第24話 大魔将グレゴリアとの戦い

 魔族と兵士たちが激しくぶつかり合う戦場の只中で、俺は歯噛みしていた。


「くそっ……! 人間を盾にするなんて……!」

 

 迂闊に古代魔法を使えば、彼らを巻き込んでしまう。

 兵士たちは奮戦しているが、犠牲は増える一方だった。眼前に突き出された同胞たちを前に、明らかに士気は下がり剣は鈍っている。


 ルーゼリアは正確無比な剣捌きで一体の魔族を仕留めると、その場でくるりと身を翻し、本陣へと合流した。


「このままでは、兵が消耗するばかりです」


 ルーゼリアの息はわずかに上がっていたが、その顔つきは冷静だった。


「ですが、人間たちを盾にされては、大規模な攻勢もかけられない……」


 俺がそう言うと、ルーゼリアは、意を決したように口を開いた。


「オルフ様。実は、首都から王宮の中へと繋がる抜け道が存在します」


 その言葉に俺は頷いた。


「知る者が限られていた極秘の通路ですね」


 ゲームでもそれを使って魔族が跋扈する王宮へと攻め込むイベントがあった。

 彼女は、周囲に兵士がいないことを確認し、声を潜めた。


「この状況を打開するには、根本的な解決が必要です。その神結晶を破壊するか、或いはこの記憶と人格を奪う魔法をかけた存在である魔族の大魔将グレゴリアを討伐するしかありません」


 グレゴリア。

 ゲームでも数多のプレイヤーを苦しめた難敵だ。


「グレゴリアは、滅多に戦場に姿を現しません。この戦いでも、その姿はありませんね。恐らく、王宮で高みの見物を決め込んでいるのでしょう」


 ルーゼリアは、遠く王宮を見上げた。


 元々、グレゴリアはゲームの中では中ボスだ。

 しかし、混乱・恐怖といった精神系の状態異常と、強靭なフィジカルで多くのプレイヤーを苦しめた。


 搦手を得意とするにも関わらず、そのHPは膨大で、物理防御力・物理攻撃力にも秀でる隙のないステータスをしている。


「抜け道は、大軍では通れません。狭く、秘密裏に進む必要があります。よって、メンバーは数十人の精鋭中の精鋭に限定すべきでしょう」


 ルーゼリアがそう言うと、俺は自然と頷いていた。

 それが、最も現実的な道だ。


「先陣は私が務めます」


 ルーゼリアの言葉に、俺は思わず息を飲んだ。

 背後から近づいてきた参謀のリオンも、その言葉を聞き、顔色を変えた。


「姫様! それは危険すぎます! 万が一のことがあれば、リンドール王国の希望は潰えます!」


 リオンは、必死に反対した。


「リオン。しかし、この戦いで勝たなければ、私が生き残っても何も意味がありません」


 ルーゼリアの瞳には、一切の迷いがなかった。

 その覚悟は、彼女が王国の未来をどれほど深く考えているかを示していた。


「魔族に操られた人間たち諸共、オルフ様の古代魔法で吹き飛ばす手もあります! それであれば、姫様が危険を冒す必要はない!」


 リオンが苦渋の表情でそう言った。

 だが、ルーゼリアはその意見をぴしゃりと切って捨てた。


「それは、本当に最後の手段です。私の言う勝利とは、ただ敵を打ち破ることではありません。人々に希望の光を見せることです。民を、魔族と同じように扱うことはできません」


 その言葉に、リオンは何も言えなくなった。

「姫様……あなたもまた、民にとっては希望の光であることをお忘れなく―――」


 リオンは最終的に折れた。

 彼の瞳には悔しさと深い忠誠心が宿っていた。


「リオン、申し訳ありません。オルフ殿、参りましょう」


 ルーゼリアは、真っ直ぐに俺を見つめた。


「はい、姫様」


 俺は、頷いた。

 そして、俺とルーゼリア、そして選抜された数十人の精鋭兵は、戦場の喧騒を背に、首都ゼグシアの王宮へと続く秘密の地下道へと足を踏み入れた。


 王宮へと続く地下道は湿気が多く石造りの壁からは冷たい空気が肌を刺す。

 俺は、古代魔法で微かに道を照らした。


 やがて、俺たちの頭上には木の板が現れた。

 それを壊すと王宮の一室へと俺たちはたどり着く。


「間違いありません。ここはゼグシア城……。帰ってきました」

「姫様……」

「分かっています、オルフ殿。まだ感慨に浸る訳にはいきません」


 部屋の外に続く廊下に視線を移し、

「魔族の気配がします。数は多くありませんが」


 ルーゼリアが、静かに告げる。

 彼女の言葉に、兵士たちが剣を構え、気を引き締める。


 廊下に飛び出した俺たちを出迎えたのは、鎧を身につけた魔族の兵士たちだった。


 彼らは俺たちに気づくと、すぐに襲いかかってきた。しかし、俺たち精鋭部隊は、この程度の相手に手こずることはない。


 兵士たちが連携して魔族を押し込み、ルーゼリアがその剣で素早く仕留めていく。 俺は後方の敵には『炎弾』を放つ。


「くっ、人間どもが……!」


 倒れ伏す魔族の一体を、俺は躊躇なく魔力の鎖で拘束した。


「答えてもらおう。大魔将グレゴリアはどこにいる?」


 俺がそう問いかけると、魔族は憎悪に満ちた目で俺を睨みつけた。

「吐くと思うか!」


「……黙秘するつもりか。構わない」


 俺は掌に魔力を集中させ、彼を縛る魔法の鎖を締め上げた。

 魔族の顔が苦痛と恐怖に歪んだ。


「が、ひぃっ……! ええっ、謁見の間だ! 王が座っていた、謁見の間におられる!」


 魔族は、血反吐を吐きながら必死にそう告げた。

 俺はその言葉を聞くと、すぐに魔族の命を刈り取った。


「謁見の間、か」

「やはりですね」


 ルーゼリアが、冷静に言った。

 かつてリンドール王が座っていた玉座。そこを、魔族の首魁が我が物顔で占拠している。


 俺たちは幾つかのグループに分かれる。

 グレゴリアを討伐する者、首都の各所に散らばり敵の内部から混乱を起こす者……だ。

 

 当然俺とルーゼリアはグレゴリアとの戦いに臨む。

 

 王宮内をひた走り、やがて眼前に現れたのは、巨大な扉であった。

 それは重々しく閉じられている。


「この先です」


 ルーゼリアが、緊張した面持ちで告げた。

 そして、俺はその巨大な扉を両手で押し開いた。


 ギィィィ……と、扉の向こうの光景が露わになる。


 謁見の間は、かつての豪奢な装飾品はそのままに、禍々しい魔族の紋章や、邪悪な祭壇のようなものが設置され、異様な雰囲気を醸し出していた。


 中央には玉座があり、その上に一人の魔族が我が物顔で座っていた。


 筋骨隆々とした体躯。

 額には二本の角が生え、肌は毒々しい青色に染まっている。 

 赤い髪は逆立ち、全身から噴火する火山のような魔力を放っていた。


 彼こそが、リンドール王国の魔族の頂点に立つ大魔将、グレゴリア。


 俺たちの姿を認めると、グレゴリアは、玉座からゆっくりと立ち上がった。


「ほう……まさか、このような場所で人間を見るとはな。王宮内に抜け道でもあったか。小癪な人間が考えることよ。俺の城へようこそ。人間ども」


 彼の瞳は、獲物を見定めたかのようにギラつき、歪んだ笑みを浮かべた。


「何が己の城ですか! このゼグシア城はリンドール王国の民が築き、王家が代々その威光を放ち続けてきた場所です。あなたのような魔族がいていい場所ではない!」


「貴様はルーゼリア姫だな。戦場で一度見たことがある。そして――」


 グレゴリアは、俺へと視線を移した。


「貴様が、あのオルフとやらであろう?」

「あぁ。俺はオルフだ。そして、お前を討伐しに来た」


 俺は、堂々と宣言した。

 ルーゼリア姫も、その隣で静かに長剣を構えている。


「ハッ! 随分と威勢のいい口を叩くではないか、小僧。だが、その口はすぐに絶望に歪むことになるぞ。あぁ、今日は素晴らしい日だ! 私の庭をうろつく忌々しき害虫を漸く駆除できるのだからなぁ!」


 グレゴリアは、ゆっくりと右腕を上げた。

 その掌には、見る見るうちに、禍々しい紫色の魔力が集中していく。それは、明らかな攻撃の前触れだった。


「来るぞ! !」


 俺は兵士たちに叫び、同時に自らも魔力で精神を固める。

 だが、グレゴリアの魔力は、想像を遥かに超えていた。


「『フィア・ゾーン』!!」


 ドオンッ!


 グレゴリアの掌から放たれた紫色の波動が、謁見の間全体を覆い尽くした。

 その瞬間、兵士たちの中に、突然、狂ったように叫び出す者が現れる。


「うわああああああああっ!」


「なんだ、これは!? 頭が……頭が割れるようだ!」


「こ、怖い! 怖い!」


「あひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 彼らの顔は、苦痛と恐怖に歪む。その場に崩れ落ちる者もいる。狂ったように泣き叫ぶ者や、笑い出す者もいる。


 精鋭である兵士たちですら、この精神攻撃には耐えきれないのか。


(これが、『混乱』と『恐怖』の精神状態異常か……!)


 俺も頭の奥がジンジンと痛むのを感じた。意識が揺らぎ、吐き気がこみ上げてくる。まるで、脳を直接掻き回されているような不快感だ。だが、俺は必死に耐えた。


「古代魔法『浄化』!」


 緑色の光が、謁見の間を包み込み、汚染された精神を浄化していく。


「くっ……!」


グレゴリアは、俺の『浄化』魔法に眉をひそめた。


「今です、皆さん!」


 ルーゼリア姫が、その隙を見逃さなかった。素早くグレゴリアへと肉薄する。


 キンッ! ザシュッ!


 ルーゼリアの長剣がグレゴリアの硬質な肌に鋭く食い込む。

 兵士たちも、精神攻撃から回復すると、再び武器を構え、グレゴリアに襲いかかる。


 彼らは、俺の『炎弾』や『大地隆起』の援護を受けながら、グレゴリアの巨体を囲み、連携して攻撃を仕掛けていった。


 グレゴリアは、巨体から放たれる剛腕と、時には口から魔力の奔流を放ち、兵士たちを蹴散らそうとする。


 しかし、俺の古代魔法がグレゴリアの動きを牽制し、ルーゼリアがその隙を突いて斬り込む。兵士たちも、その巨体を相手に怯むことなく、攻撃を重ねていく。


「ぐ、ぐぬううううっ……! この人間どもが、私を……!」


 グレゴリアは、たまらず、謁見の間から奥へと続く扉へと逃げ出した。

 彼の顔には苛立ちと焦りの色が浮かんでいる。


「逃げるな! グレゴリア!」

「逃げる!? 馬鹿を言え! 戦の場所を変えるだけだ!」


「この先は、神結晶が安置されている部屋です!」


 謁見の間の奥の扉を抜けると、そこは屋根が吹き飛ばされたような、半屋外の空間だった。


 そして、その中央に鎮座していたのは、見上げるほどの巨大な物体。

 それは、ビル数階ほどの高さにまで及ぶ禍々しい茶褐色の神結晶だった。


 首都の神結晶……!

 これが、記憶と人格を奪う全ての元凶。


 グレゴリアは、その巨大な神結晶の傍らに立つと、両腕を大きく広げた。

 まるで、神結晶から力を吸い上げようとしているかのように。


「愚かな人間どもめ……! 我の真の力を、思い知るがいい!」


 グレゴリアの身体が、神結晶から流れ込む魔力によって、見る見るうちに膨張していく。彼の赤い髪はさらに逆立ち、全身から噴き出す魔力は、先ほどとは比べ物にならないほど強大なものになっていた。


「己の心の闇に沈むがいい! 《フィア・ゾーン・デストロイ》!」


 グレゴリアから放たれたのは、先ほどよりもはるかに大規模な精神攻撃だった。

 城全体を覆い尽くすかのような漆黒の魔力が、津波のように俺たちへと押し寄せてくる。


「くそっ! やはり、神結晶で強化されたか……!」


 俺は、再び『浄化』の古代魔法を放ち、漆黒の魔力に対抗しようとした。


 緑色の光と漆黒の闇が空間でぶつかり合い、激しく拮抗する。

 だが、その力はあまりにも強大だった。


「ぐっ……!」


 漆黒の魔力は、俺の『浄化』を押し潰していく。


 兵士たちの顔が、再び恐怖と苦痛に歪み始める。

 ルーゼリアも全身で耐えているが、その身体は激しく震えていた。

 そして、海の底に沈む鵜様に、俺たちの精神は闇に飲まていく―――。


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