第21話 ルーゼリアとの語らい


 首都奪還作戦は、いよいよ目前に迫っていた。


 明日、俺たちはフランゼッサから五千の兵を率いて出発する。

 道中で近隣の村や町からも兵が加わるため、最終的には一万を超える大軍になるだろうと、参謀のリオンは語った。この情勢において、これ以上の兵を集めるのは不可能だとも。


「今回の奪還作戦が失敗すれば、事実上リンドール王国は終わりです」


 リオンの言葉が脳裏に木霊する。全ては俺の肩にかかっている。

 巨大なプレッシャーが俺を押し潰しそうだった。


 その夜、俺はなかなか寝付けなかった。

 ベッドの中で何度寝返りを打っても、瞼の裏には作戦図と魔族の姿がちらつく。

 結局、俺は部屋を抜け出し、城壁の上に上がった。


 冷たい夜風が火照った頬を撫でる。


 満月が闇夜を照らしていた。

 視線の先には、静かに息を潜める城壁都市の家並みが広がる。


 この街を守るため、そしてこの国を取り戻すため、明日、俺たちは決戦の地へ向かうのだ。


 その時だった。


 しん、と澄み渡る夜空に流れるような音色が響いた。


 優雅で、どこか物悲しい、バイオリンの調べだ。

 音のする方へ目を向けると、そこには、白い夜着を纏ったルーゼリア姫が立っていた。彼女は月明かりの下、瞳を閉じて、一心にバイオリンを奏でている。


 俺は、彼女の邪魔にならぬよう、そっとその傍らに歩み寄った。


 曲が終わると、ルーゼリアはゆっくりと目を開けた。

 翡翠色の瞳が俺のいるあたりの気配を探っている。珍しく眼帯をしていない。


 彼女は、俺の存在に気づくと少し驚いたように表情を和らげた。


「オルフ様……」


「素晴らしい音色でした、姫様」


 俺は、心からの言葉を口にした。


「まるでプロの音楽家のようでした」


 俺の言葉に、ルーゼリアは、はにかむように微笑んだ。


「ありがとうございます。でも、プロなどと。ただの趣味です」


 彼女は、バイオリンを優しく撫でた。


「でも。幼い頃は、音楽家になりたいと夢見ていたこともありました」


 ルーゼリアの言葉に俺は「あぁ」と思い出す。

 その情報は、前世のゲーム知識で知っていた。


 彼女が王女という立場でありながら、密かに音楽家を夢見ていたという設定。   


 まさか、ここでその話を聞くとは。

 俺はまるで初めて聞いたかのように、驚いたふりをした。


「そう、だったのですか」


 俺はわざとらしく目を丸くした。

 だが、ルーゼリアは、俺の様子をじっと見つめていた。

 その光を捉えぬ眼が、全てを見透かしているかのように俺を捉える。


「あなたは、本当に不思議な人ですね、オルフ様」


 ルーゼリアが、柔らかな声で言った。


「今、私が語った話もまるで既知のようです」


ドキリ、と心臓が跳ねた。

 流石に「前世のゲームで知っていた」などとは言えない。


「貴方の魂は2つあります」

「え?」

「古代魔法のせい? それとも別の理由? それを無粋に暴いたりは致しませんが、その魔力と魂の形は私の目をどうしても惹いてします」


 ルーゼリアは俺の胸元に控えめに触る。

 俺は、とっさに話題を変えた。


「もしかして、姫様、飲んでおられるのですか?」


 ルーゼリアの傍らには、葡萄酒の酒瓶があった。

 彼女は、俺の視線に気づくと、頬をほんのり赤く染めた。


「あら、これは……」


 彼女は、少し恥ずかしそうに瓶を隠した。


「普段は、このような夜中に飲むことはありません。それにもっと行儀のよい飲み方をします」


 その言葉に、俺は安堵した。ルーゼリアもまた明日の決戦を前に、緊張で眠れないのだと俺は気づいた。彼女も俺と同じだった。


「では、俺も付き合っていいですか。俺も眠れなくて」


 俺がそう言うと、ルーゼリアははにかむように微笑んだ。


「勿論です。よろしければ、グラスをお貸ししましょうか?」


「いえ、このままで結構です」


 俺は、差し出された瓶を受け取り、そのまま口をつけた。ほんのり甘く、しかし、芯のある味がした。ルーゼリアはそんな俺の隣に座り、再びバイオリンを抱えた。


 静かに時間が流れる中、ルーゼリアが、ふと尋ねてきた。


「……そういえば、オルフ殿は、アリア殿と男女の仲なのでしょうか?」


 口に含んでいた葡萄酒を危うく吹き出しそうになった。


「ち、違います!」


 俺は勢いよく否定した。

 彼女は俺の慌てぶりに少し微笑んだ。


「良かった」


ルーゼリアは、安堵したように、しかしどこか茶目っ気のある表情で呟いた。


「あなたは、私の『懐の杖』なのですからね。頼りにしていますから」


『懐の杖』。その言葉は、俺の胸に温かく響いた。単なる兵器としてではなく、彼女が俺を信頼し、頼りにしてくれている証だった。


(しかし、何が良かったのだろうか)

 という疑問が頭によぎる。


「そういえば、オルフ様」


 ルーゼリアが、再びバイオリンを構えながら言った。


「以前、グスタフとリオンが、貴方の詩の腕前を褒めていました。せっかくですから、今夜、私に聞かせてはいただけませんか?」


 俺は顔が熱くなった。あの恥ずかしい詩を披露するのか。


 だが、ルーゼリアの期待に満ちた瞳を見て、葡萄酒のせいで少しだけ気が大きくなっていたのもあり、俺は観念した。


「は、はは……では、僭越ながら……」


 俺は、彼女のバイオリンの音色を、そのまま言葉にした。

 夜空に響くその調べと、月光が降り注ぐ情景を。


「『夜空に音色がひびいた。月は光る。風は話す。ぼくの心は、静かに揺れる。あぁ、時間よとまって――』」


 言い終えると、またしても静寂が訪れた。

 やはり、自分で聞いても子供の作文のようだった。


 ルーゼリアは、しかし静かに微笑んだ。


「とても……素敵な詩です」


 彼女は、心から嬉しそうだった。

 そして、再びバイオリンを奏で始める。

 その音色は、先ほどよりもずっと明るく、希望に満ちているように感じられた。


 俺はバイオリンの音色と月光を肴に葡萄酒を傾けた。


 明日からの激戦を前にこの静かで温かい時間は、俺の緊張を少しだけ和らげてくれるようだった。




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