第22話 姫の想い(ルーゼリアside)

 首都奪還作戦を前に私の胸中は高揚と、そして静かな覚悟で満たされています。


 五千の兵。そして途中で合流する各地の兵を合わせれば、一万を超える大軍になるでしょう。この時代の戦において、これほどの兵を集められたことは奇跡に近いことなのです。


「この戦が、リンドール王国の、そして民の未来を決める……」


 城壁の上で、星の煌めく夜空を仰ぎます。

 星々の灯はまるで我らの道を照らしてくれているようです。


 私は隣に立つオルフ殿の、どこか頼りになる背中を見ていました。

 彼の詩は今も耳に残っています。彼の純粋な心が込められているようで、不思議と私の心を温めてくれました。



 ――私はこの魔族がはびこる世で、視力を持たぬ王族として生まれました。


 幼い頃は不出来な王族だと、兄弟や父からはため息を吐かれるばかりでした。


「ルーゼリアは、また皿を割ったのか? 本当に不器用な子だ」


「この目では、書類を読むどころか、食事を摂ることすら満足にできませんわ……」


 自分の不甲斐なさに、何度も涙を流したことを覚えています。


 しかし、やがて私は魔力の流れを見るという、私だけの力に目覚めました。


 それは私に与えられた唯一の希望でした。

 魔族の魔力も、人間の魔力も、まるで色とりどりの光の筋のように私には見えるのです。


 その力で、私は敵の動きを予測し、周囲の状況を正確に把握できるようになりました。そして、剣の師との出会いも私に新たな道を示してくれました。さすらいの剣聖オーガストは私に語りました。


「姫様、その目は弱点ではありません。むしろ、貴方だけの強みとなりましょう」


「私の強み……ですか?」


「ええ。貴方はその眼で、周囲の場の『流れ』と攻撃の『起こり』を見ることができる。あなたの魔力を見る目は正に天の贈り物でしょう」


 師は私の目が見えないことを決して弱点とはせず、この「見る」力を活かした、私だけの剣技を極める道を教えてくれたのです。


 戦場だけが、私が王族として、そして一人の人間として、己の存在価値を世界に刻み付けることのできる場所でした。


 剣を振るうたびに、私は確かに生きていることを実感できました。

 敵を倒し賞賛を浴びるたびに、己が生きていい理由を見付けられた気がしました。


 王国の首都が陥落し、父である国王が自らを緩衝材として港町に閉じこもった時も、父を恨もうなどとは微塵も思いませんでした。


「陛下は何をお考えなのか……!」

 護衛のグスタフの憤る言葉に私は冷静に返します。


「父上は、最善を尽くしておられます。私にできるのは、ここで諦めず、己の役割を果たすことだけ」


 ただ、私にできることをやりぬこうと、それだけを考えていました。


 しかし、同時に心の何処かで、「王国はもう、敗北するだろうな」とも思ってしまっていたのも事実です。


 その恐怖が、私を蝕むことはありませんでしたが、常に胸の奥に澱のように溜まっていました。


 ――そんな最中、オルフ殿との出会いがありました。


 彼の古代魔法を目にした時、私は大きな可能性を感じました。


「私には、目がありません。ですが、その代わりに、世界の魔力の流れが、はっきりと見えます。そして、貴方の魔力は……私が今まで感じた、誰の魔力とも違います。貴方は、一体、何者なのですか?」


「俺は、オルフと申します。そして……この力を、古代魔法と呼んでいます」


 これまでのどの魔法使いとも異なる、途方もない力。

 そして、彼の存在を、心から頼もしく感じたのです。


 彼は多くを語りませんでしたが、その奥底には、過去に大きく傷ついた経験があるように感じました。


 それが、今の彼の優しさと強さに繋がっているように思えます。


 彼は、私にとって本当に不思議な方でした。

 まるで全てを見透かしているかのようで、しかし、同時に全てを初めて見る子供のようにも見えます。


「オルフ殿は、時にまるで、この世界の理を全て知っているかのように振る舞いますね」


「そうでしょうか……? 自分では、そうは思いませんが……」


 それに、彼の魂は、まるで二つの魂が絡みあっているようでした。


 オルフ殿として活動する彼の奥に、微睡み、眠り続ける誰かの気配を、確かに感じることがあるのです。私の勘違いかもしれませんけれど。


 気付けば、私は彼の気配を追ってしまう自分に気づきました。


 彼の声を聞くと、心が落ち着く。

 彼が傍にいると、どんな困難も乗り越えられるような気がする。


「ああ、また、彼のことを考えていました……」


 


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