も目を覚まして身体を起こすが、うつらうつらと船を漕ぎつつ大きな欠伸を見せた。
記憶が曖昧でこの状況に理解が追いつかず、その上、無防備なリゼッタに軽いパニックに陥っていると、寝ぼけ眼の彼女と目が合う。
「ぁ……。おはよう、ございます……?」
「あぁ……うん……。おはよー?」
声を発した事に意識が覚醒し始めたのか、
「~~~~~~!?」
顔を羞恥に染めてベッドから転げ落ち、その拍子に仕切りのカーテンを引き千切ってしまった。
「おぉ!? リゼ!? 大丈夫か!?」
「――――はい……。大丈夫、です――」
答えるリゼッタは少し泣きそうだった。
割と派手な物音に隣の控室から乱暴な足音が近づき、長い紫色の髪をした女性の治癒師が惨状を目にすると眉間にシワを寄せ大きく舌を打つ。
「――朝からお盛んだな」
◇
治癒師にギルド長が呼んでるから顔を出しに行ってこい、と追い出されたレオンとリゼッタは、ギルドに入るやいなや、
「――レオちゃん! もう身体は大丈夫なのぉぅ!?」
三〇半ばの男性にトーンを上げた声色で出迎えられた。
「デスナイトと戦ったって聞いて、私もースンゴイ心配しちゃったんだからぁ!」
背が高く長い手足。手入れを怠っていないであろう艶のある緩い癖の瑠璃色の髪。切れ長の翠の瞳。
中性的な顔立ちに薄くも丁寧な化粧でより女性的な印象を受ける。
見た者を素直に綺麗と思わせる彼がレオンに抱き着いた。
ギルド職員の制服の為、彼も職員だと分かるが雰囲気が独特でレオンもリゼッタも戸惑った。
「あ、あの……貴方は――?」
「あら、リゼちゃん。近くで見るとやっぱり美人さんね。貴女も無事で良かったわぁー!」
言って更に男性はレオンに回す腕の力を増した。
「ちょ、何だ……この人……力強っ!?」
「あの! 彼は怪我が治ったばかりなので……!」
困惑しながら抗議するリゼッタに、あらあらと男性はレオンを放して片手を頬に置く。
「ごめんなさいねぇ。ワタシったらすーぐ抱き着いちゃう癖があるのー」
オホホと笑う彼は咳払いをして、
「私はこの迷宮都市のギルド長を務めるマルヴァリン・ガンドルーフよ。可愛くマリンって呼んでねっ!」
そのウインクに一瞬、呆気に取られたがダンジョンが中核にあるこの都市では実質的な責任者である人物にレオンとリゼッタは緊張を覚えた。
それに彼――マルヴァリンは、わざとらしく身体をくねらせる。
「って言っても、冒険者の皆の頑張る姿を見るのが好きなお姉さんなだけなんだけどねん!」
「――お姉さん?」
「そうよ、何かしらレオちゃん? 言いたい事があるならお姉さん聞いちゃうわよ、ん?」
「いや、なんでもないです」
ギルド長の美しく作られた笑みに、思わず口についたレオンは表情を引き攣らせた。
「あの……それで、我々をお呼びとの事でしたが、昨日の聴取でしょうか?」
リゼッタの問いに、はた、と思い出した様に手を叩く。
「そうだったわ! 他の子達からもう聴いてはいるんだけど、貴方達からもお話を聴かせて貰えるかしら?」
そうして、二人はマルヴァリンに連れられた応接室で彼からの質問に答えていく。
未踏領域探索のルート、遭遇したパーティ、そして発見したデスナイトの状況と戦闘になった経緯等々。
一しきりして、聴取を終えた。
「――はい。もう十分よ」
マルヴァリンは手にしていた資料をテーブルに置いて一息ついた。
「貴方達にとっては巻き込まれた不運な事故だったけど、おかげで被害は最小で済んだわ。本当にありがとう」
「そうですね……なんとか誰も死なずに済んで良かったですよ」
答えるレオンは今更、生き残った実感が湧いて安堵の溜息をついた。
同時に僅かばかりの気掛かりが脳裏に過る。
「――『鋼の翼』はどうなったか聞いても?」
「まぁ、古巣の事は気になるわよね……」
レオンの質問にマルヴァリンは小さく肩を竦ませる。
「結論から言えば、パーティは実質的に解散ね。事の発端になったヴィルちゃんは謹慎よ。ギルドが主催する講習を受けさせた後に試験をして、それに受かるまでは冒険者資格を停止させたわ。……あの子のクラスは希少だし能力そのものは高いから捨て置いて腐らせる訳にはいかなくてね」
マルヴァリンは苦笑して、
「パーティをクビになった事や今回の事で思う所はあるかもだけど、理想と現実を分からせるまでは私達が面倒を見るから、勘弁してあげて貰えるかしら?」
「色々文句は言ってやりたいですが、もとから復讐なんて考えていませんよ。そういう事なら、アイツをお願いします」
頭を下げるレオンに、マルヴァリンは静かに頷いた。
「――さて、後はみんな大好きなお金のお話しましょ」
意図した様に声のトーンを上げて、文字通りに現金な話を始めた。
二枚の小切手を見せられて、二人は息を詰まらせた。
今までダンジョン探索で稼いだ総額を軽く越していた。
そんな彼等にマルヴァリンはクスリと笑う。
「イレギュラーの対処への相応な報酬よ。一枚は魔石換金としての額だけど、デスナイトである事は確認が取れているからその相当の額。もう一枚は持ち帰った黒い剣の分ね。折れちゃっていたし、特別な付与も無かったけど、オリハルコンだったから買い取る場合はそのお値段になるわ」
「だったら、魔石分は均等で剣の分はリゼの口座に入れて下さい」
レオンの言葉にリゼッタは我に返った。
「い、いえ……! それでは私の取り分が余りにも!」
「俺が生き残れたのもリゼのおかげだ。そのお礼だよ」
狼狽える彼女にレオンが小さく肩を竦めると、マルヴァリンはわざとらしく声を上げた。
「もう、やっだぁん! レオちゃんたら! 女の子へのお礼がそんなんじゃダメよ! 全然ダメ!」
ビシッと人差し指を突き付けられ、レオンは目を丸くする。
「どうせ何かをあげるならもっと心の籠ったモノにしなさいな! 丁度、『アヴァロン』の子達の帰りを祝うお祭りが今日から始まってるんだから、ダンジョンの事は忘れてデートでもしてらっしゃい!!」
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