第17話 魔力操作

「魔力っていうのは、人間が潜在的に持っている力だ」


 スネイルさんが言う。

 彼の体には、その『魔力』を証明するようにナニカを纏っているように見えた。


「その全貌は未だ解明されていない。が、魔法や奇跡の力の源になったり、身体強化など様々な用途に活用できる。特に優れているのは、身体強化だな。魔法や奇跡みたいな特殊な知識を必要とせず、戦闘以外にも病気の予防や夜目が利くようになったりと恩恵が多い。肝心の戦闘力の向上については今見た通りだし、ギルドが定めた冒険者の規定では、銀級に上がる必須資格とされているくらい重要なものだ」

「そんな凄い技術を、僕が……」

「この先の戦いについていくなら、必須の技術だ……というか、すでに名前くらいは知っていると思ってたんだけどな」


 そう言ってスネイルさんはルナを見る。

 ルナは不機嫌そうにそっぽを向いた。


「仕方がないでしょ。魔力操作の習得には時間がかかるし、ウィルはそれ以前の話だったんだから」

「……ごめん」

「まあ、とにかくだ」


 パン、と仕切り直すようにスネイルさんが手を叩いた。


「お前が強くなるにしても、奇跡を習得するにしても魔力操作は必須の技術だ。死ぬ気で習得しろ」

「はい!」


 修行が始まった。







「魔力操作のためには、まず自分自身の魔力を知覚することから始まる」

「はい」

「人それぞれで微妙に方法は異なるが、一般的に多く言われてるのは心臓に意識を集中することだ。目を瞑ってゆっくりと深呼吸しろ。そして、心臓の鼓動を自覚できたら、呼吸と共に全身の血の巡りを意識するんだ。心臓から生み出される魔力を、血管を通して脳や脊髄に、それから全身に行き届かせるようにな」


 言われたまま心臓に意識を集中させる。

 ……ここだ。

 そして、そこから血管を通してゆっくりと力を全身へ行き届かせていく。

 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。

 何も考えずに意識を集中して……



 


 それからどれだけの時がかかっただろうか。

 目を開けろ、とスネイルさんが言って目を開ける。

 長時間目を閉じていた影響か視界が薄暗い。


「どうだ?」

「……駄目です」

「そうか」


 先ほどからずっとこの調子だった。

 言われた通りに集中しても、自分が持つ魔力というものが全く知覚できない。

 時間がかかるとは言われていたけど、今自分が前に進んでいるのかもさえ分からない。


 剣を振るっている方が、まだ強くなれる気がした。ルナが最初に魔力操作ではなく、剣について教えたのも納得だった。


「ん?」

「!……」


 そのルナは僕と目が合うと、隠れるようにスネイルさんから貸してもらった本に視線を落とした。

 魔力操作の修行を開始する際、これならば自分も教えられると思ったのかルナは得意気な表情で近づいてきた。

 

 どうすれば良いか尋ねると『心臓にある力をグインとしてバーーーン!とするんだよ!』と助言してくれたが、あまりに具体性のない言葉に目が点になってしまった。


 スネイルさんから『あっち行って勉強してろ』と言われ、文句を言おうとしたが僕の微妙な表情を見て不貞腐れるように大人しく勉強をすることになった。

 だけど、僕の修行が気になるのか時折ちらりと盗み見ては本に戻るという行動を続けていた。


「まぁ魔力の知覚っていうのは、存在しない自分の尻尾を感じ取って、自由自在に動かすようなものって例えられるくらいに難易度が高いものだからな。初日でいきなりできるとは思ってねぇよ」

「はい……」

「ん、どうした?」

「いえ、どうしてこんな凄い技術があまり知られていないのかなって思って」


 魔力操作は習得難易度が高い技術だ。

 けれど、この技術が村に伝わっていれば魔物の犠牲は確実に少なくなっていたはずだ。

 ロックの、僕の父さんも死なずに済んだはずなのに。


「そりゃあ、答えは簡単だ。知識ってのは貴重なものだからだよ」

「え……?」

「お前、今教わっているこの知識を学ぶのにどれくらいの金がいるのか分かるか?……金貨百枚だ」

「ひゃっ!?」


 あまりの金額に言葉が出ない。

 金貨百枚。

 村の大人が一日中汗水垂らして働いても、銀貨一枚に届かない。金貨は銀貨十枚に値するから……ええっと、無駄遣いせずに何年もコツコツ働いてようやく稼げる額だ。


「魔力操作を教えるのに必要な資材や教本の準備に必要な費用、それを教える人材の不足。数え出せばキリがねぇが、本質は別にある。貴族や王族はこの技術を独占したいんだよ。それが奴らと平民を分ける絶対的な違いになるからだ。魔力操作ができる奴だってそうだ。習得すれば一生安泰なのは、この知識が貴重なものだからだ。誰しもが扱える技術じゃないからだ。知識ってのは、本来はそれくらい貴重なものだ」


 今勇者が読んでいる医学書だって金貨十枚はくだらないしな、とスネイルさんは皮肉っぽく唇の端を持ち上げた。


 僕はすごい人に貴重な知識をもらっているんだ。

 頑張らなければ。

 

「んじゃあ、次は剣の修行について「うん、だいたい分かった!」……は?」


 ルナが本を閉じて声を上げた。

 どうやら、僕の修行を見ながらも読み進めていたようだけど……それにしても、もう理解してしまったのか?早すぎる。

 

 スネイルさんも同じことを思ったのか、若干疑わしげな目でルナを見ていた。

 そんな僕らの視線に気づいたのか、ルナが頬を膨らませていた。


「何、疑ってるの?」

「いや、そう言う訳じゃ……」

「なら、見せてあげる」


 言うや否や、ルナが聖剣を引き抜く。

 何をするつもり、と言う暇もなく、ルナは


「なっ!?」


 ポタポタと、滴る血の雫が大地を濡らしていく。

 赤々と染まる大地。

 それと反対に僕は血の気の引く思いだった。


「ふっふっふ。まあ、慌てないでよウィル。――傷つき血を流して苦しむ者を癒したまえ。女神の光」


 ルナの掌が淡い光に包まれる。

 その光がおさまると、そこにはもう傷ひとつない。何事もなかったかのようだ。


「どう?」

「何してるんだよ!」


 得意気な表情のルナに思わず怒鳴ってしまった。

 ルナは一瞬びくりと怯んだ様子を見せたが、何に怒ったのかを理解できないのか、困惑した表情を浮かべていた。


「お前が自分の手を傷つけたことに対して心配してんだよ」

「ああ、なるほどね。そんなことなら大丈夫だよ。この程度の傷は大したことないもん」

「……そういう意味じゃないよ」


 もっと自分の身体を大切にして欲しい。

 ルナは、自分の痛みに鈍感すぎる。

 でも、今のルナに僕の言葉は届かない

 だからこそ、まずは強くなるしかない。僕がルナを守れるくらいに。






 

「次に剣術の修行だ」

「はい……!」


 剣を構えて、意識を集中させる。

 ルナに教えられた握り方は、最初こそ意識しなければできなかったが、今ではすっかり身体に馴染み、呼吸するように無意識でも行えるようになった。剣の握りは剣術の基礎であり、握り方が改善されればそれに合わせるように自然と構えも安定する。一月前には構えるだけでも、ブレてばかりだった剣先がピタリと止まるようになったのを見ると、小さな一歩ではあるがこれまでの修行は無駄ではなかったと心の中で感動していた。


「どうだ、勇者?」

「……ここで私に振るの?」

「俺は神官であって戦闘職じゃないからな。剣術に関しちゃお前の方が上だ。何より、ウィルの剣の師匠なんだろ?お前以上にあいつの剣を理解している奴はいねえよ」

「!……師匠」

「お願い、ルナ……僕も君に教わりたいんだ」

「っ……」


 せっかく奇跡を習得したのに、僕に怒られたことに不貞腐れていたルナだったが、『師匠』という単語に気を良くしたのか表情が緩んでいた。

 少しだけ悩んだ後、表情だけはあくまで嫌そうにしながら、仕方ないといった様子で僕の前に来た。

 そして僕の頭のてっぺんから爪先まで何一つ見逃さないとでもいうようにじっと見つめる。その目には先ほどまでの巫山戯た色は欠片もない。ここまで過酷な戦いを生き抜いてきた冷徹な剣士の目をしていた。


「構えはマシになってきたね。握り方も安定しているし。じゃあ、そのまま振ってみて」

「うん……!」


 ルナに初めて褒められたことに舞い上がりたくなるような嬉しさを感じながら、それを隠しながら剣を振るう。アネストに到着する前に触り程度に教えられた剣の型。ここまで一月の間に修行してきた全てを剣に乗せる。

 

 袈裟斬り、真っ向斬り、突き。

 

 修行通りに剣を振るっていく。最初は見られている緊張感があったが、剣を振るう度に余計な感情が削ぎ落とされ、剣へと意識が集中していく。やがて修行してきた型全てを振り終えると、額から汗が流れ落ちていた。

 

 心臓が程よく鼓動し、体温が上がって夜風が気持ち良い。

 全てを出し切れたような爽快感があった。


「どう、ルナ?」

「……そうだね。


 ルナは言った。良く出来てる、と。

 どこか引っかかるそいの言い方に冷や水をかけられたように先ほどまでの高揚感が薄れてしまった。


「一度戦おうか」

「えっ……」


 そう言いながらもルナは聖剣を地面に突き刺し、誘うように両手を広げた。

 剣もなく、構えるでもなく、全くの無防備。隙だらけだ。

 だというのに……言い表せないような威圧感を与えていた。


「今からウィルに戦いを教えてあげる」










「はぁ――!!!」


 剣を振るう。

 全力を込めた一撃は、けれどまたしても何もない虚空を斬るばかり。相手であるはずのルナは軽やかに避けていく。反撃はない。ただただ避けるだけ。だというのに、当たらない、掠りもしない、当たる未来が全く見えない。まるで、宙を舞う木の葉に剣を振るっているみたいだ。


「はあっはあっはあ……」


 ずっと剣を振り続けてたせいで腕が上がらない。鉛のように重い。心臓が痛いくらいに肋骨を叩き、肺が空気を求めて激しく収縮した。頭が回らない。一体どれくらい時間が経った?何度剣を振り続けた?

 そんな取り止めもない思考が浮かんでは、消えていく。もう何も考えられなかった。


「そろそろかな……」


 対するルナは全く息が上がっていない。

 聖剣の力も絶ち、魔力操作もしていない、僕と全く同じ状態だというのに身体の動かし方とそれを支える基礎体力に差がありすぎる。

 そのルナはゆっくりとこちらに近づいてきた。


「剣はしっかり振れるようになってきている。地道に修行を積んできた成果が出ているね。それを支える足腰や体幹も悪くない。総じてアネストに到着する前よりも遥かに上達している。けど、それはあくまで剣術としては、だよ。剣士としての強さじゃない」


 ルナの姿が消えた。

 誇張でもなく、見間違いでもない。そうとしか表現出来なかった。

 その位置が分かったのは、足を真横に蹴り飛ばされた時だった。ルナは猫のように体勢を低くし、足払いを仕掛けてきた。意識が逸れたところへの攻撃にあっという間に体勢が崩され、地面に転がる。

 背中に衝撃が走る。肺の中の空気が吐き出され、ゴホゴホと喘いだ。


「どうして避けないの?これが戦いだったらもう死んでるよ」


 拳を僕の鼻先で寸止めして、ルナは言った。

 ゾッとするほど冷たい声だった。

 瞳は色を失くし、代わりに情けない表情をした自分の顔が映り込んでいた。


「次は止めない。死ぬ気で避けて反撃して」

「はい……!」


 声だけでも気圧されないように張り上げる。

 それからも、修行は続いた。




「動きを止めない、常に相手を観て。ウィルは頭で考えすぎる。戦いは刹那の攻防の連続。頭で考えて剣を振ってからじゃ間に合わない。まずは考えるよりも先に身体を動かせるように、不恰好でもいいから剣を振れるようにして。剣を身体の一部にするの」


 途切れない攻撃に意識をすり減らしながら、剣と身体を一つにして。


「目潰し、不意打ち、騙し討ち。戦いに正義も卑怯もない。勝った方が正義。どんな姑息な方法があるかわからない。必要なら、それを使うことも頭に入れて」


 休息中の攻撃にも心をすり減らして。


「痛みに一々反応しすぎ。殺気に竦みすぎ……!死んだら痛みを感じることもできない。死んだら、怯えることもできない。今から痛みに慣れておくよ、殺される恐怖に慣れておこう。大丈夫、私も殺さないように注意するし、何かあればスネイルが治してくれるから」


 何度も殺されかけ、時には仮死状態になりながら。

 ルナとの修行は続いていった。








 へとへとになりながらも剣を支えにして何とか歩く。その足取りは自分で言うのも何だがおぼつかず、まるで死にかけの老人のようだ。

 修行を開始して約一月。

 魔力操作の修行で精神を疲労させ、剣の修行は毎日ルナにボロボロになるまで扱かれていて、心身ともに疲弊していた。今日の修行は終わり、先に就寝の準備をしにいったルナの後を追っていた。その道は決して長くはないはずなのに、数歩歩いては休憩。数歩歩いては休憩を繰り返したため、実際よりも何十倍も長い道を歩いているように思えた。

 だからだろうか、余計なことを考えてしまうのは。


 果たして自分は強くなれているのだろうか。


 その疑念が泥のようにへばりついて離れない。

 魔力操作に習得の兆しは見られず、ルナには何度も何度も殺されかけていた。守ると心に誓った相手に、しかも剣も持たない女の子に一方的に打ちのめされるのは、心が折れそうになる。しかも、二人ともに自分の修行の時間を削ってまで僕に付き合ってくれているのに、何の成果も出せていない。

 その焦りが余計に集中を乱し、修行の効率を落としていた。それを見抜いたルナに今日の修行を途中で切り上げられてしまったのだから本末転倒もいいところだった。


「あれ、ルナ……?」

「ん……ウィルか。遅かったね」

「休憩しながら来たからね。まだ寝てないの?」


 スネイルさんから、睡眠不足は翌日以降の移動や戦闘、修行にも影響するからと、早く寝るようにルナには言い渡されていた。

 まあ、恐らくそれは建前で、スネイルさんとしては自分よりも年下の女の子に無理をさせたくないというのが本音な気はするけど。


「早く寝ないと、スネイルさんに怒られるよ」

「んー、そうだね……」

「……もしかして、眠れないの?」


 ルナは図星を突かれたのか、否定せず曖昧に微笑むばかりだ。


「何か心配事?」

「それはまぁ、誰かさんが弱いから、魔族に負けて死んじゃわないか不安だよ」

「ご、ごめん……」

「ふふっ、うそうそ――っ!?」


 ルナが突然頭をおさえた。痛みを堪えるように右目を瞑り、こめかみをおさえている。剣で掌を切っても表情一つ変えなかったルナが歯を食いしばり、瞳からは涙が滲んでいた。どう見ても尋常ではない。


「ルナ……!早く、スネイルさんを――」

「いい!大丈夫だから……ほら、治ってきた」


 ルナは僕を安心させるように笑う。

 けれど、顔は青ざめ額には汗が滲んでいた。息が荒く、まだ痛みを堪えているのは明白だった。


「いつから痛むの?」

「……アネストで戦った後からかな。多分、イルゾーストの魔法の後遺症だと思う」

「でも、何かの病気だったら」

「それはない。聖剣に選ばれた勇者は身体能力・魔力ともに圧倒的な強化バフを受ける。その副作用として、勇者は病に罹らない、すでに罹っていた病であっても完治するんだ。だから、これは病じゃない」


 聖剣の力。

 確かにそう説明されると納得だが、ルナの言葉はただの説明以上の説得力を感じた。

 僕の疑問が表情に出ていたのだろう。ルナは困ったように薄く笑う。少し迷ったように俯くと、顔を上げて口を開いた。


「私は元々病弱だったんだ。小さい頃は病気がちで外にも碌に出れなくて、いつも一人だった。友達はお母さんが買ってくれた物語の本だけ。ここ数年でようやく動けるようになってきたけど、それでも身体は弱いままだった……大丈夫、少しの間聖剣の力を絶つくらいなら問題ないよ。けど、聖剣の強化バフは、病弱な身体によって相殺されてるんだと思う。私が最弱の勇者と呼ばれるくらい聖剣の出力を引き出せないのはきっと、それが原因」


 ルナの言葉は、その一言一言が毒を吐くように重々しかった。

 恐らく、ずっと溜め込んできたのだろう。ルナは良くも悪くも勇者としての責務に懸命に取り組んでいた。時にはこちらが心配になるほどに。だからこそ、最弱の勇者と揶揄されることは胸が締め付けられるほど苦しかったはずだ。その原因が、生まれつきのものであれば尚更。

 

 それは、その暗い表情から十分に察せられた。

 けれど……


「その頭痛と、眠れない原因は違うよね」

「……上手く隠せたと思ったんだけど、ウィル。少し観察力が上がった?」

「誰かさんに、常に相手を観るように鍛えられたからね。それに、最初に出会ってどれくらい経つと思っているんだよ」

「まあ、そりゃそっか……夢を見るんだ、助けられなかった人達の無惨な姿を。遺された人達の涙を。私が――してしまった者たちの怨嗟の声を」


 最後の言葉は掠れてよく聞こえなかった。それくらい、ルナの声は小さく弱っていた。恐らく日々の睡眠不足と頭痛が重なって一時的にルナの強固な心の壁が薄くなっているんだ。弱みにつけ込むようで気が引けるが、今しかルナの苦しみを吐き出させる機会はないと思った。


「これでもだいぶマシになったんだよ。ウィルと出会う前は、寝ても覚めても見えたり聞こえたりしてたくらいなんだから」

「もしかして、毎日自分の身を削るように修行してたのって……」

「うん。強くなるって目的はあったけど、そうでもしないと眠れなかったんだ。身体がへとへとになれば、いやでも眠くなるからさ」

「っ……」


 何でもないことのようにルナは言った。笑みさえ浮かべて。本当に、なんてことのないように。

 それが悲しくて。どうしようもできない自分に腹が立って。


「!?……ウィル?」


 気づけば、ルナの手に自分の手を重ねていた。ひんやりと冷たい、孤独な手だった。


「母さんも、僕が怖い夢を見て眠れなった時に手を握ってくれたんだ」


 慈しむように、励ますように。そして、孤独じゃないと伝えるように。


「今の僕じゃ君を守れない。だからせめて、夢の中だけでも守りたいんだ」


 たとえ守れなくても、せめて一緒にいられるように。一人で辛い思いをしなくてもいいように。

 もう君が泣かなくてもいいように。

 強くなる、絶対に。強く、なる――







「……ウィル、ありがとう。でも、もういいよ。もう大丈夫だから手を……ってあれ、ウィル?」


 呼びかけても返事がない。

 というよりも……


「寝てる……!?」


 嘘……あんなこっちが赤面するような台詞を言っておいて、寝落ちするなんてあり得るの?

 だが実際にウィルは小さく寝息を立てていた。揺すっても、叩いても全く目を覚ます気配がない。

 

 仕方ないな。

 流石に恥ずかしいから、手を離そうとする。

 

 全く、ウィルって普段真面目なのに変なところで天然にな……抜けない?あれ、嘘……?

 離そうとしても、ウィルの手は固く握り込まれていて、全く抜け出せない。

 聖剣の力と魔力操作を使えば抜け出せなくはないが、加減を間違えるとウィルを傷つけてしまう。

 結果、抜け出すことはできず、ウィルと……同い年の男の子と手を繋いでいるという状況に陥ってしまった。

 ……少しだけ、恥ずかしい。


「疲れたんだね。修行、頑張ってたもんね」


 ウィルの手を握る。暖かい手だ。握ったこっちまで暖めてくれるような、優しい手だ。出会った時から変わらない。

 けど……


 ウィルの手をさらに強く握る。

 出会った当初であれば、柔らかく沈み込んだであろうその掌は、皮膚が硬くなっていてまるで石を握っているようにも思えた。

 

 私と同じ、剣士の手になりかけていた。

 

 ……できれば、ウィルにはこうなって欲しくなかった。戦いの辛さを知らない、優しい男の子のままでいて欲しかった。

 最初に出会った時は、同い年の男の子と友達になれたのが嬉しかった。人生で初めての友達だった。


 旅についていきたいと言われた時、嬉しかった。魔王と初めて戦った後に、それを失うのが怖くなった。

 だから、最低限の自衛の手段を教えた。ローザさんに引き取ってもらおうと思った。別れようとさえ思った。


 けれど、その決断ができなくて……そんな自分の弱さに嫌気がさした。

 今度の修行も途中でウィルが音を上げることを期待してさえいた。でもウィルは耐えている、喰らいついている、少しずつ強くなっている。


 

 

 期待しちゃいけないのに。

 

 幸せは、掴めたと思った矢先に崩れて消えていくとあの日に理解したはずなのに。

 私は、幸せになっちゃいけないはずなのに、そんな資格はないはずなのに。




 ――ウィルと居る時だけは、全てを忘れてしまう。



「責任、とってよね……」


 身体をウィルに預ける。

 ウィルが恥ずかしそうに身体を固くしたような気がしたけど、そんなことは関係ない。

 もうヤケクソだ。手を握った仕返しに枕がわりにしてやる。

 意地悪な気持ちになりながら、その後も肩と肩をくっつけたり、肩に頭を置いたりしてウィルの反応を楽しんだ。


 夜はすぐに更けていった。






「……何してんだ、こいつら?」


 夜の見張りが終わり、交代のために拠点へ戻った。

 戻ったのだが……




 


 視線の先には二人の子供がいた。

 いつもは年齢以上に大人びているのに、こうして寝ていると年齢相応に見えるのだから不思議だ。

 その二人は、まるで仲の良い兄妹のように、仲睦まじい恋人のようにぴったりと寄り添いぐっすりと寝息を立てていた。


「風邪引くだろうが馬鹿ガキども……明日の見張り、変われよな」


 毛布をかけて見張りに戻る。

 夜明けまであともう少し。

 

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