夢のつづき 見させてよね
荒川の土手、夕陽が水面に溶け込むように揺れている。オレンジと紫が混ざり合った空は、まるで誰かが絵の具をこぼしたかのように滲んでいた。遠くのビル群はシルエットとなり、都会の喧騒を一時的に忘れさせる静けさがそこにはあった。しかし、すぐ近くのマクドナルドからは、学生たちの笑い声とドライブスルーのエンジン音が漏れ出て、日常のざわめきがこの場所を完全に切り離すことを許さない。
芝生に横たわる永久類とユミリは、川の字になり、間に転がったワインのボトルと奈良の日本酒「南都諸白」が豪快な酔いの証を示している。グラスはなく、互いにラッパ飲みが二人の流儀だ。
「アニメ化、だってさ」ユミリの声がぽつりと響く。類の動きが止まり、彼女の瞳がじっと類を捉えた。
ユミリは少し照れくさそうに目を伏せて、ワイン瓶を軽く回す。
類は目を細めて、どこか誇らしげに「俺の色が濃いって言われても、結局それが受け入れられたんだよな」と呟く。にしては声が上ずっているようだ。
「それ以降の作品も全体的に類の作風に寄せたよ、その結果がこれ」
類はサッと「南都諸白」の瓶を口につける、その目は泳いでいた。ユミリはボトルを芝生に置き、膝を抱えて軽く肩をすくめる。
「まあ、高校からずっとぬるいと思ってた類の作風が、世の中的にはOKだったってことじゃん。スポンサーも動いてくれるしさ。ヒットするってわかったんだから、いいじゃん」
類の胸の中には、喜びと同じくらいの重さで言葉にならない違和感が渦巻いていた。
「これが本当に自分の夢の形なのか?」と、心のどこかで問いかける。
ユミリはすでに作家として名を馳せている。彼女のライトノベル『魔法使いマジコ』は、安定感のあるストーリーと万人受けする軽快な文体で、本棚を飾ってきた…と思ってきた。
話を合わせるためと称して、各種の打ち合わせに連れまわされ、今年の休みの6割を使い切ったことで、わかってしまったことがある。
ユミリ作家陣の中でもキワモノ扱いだった。その作品はずっと「ヨゴレ」だった。俺と良く似た家庭環境で腹を蹴られたり中学で抗争などの体験豊富な人生を送ってきたせいで、彼女の書くものはナチュラルに刺激的で、それだからデビューもできたし連載もある。そして広告やアニメ化のプレゼンもイヤってほど来る。で、どれも最終選考まで残ってから落ちるのがしごとになっていた。「ふたつ残ったけど、とりあえず毒がありそうだからこっち落とそう」、みたいな感じであっさりと。
「デビューしたからはまさか類くらいの温度感でみんなOKで、安心するなんてね、うー…」
「いやいやいや、こっちはデビュー後に必要なものをうっかりデビュー前に持っちまったせいでデビューできずにいまだに詰んでるんだからな?」
「この前一次選考通過したくせに、『一次?あぁ落選したことをわざわざプロ作家の口から言われるプレイなら他のやつにやってくれ』とか寝ぼけたこと言ってたくせにぃ…!」
彼女の言葉に、あわててそっぽを向いて沈んでしまった夕陽の方を見る
「だがこの前代筆した時に初めて小説書きのイロハをちゃんと学ぶことができたんだ
ユミリが喉を鳴らして満足げに息をつく音が聞こえた。
「で?結局高校からずっと小説小説ってうるさく言ってたくせに、基礎をまるごとスルーしてたんだから。一次もなにも通らないのは当たり前だったってことじゃない」
いつのまにかユミリは俺の背中に寄りかかり、ほてった体を預けてきている。
…そして、俺の首に自分の腕を巻き付け始めてる。これはマズイ。酔って甘えるフリをして、人の首に腕を巻き付け肩から肘、肘から手首、首後部にカンヌキのように固めた反対の腕が△を描くように頸動脈をギリギリ締め上げ、ついでに横隔膜をカカトで押さえて絞め落とすのは、つい先週、宣言通りにユミリの秘蔵のワインを勝手に牛肉のワイン煮込みにした時にやられたのだ!
…しかし、締め落とされる代わりにくすくすと笑いながら、背後からワインのボトルを差し出された。おずおずとそれを受け取り、ヤケクソ気味にひと口。ワインを一気に飲むといつも渋みが喉を焼く。元がブドウ汁とは信じられない
そうやって腐れ縁でダラダラ続けてきたから、今こうやってアニメ化の話が出てんだろ?」
「でもさ、こういうふうにできてるのよね、わたしたちって」
ユミリの声は軽いが、その言葉にはどこか温かみがあった。もたれかかったまま見上げる夜空は、まるで未来の約束を静かに見守る黒いキャンバス
その空の下で、二人の時間はゆっくりと流れ、言葉にならない絆だけが確かにそこに在った。
これはそんなお話。
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