第18話 月の少女
――修行を開始してから、二月が経過した。
「だいぶ慣れてきたな」
勇者が眠っているウィルの治療をする。軽い打撲の治癒だが、自分を治すことと、相手の身体を治すことでは全く難易度が異なる。自分の傷はすぐに治すことができた勇者も、最初はかなり苦戦し、治すはずのウィルに激痛を与え、その度にウィルは気絶をしていた。
勇者の魔力操作は雑だ……いや、自分の身を顧みていないといっていい。身体への負担を度外視した魔力操作は痛みと引き換えに圧倒的な力を生む。しかし、身体へ負担がかかることは間違いないし、いつかガタがくる。最悪の場合、寿命を縮めることになりかねない。
奇跡を他者にかける際は、より精密な魔力操作の技術が必要になる。この修行を重ねていけば、勇者の魔力操作は向上し、より身体への負荷が少なく、より強い力を発揮できるようになるだろう。その効果に気づいてきているのか、勇者は最近悪態をつくことが少なくなってきていた。
「……ねぇ、いつまでやらせるつもり?」
「何がだ?」
「惚けないで。ウィルの修行だよ」
勇者がウィルの頭を撫でる。
ウィルは連日の修行により、気絶するように眠っていた。
「剣の修行はまだいいよ。少しずつ良くなってきている。決して天才とは言えないけど、落ちこぼれって言うほどでもない。このまま真面目に修行していけば騎士は無理でも、それに準ずる剣士にはなれると思う。けど、魔力操作は明らかに無茶だ。この技術を習得する難易度の高さを知らないわけじゃないでしょ」
魔力操作。
奇跡や魔法の基礎にして、身体能力の強化などあらゆることに応用可能な技術。習得しているだけで、それまでの実績の有無に関わらず、冒険者ギルドでは熟練とされる銀級に即昇格。四大国のあらゆる教育機関の授業料は免除され、卒業後の進路も引くて数多。正に夢の技術だ。
しかし、この技術が一般的に広まっていないのには理由がある。
権力者の利益の独占、教育者の不足、制度の立案、それらに必要な財源など諸々の理由はあるが、最たる要因としてあげられるのは、個人の資質に依存しやすいこと、だ。
医学や数学、兵法などの知識は、真面目に教育すればどんな者でも一定の成果は上げられる。しかし、魔力操作は違う。アンナのように生まれながらに習得している天才もいれば、十年修行を積んでもまともな成果を上げられない者もいる。事実、アネストの学舎でも全く習得できずに途中で去る者や、習得できないことを苦にして自ら命を絶つ者さえいた。
「習得できない技術を無理に追い求めさせるなんて酷だよ」
「……まだ、習得できないと決まったわけじゃない」
「無理だよ。多かれ少なかれ、才能がある奴は一月か、遅くても一月半もすればもすれば習得の兆候が現れる。逆にそれまでに何の兆候もなければ、才能は並とされていて習得には五年から十年の年月が必要とされている。そのくらいの年月が経つ頃には、結果がどうあれこの旅も終わっている。ウィルには無理だよ」
「前から思っていたが、お前ウィルを否定しすぎじゃないのか。友達なんだろ?」
「友達だから、だよ。期待を裏切ってしまった時の苦しさは、私が一番良く分かっているから……」
嘘だと思った。正確には半分が、だ。
ウィルの魔力操作の修行の時、勇者は自分の修行の合間を縫って、いつもウィルを見守っていた。自分なりに不器用ながらも魔力操作の感覚を言語化して伝えていたし、嫌いなはずの俺にも何か方法がないか助言を求めさえもしていた。そんな奴が、ウィルに期待していないはずがない。
アンナの次の勇者が誕生したと聞いた時、その
特にあのライトロード家に連なる者であれば、周囲の落胆ぶりは想像して余りある。事実、勇者が旅立つ際に必ず行われるはずの
周囲から期待されてこなかった勇者は、きっと自分自身も信じられずにいるのだろう。いつかは魔王軍に殺されるのだと、心のどこかで諦めている。だからこそ、ウィルに期待せずにはいられないのではないか。ウィルはこれまでいくつもの死線を潜り抜けてきた。才能こそ平凡なものの、その心の強さでどんな敵にも逃げずに立ち向かい、生き延びてきた。そんなウィルが魔力操作を習得できれば、自分も……と。
――そして何より、友達の努力が報われて欲しいと願っているのではないか。
「……少し修行の内容を考え直す」
「だから、ウィルにはどうやったって」
「確かにウィルは凡人だ。魔力操作の習得の時間を剣の修行に充てたほうがまだ効率が良いだろう。いつかは一人前の剣士にだってなれるかもしれない。だが、それじゃあ駄目だ。お前も理解しているだろう。俺たちの旅は、
「っ……」
「それらを解決するためには、魔力操作の習得は達成するべき最低条件だ。だからこそ、なんとしてでも習得してもらう必要がある」
「だからその方法が分からないんでしょ……まさか、
「んなわけねぇだろ。まさか、心配してくてんのか?」
「そ、そんなわけないじゃん。ウィルが心配なだけだから」
勇者は顔を赤くすると、悪態をつきながら拠点へと戻っていく。
普段からそんなに可愛げがあればいいのだが。
「……頑張れよ、ウィル」
ウィルを起こさないように背負い、拠点へと戻る。
アリス国まで残り一月を切ろうとしていた。
「よし、今日の修行はここまでだな」
「ありがとう、ございました……」
「先に俺は休む。見張りを頼んだぞ」
「はい、分かりました。おやすみなさい」
今日の分の修行が終わり、身体を引きずりながら見張りの場所へと移動する。
ルナとの修行によって
ゆっくりとではあるが、強くなってきたのが分かる。
けれど……けれど、魔力操作については全く向上がなかった。
スネイルさんから焦るなと言われてはいるものの、どうしても気が急いてしまう。自分でも理解しているからだ。たとえ剣士として強くなれたとしても、それだけでは、この先の戦いにはついていけない、と。
バイゼル、イルゾースト。
これまで戦い、辛くも勝利できた彼らだが、それには理由があった。
バイゼルは油断、イルゾーストはルナに魔法が効かなかったこと。
決して実力で勝てたわけじゃない。どこか一つでも掛け違えていれば、死んでいたのは僕たちの方だった。だけど、これからは違う。剣を携えた金色の髪の魔族が脳裏に浮かぶ。
ソール。
七魔第二柱、剣魔ソール。
魔力操作について学んだ今なら分かる。奴は
もし力を制限せずに戦っていれば、あの夜僕たちは戦いにもなっていなかった。
それに――
最後にソールが見せた力の急激な上昇。単なる
七魔の持つ数字はそのまま強さの序列。数字が一に近ければ近いほどに、その魔族の強さは跳ね上がっていく。奴が第二柱ということは、奴や魔王を含めて最低でも三人の強者が控えているということだ。それ以外の七魔にしても、油断できない者ばかりに違いない。
頭に浮かんだ不安を振り払うように剣を振るう。
仮想の敵はソールだった。
闇雲に剣を振るうよりも、仮想敵がいた方がより実戦に近い気持ちで剣を振るえるのだと、最近気づいたため、一人の修行の時は必ずそうしていた。
していたのだが……
「くっ……」
当たらない。
振れども、振れども、その剣は空を斬るばかりでソールには一太刀も届かない。逆に斬り返されて殺されてしまうばかりだった。
認めたくはないが、ソールの実力は本物だ。
剣について修行を重ねれば重ねるほど、学べば学ぶほどに奴の強さが理解できた。
その剣は全てを薙ぎ倒してしまうほどの圧倒的な力を秘めている一方。剣の振り方、身体の使い方、足運び一つとってもそこには確かな修行の跡があった。天に与えられた才能ではなく、地道な修行の跡が。思わず憧憬を抱いてしまうほどの剣士の姿がそこにはあった。
だからこそ、意識してしまう。だからこそ、悔しいと思ってしまう、追いつきたいと思ってしまう。
今は無理でも、いつか必ず――
「はあっ……はあっ……はあっ……」
気がつけば、無我夢中で剣を振るっていた。
全身に力が入らない。立っていることもままならず、そのまま樹木を背に倒れ込む。背中には汗が滲み、頬には幾もの雫がゆっくりと滴り落ちて気色が悪かったが、疲労で拭く気にもならなかった。
今夜は風が吹かず、やけに蒸し暑い。全身に冷たい水を思いっきり浴びたい気分だった。無理なことは理解していたが、無理だと分かっていると余計に欲してしまう。旅で最も貴重なのは飲み水だ。旅の前に準備するのは当たり前だが、それだけでは絶対に足りない。だから地図を確認する際は飲み水の場所を必ず調べ、そこを目印にしながら歩く。当然、森の中で水分が豊富な場所は限られているため、水浴びなどほとんどできないどころか、日々の水もかなり制限しながら旅を続けており、いつも喉が渇いていた。
「!……水の、音?」
聞き間違いかと思った。いや、聞き間違いじゃない。
耳を澄ませると、川のせせらぎがかすかに聞こえた。そこから水をすくう音も。水を浴びているのだろうか。何をしているかは定かではないが、その大きさからして、かなり大きな川のようだった。
おかしい。地図にはそんな場所は載っていなかった。地図が間違っていた?だけど、あの地図はローザさんにもらったものだ。ローザさんが使っていたのは何十年と前だと思うが、そのわずかな時間で川が流れるようになるなんてありえない。
ゴクリ、と喉が鳴った。
持ち場を離れるのはあまり良くない。けれど、水の確保もまた重要な仕事だ。それに、大きな川で水浴びをして気分転換できれば、ルナの頭痛も少しはマシになるかもしれない。距離もさほど離れていないようだし、何より聖剣の力で迷いの森に住むような弱い魔物は寄ってこないから基本的には大丈夫だとルナも言っていた。
意を決して音を頼りに移動する。夜の闇で自分の足元すらろくに見えない。月の光を頼りに進んでいく。今夜は綺麗な満月だった。
そうやって進んでいき、やがて開けた場所に辿り着いた。
そこにいたのは――
美しい少女だった。
雪のような白い肌は一糸も纏っていない。胸の辺りは柔らかく膨らんでいて、その少女が女性へと成長していく途中なのがいやでも見てとれた。
髪は水に濡れて金色に輝き、その一房はどんな黄金よりも煌めいて見えた。
月が彼女を祝福するように周囲を明るく照らしていてその正体がはっきりと見えた。
少女はこちらに気づくと、その星の光を閉じ込めたような青い瞳を開き、そしてにっこりと笑った。
「こんばんは、ウィル」
周囲の音が消える。
川のせせらぎも、木々のゆらめきも、風が吹く音も、何もかも。まるで彼女の声以外の情報を入れたくないとでもいうように。
月を背景に優しく微笑む美しい少女。それはまるで夢のように幻想的で、呼吸をすることすら躊躇われた。唯一、痛いほどに胸を叩く心臓の鼓動だけが、これは現実なのだと教えてくれていた。
「今夜は月が綺麗だね」
少女は――ルナは、そう言った。
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