第23話 首都奪還戦

 リンドール王国の首都は、かつて輝かしい文明と活気で満ち溢れていた。


 しかし今、そこは魔族の支配下にあり、生ける屍の街と化していた。


 王都を覆うのは、不気味なほどの静寂だ。


 賑わっていた広場に人々の笑い声は響かず、市場からは活気が失われている。代わりに聞こえるのは乾いた鞭の音や言葉を失った人間たちの鈍い足音……そして魔族の嘲笑である。



 人間たちは魔法によって、魔族の命令に従う物言わぬ奴隷として使役されていた。


 彼らはまるで糸の切れた人形のように無表情で、ただひたすらに労働を強いられている。


 石材を運び、魔族の食料を運搬する。

 疲労で倒れようとも、魔族は一切の慈悲を見せない。


「早く動け、愚か者ども!」


 棍棒で人間を叩きつける魔族の叫び声が響く。叩かれた人間は感情のない目をして、再び立ち上がり、作業に戻るだけだ。


 彼らの記憶と人格は神結晶の力によって、既に魔族に奪い取られていた。


 己が誰であるのかも、家族がいたことも、故郷がどこであるのかも……全てを忘れ去っている。彼らの意識の中にはただ「魔族の命令に従う」という情報だけが残されていた。


 魔族たちは、そんな人間たちを娯楽の対象とすら見ていた。


 ある時は若き魔族たちが、覚え立ての魔法の練習台として人間を使っていた。人間は抵抗することもできず、ただ魔力の奔流に吹き飛ばされる。


「ハハハ! 見ろよ、あの人間! 面白いように吹っ飛ぶぜ!」


 練習台にされた人間は、全身に火傷を負い、虫の息となるが、魔族はまるで石ころでも扱うかのように、その場に放置した。


 酷い時には、気まぐれで、あるいは憂さ晴らしのために、殺されることすらあった。何の理由もなく、ただ魔族の気分一つで彼らの命はあっけなく奪われていく。


 王都は絶望と死の匂いだけが満ちている。


 そんな現実を覆そうとする者たちが、今城壁都市で嚆矢が放たれる瞬間を待っていた。




 城壁都市フランゼッサの正門前。


 夜明け前の薄闇の中。

 五千の兵士たちが整然と並び、静かにその時を待っていた。


 彼らの顔には張り詰めた緊張と揺るぎない覚悟が浮かんでいる。


 ルーゼリア姫は壇上に立ち、一際高く、しかし凛とした声で兵士たちに語りかけた。


「皆、よく聞いてください。今、私たちは、かつての王都を取り戻すため、そして魔族に虐げられている民を解放するため、ここに立っています」


 彼女の声が朝の冷たい空気を震わせる。


「この戦いが、どれほど困難な道であるか、私は理解しています。魔族は強く、そして残酷です。しかし、我々には、譲れないものがあるのです!」


 ルーゼリアは、手を天に掲げる。


「私たちは、故郷を、家族を、そしてこの国の未来を取り戻さなければなりません。貴方たちの勇気と、貴方たちの剣が、このリンドール王国を再び光り輝かせるでしょう!」


 彼女は、静かに、しかし力強く宣言した。


「どうか、私と共にこの聖戦に挑んでください。我らの王国の、輝かしい未来のためにッッ!」


 ルーゼリアの言葉は、兵士たちの心を震わせた。一瞬の静寂の後、彼らは一斉に剣を高く掲げ、咆哮した。


「おおおおおおおおおおおっ!!」


 その雄叫びは、夜明け前の空に木霊し、兵士たちの士気を最高潮へと高めた。


 やがて、重々しい音を立てて、フランゼッサの門が開かれた。


 朝日が整列した兵士たちの甲冑を照らし出す。リンドール王国の希望を背負った兵たちが、首都奪還のため、一歩を踏み出した。


 俺はルーゼリア姫、そしてリオン参謀と共に、軍の先頭に立って進んでいく。


「姫様、兵たちの士気は最高潮です。素晴らしい演説でした」

 

 リオン参謀が、ルーゼリアに賞賛の言葉を贈る。


「ありがとうございます、リオン。ですが、勝負はこれからです」


 ルーゼリアは、厳しい表情で前を見据えていた。アリアは、孤児院の子どもたちと共に、城壁の上から私たちを見送ってくれているだろう。


 彼女の新たな居場所を守るためにも、俺たちは負けるわけにはいかない。


 数日間の行軍を経て、俺たちは首都の近郊に布陣した。次々と近隣の兵達が合流し、今や我が軍は一万二千を超える大軍となった。


 目の前には、かつて栄華を誇った王国の首都がある。 


 首都の周辺には数千にも及ぶ魔族の一団が、まるで待ち構えていたかのように姿を現した。


「やはり、奴らは我々の動きを察知していたか……」


 リオン参謀が、苦々しげに呟いた。


「数では我々が勝っていますが、個々の魔族の力は侮れません。特に、首都にいる奴らは……」


 ルーゼリアが緊張した面持ちで言葉を続けた。



 一万を超える王国の軍は、数字の上では魔族を優っている。


 しかし、魔族は魔力も膂力も、人類を遥かに上回る存在だ。一対一で戦えば、人間が勝つことは難しい。この戦況は、数字だけでは測れない、圧倒的な不利を抱えている。


「全軍、構え!」


 ルーゼリア姫の凛とした声が、戦場に響き渡る。兵士たちが一斉に武器を構え、魔族との距離を詰めていく。


「オルフ殿、お願いします!」


 ルーゼリアが、俺に視線を向けた。


「承知いたしました、姫様!」


 俺は、大きく息を吸い込んだ。

 体内の魔力を、一気に解放する。


「古代魔法――『鳴神』!」


 次の瞬間、雷雲から無数の稲妻が放たれ、魔族の群れへと降り注ぐ。


 ズガガガガガガガガンッ!!


 凄まじい轟音と共に、魔族たちが次々と吹き飛ばされていく。大規模な古代魔法は、確実に魔族の数を減らしていく。


 しかし、首都にいる魔族は、これまでの雑兵とは明らかに違った。


「人間風情が、調子に乗るな!」


 古代魔法の弾幕をものともせず、稲妻の合間を縫って、こちらへと突進してくる魔族がいる。


「来るぞ! 警戒を怠るな!」


 兵士たちの中から、怒号が響く。


「かかれーっ!」


 ルーゼリアが吠え、王国の兵士たちの雄叫びが、魔族の咆哮とぶつかり合った。


 最前線で剣と魔力が激しく衝突する。兵士たちは、ルーゼリア姫の鼓舞に応え、一丸となって魔族の群れへと突進していく。


「怯むな! 押せ、押せ!」


 指揮官たちの声が飛び交う。

 兵士たちは必死に食らいつくが、魔族の個々の能力はやはり人類を凌駕していた。


 一人の魔族が、三人の兵士を同時に相手にし、その全てを吹き飛ばす光景も珍しくない。


(このままでは、ジリ貧だ……!)


「私が、突破口を開きます!」


 ルーゼリア姫が、迷いなくそう告げた。その手に握られた長剣が輝く。


 ルーゼリアは、兵士たちの間をすり抜け、単身で魔族の群れへと飛び込んだ。


「邪魔です!」


 ルーゼリアは、流れるような動きで魔族の攻撃をかわすと、その長剣を閃かせた。

 剣先が一体の魔族の心臓を的確に捉え、深く突き刺さる。


「グギャアアアアッ!」


 魔族は断末魔を上げてその場に崩れ落ちた。


 しかし、次から次へと、新たな魔族が彼女へと襲いかかる。三体、四体……。


「たかが人間風情が!」


「姫を狙え!」


 魔族たちの咆哮が響き渡る中、ルーゼリアはまるで戦場の中心で舞い踊る蝶のようだった。


 彼女の視覚は魔族の魔力の流れを完全に捉えている。俺はルーゼリアほどではないだろうが、ウルスラグナの修行によって、魔力の流れには鋭敏だ。


 魔族が拳を振り上げる瞬間、魔力が腕に集中するのを見る。爪を振り下ろす寸前、その魔力の流れが鋭く加速するのを見る。


 ヒュンッ! キンッ! シュルッ!


 長剣が風を切り、魔族の攻撃を紙一重でかわす。


 肉眼では捉えきれないほどの速さで、彼女は魔族の攻撃の軌道を読み、その小さな身体を翻す。


 そして、魔族が攻撃を終え、次の体勢に移る一瞬の隙。


 その時を狙って、彼女の剣が閃く。


 ザシュッ!


 魔族の首筋に、深々と剣が食い込む。

 魔族は、呻き声を上げる間もなく、その場で力尽きた。


 しかし、別の魔族が背後から迫る。

 ルーゼリアは、振り返りもせず、その場で身体を捻ると、背後へと剣を突き出した。


 ドスッ!


 正確に心臓を貫かれた魔族が、呻きながら倒れ伏す。


「姫様……!」


 兵士たちの中から、感嘆の声が上がった。

 ルーゼリアは、決して強力な魔力を放つわけではない。


 だが、その剣技は魔族の動きを完全に読み切り、確実に急所を突いていた。


 ルーゼリアの剣は、舞うように、しかし確実に、魔族の数を減らしていく。


「姫様に続けぇぇ———!!」


 彼女の背後から、兵士たちが彼女に続くように、前線へと押し出し始めた。


(俺も負けていられないな)


 俺は、再び大規模な古代魔法を構築しようと、体内の魔力を高めた。


 今度は広範囲にわたる炎の渦か。

 あるいは地を砕く衝撃波か。


 しかし、その時だった。

 俺の魔力感知が、戦場の異変を捉えた。


 魔族の群れの中から、ぞろぞろと前線へと押し出されてくる存在がある。彼らは、俺たちと変わらぬ体躯をもち、ぼろぼろの服を身につけていた。


「あれは……!?」


 俺の傍で後方で指揮を取っていたリオンが、驚愕の声を上げた。


「人間だと! なんと卑劣な!」


 魔族たちは、その人間たちを、まるで荷物でも運ぶかのように乱暴に突き出した。人間たちは、何の抵抗もせず、ただ虚ろな目をして、魔族と兵士たちの間に立ち塞がる。


「くそっ……! 人間を盾に使い始めたのか!」


 俺は、奥歯を噛み締めた。

 彼らは首都で魔族に捕らえられ、記憶と人格を奪われた者たちだ。


 奴らは彼らを俺の古代魔法に対する生きた盾として投入したのだ。


「オルフ様、迂闊に魔法は使えません! 人々をを巻き込んでしまいます!」


 リオンが切羽詰まって叫んだ。


 大規模な古代魔法を使えば、魔族だけでなく、盾にされた人間たちも巻き込んでしまう。彼らを傷つけることは、あまりにも非道だ。


(どうする……!?)


 俺の掌に集まりつつあった魔力が空気に溶ける。


 魔族たちは、この状況を嘲笑うかのように、歪んだ笑みを浮かべている。俺の最も得意とする広範囲攻撃が封じられた。


 戦況は一気に不利になった。

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