根性と希望でノンアルコールの相棒がやります
飲みたくなったらお酒、眠くなったらベッド。
そんな日々を繰り返し、ある日ユミリは家から姿を消した。
近頃少し、地球の男に飽きた頃かと思った矢先、新しい連載を手にして帰ってきた。
それが二週間前である。
「類!…手が震えてキーボードが叩けない」
打ち切りのショックと、アルコールが新しい仕事の邪魔をしているらしい。
しかし、俺(婿)は会社員で、作家崩れ。
正規ルートを通って作家になったユミリにできることは限られている。
「私の作品、代筆してほしい」
そう言われて目の前がグラリと揺れた。
「新作のプロットや肉付けは私の頭と外付けHDDに入ってる。類の腕前はよく知ってる。代わりに文字を起こすくらいなら問題ないはず」
複雑な気分だった。
プロの作家の代筆、その相手が妻だなんて。
それから
『間も無く閉館です』
「この巻だけないんだよ埼玉一の書店だから情けないのか?」
「演劇賞も主催しているならあそこの棚の本を全て売れ!事故物件にされたくはないだろうに」
資料は揃った。
実は読んだことのなかったユミリの作品を全巻手に入れた。
あとは締め切りまでに文体や世界観、キャラ造形、口癖の一つ一つを内面化し、アウトプットするだけだ。
「ただいま!いよいよ執筆に取りかかるぞ」
「どうして私の本を図書館で半分も借りてくるのよ?」
そう叫んで、ユミリのパンチが顔面に命中する。
「読者還元か何かのつもり? うちは印税で生活してるってわすれたの!?」
「印税はすられた時点で払われてるんだから売れ行きは関係ないんじゃあ」
とりあえず、あいつが毎日のようにラッパ飲みしてるデブ・リティックワインは、落ち着いたら牛肉かなにかのワイン煮込みに使ってやる。
ミッドナイト
それは他人になりきるということ。
ましてや、それが妻であるなら、単なる筆致の真似じゃすまない。
彼女の内面にまで潜らなければ、「ユミリ」は書けない。
作家崩れの俺の決意は固まった。
だがそれは、自分が自分じゃなくなっていく過程でもあった
「書き上がったら、最初に読むのは私ね。読者じゃなく、共犯として」
ユミリの目は、久しぶりに酒気のない静けさを湛えていた。
夫婦で一緒に小説を書く――
そんなの、もっと紅茶と夕陽と文芸誌に載るような光景だと思ってた。
『おい!掃除代くらい払えよビッチ!』
エレンは返事がわりに握り拳を少年の顔に叩き込む、一撃で少年の鼻は折れ、顔面が深々と陥没した。『清掃費用。もしくはクリーニング代。これが正しい言葉』
エレンはようやくニッコリと笑うと、のたうち回る少年に顔に同じ速度で拳を叩き込む『君みたいな莫迦だけが掃除代って言うの』顔が歪んでいるうちに手を止めることも莫迦のやることだ。仕留めれば強く殴っても無表情になる、なぐった手ごたえも柔らかく、水っぽいものに変わる。
「生々しすぎるのはやめなさい!全年齢対象の作品で、いきなり暴力的なシーンは禁止!」
「俺は昔から母さんにこうやってお仕置きされてきたんだぞ?子供相手ならよくある普通のことだ」
「商業はね、感情じゃなく“読後感”で評価されるの。鬼畜でもグロでも、それで読者が気持ちよくなるならOK。でも類のは、“ただの個人的な怒り”なの。違う?」
作家になる夢が、こんなおかしな形で現実になったとは。
過去の自分に伝えたら、嘘松扱いされてmixiの鍵垢で晒されていただろう。
「類、お金を取る作品は素人の鬼畜フリーダム作品より四回りくらいマイルドに!筆が止まったらそのシーンは捨てて次へ行くのよ!」
果たして完成できるのか――?
しっかし、プロから見れば「素人の鬼畜フリーダム作品」か。
でもさ、あの日の怒りも悲しみも……お前が拾ってくれたから、こうして書けてるんだよな
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