第16話 修行


「お前たちに、奇跡を教えてやる」


 奇跡。

 女神が人類に齎したとされる超常の力。多くは守護や治癒・支援の力を持ち、それを扱うことができる神官は、仲間には欠かせない存在だ。

 その力の凄さは、先のアネスト国の戦いで十分に理解できた。

 もし、自分がその力を得ることができれば、怪我をしているルナを治療したり、彼女の能力を強化するなど役に立つことができるかもしれない。


「あー、想像しているところ悪いが、お前が考えているようなことは無理だ。その領域までの神官になろうとすると、基本的には十年以上の絶え間ない修行が必要だしな。ただでさえ時間がないのに、旅をしながらなんて土台無理だろうよ」

「……」


 余程わかりやすい表情をしていたのか、スネイルさんが水を差した。

 期待に膨らんだ胸が萎み、一気に興奮が冷えてしまった。

 が、スネイルさんはニヤリと笑う。


「だが俺が今から言うことをできるようになればウィル、お前は飛躍的に強くなれるはずだ」

「!……」

「お前たちには『女神の光』を教えてやる」

「それって、確か神官なら誰もが最初に習得する初級奇跡なんじゃないの?」


 それまで黙っていたルナが口を挟んだ。


「ああ、そうだ。だが、この奇跡はせいぜい傷の止血や軽い鎮痛・解熱作用がある程度だな」

「そう、ですか……」

「確かに効果としては弱いが、舐めるなよウィル。戦場での死因で最も多いのはなんだと思う?」

「ええっと……心臓を刺されてての致命傷、ですか?」

「まあ間違いではないが、最も多いのは失血死だ。最初はそこまで大したことがない傷でも、止血する暇がなく放置して動き回った結果大量出血につながり死に至る。神官の治療があれば簡単に治る傷であってもだ」

「!……」

「そう。この奇跡を習得すれば、その危険性が大きく低下する。それに、神官の魔力量MP節約にもつながってより重症の傷を治すことにつながり、自分だけでなく仲間全体の安全を確保するのにも繋がるんだよ」


 初級と聞いて侮った自分が恥ずかしかった。

 仲間の足を引っ張らないためにも、ルナを助けるためにも絶対に習得しておきたい奇跡だ。


「……盛り上がってるところ悪いんだけどさぁ。私に奇跡の習得は無理だよ」

「どうして?」


 珍しくルナが弱気な表情を見せていた。スネイルさんも意外そうだ。


「私、女神様なんて信じてないから」

「えっ……」


 彼女の口からもたらされたのは衝撃的な言葉だった。聖剣とはこの世を創ったとされる女神様から魔族への対抗手段として与えられたものだ。

 つまり、聖剣に選ばれた勇者とは、誰よりも女神様に認められた者を指す。

 その勇者が、女神様を信仰していないなんて。


「だって、女神様なんて本当にいるんだったら、世界はこんなに悲劇に見舞われているはずないからね。仮にいたとしても、魔族を滅ぼすのに、どうして自分で動こうとしないの?わざわざ勇者を頼るなんて他力本願もいいとこだよ。そんな奴、崇める必要なんてない。本当に必要な時に助けてもくれない奴なんて、いないのも一緒だよ……!」

「そんな……」


 そんな言い方しなくても、と口に出そうとして慌てて止まった。

 ルナは今まで見たこともないほどに悔しさと悲しみを滲ませた表情をしていた。握った拳は震えて血が溢れそうなほどだった。


「旅立つ前に神官に奇跡を習ってみたけど、信仰心が足りないって言われて習得できなかったしね。私には無理だよ……才能がないんだ」

「んなわけねぇだろ……!」

「えっ……?」


 ルナが初めてスネイルさんの顔を正面から見ていた。

 いや、今までも見てはいたのだが、斜に構えていたというか何というか、偏見に満ちていた気がする。

 けれど、それが今初めてスネイルさんを見つめていた。


「頭の硬い古い神官にあたったな。敬虔な信徒なのはいいが、女神に固執するあまり本質が見えてない」

「でも……」

「前から思ってたが、お前自分に才能がないと思い込みすぎだ。俺からすりゃ、お前は十分才能ある。何より、懸命に努力してる。すげえと

思うよ」

「っ……」

「信仰心がないのは安心しろ。というか、初めてお前に共感できた」

「どういうこと?」

「勇者、お前信仰心がどうとかいうならな。俺が女神を本気で信じてると思うか?」


 ルナがポカンと呆気に取られた表情を浮かべていた。僕も同様の表情をしていることだろう。何せ、勇者だけでなく、女神様の力を行使する神官まで同じことを言い出したのだから。


「俺も女神なんて、いねぇと思ってる。本当にいるなら、アンナを勇者に選ぶなんてアホなことした奴をぶん殴ってやりてぇよ……!俺が信仰しているとするなら、それはアンナだけだ」

「スネイル……」

「ついてこい。俺が本当のやり方を教えてやる」


 スネイルさんが森の開けた場所へと移動していく。僕とルナは顔を見合わせた後、ゆっくりとその背を追っていくのであった。








 

 


「最初に言っておく。奇跡に必要なのは信仰心じゃない。本当に必要なのは緻密な魔力操作と、人体への知識とその理解だ」


 スネイルさんはそう言って教本を開いた。そこには人間の絵がたくさん描かれていたが、僕の知る人間とは全く違う。そこには皮膚の下にある血管や心臓、肺などの臓器、それらを支配する『神経?』といった具体的な図表が事細かに各部位ごとに記されていた。


「奇跡や魔法は思いの力、想像力イメージが大きく影響する。数十年前までは、その想像力イメージの依りどころとして、女神という偶像は有用とされていたし、実際に一定の効果はあった。だが、それじゃあ才能の有無によって差が開きすぎる。よって、その差を埋め、かつより高度な治癒を行うためには女神への祈りじゃなく、人体の知識とその理解が必須だとローザ先生は言っていた……まぁ、そんなこと言いまくってたから当時の主流派から追い出されて、孤児院の経営も火の車だったんだけどな」


 ローザさんの顔が脳裏に浮かぶ。

 確かに、あの人も女神様への信仰心が薄そうだし、女神不要論を平気で言いそうだ。元勇者一行パーティーの一人という輝かしい実績があったにも関わらず、孤児院の経営が大変そうだったのも頷ける。

 

 ……というか、勇者も神官もいるのに一番女神様を信仰しているのが僕っておかしくないのかな。

 毎日朝起きた時と、夜眠る前に祈りを捧げている。ことさら熱心というつもりはないが、不真面目ではないつもりだ。だというに、何というか複雑な気分だった。


「まぁ、一度読んでみろ。百の蘊蓄よりも、一度の学びだ」


 そう言って僕とルナに本を手渡した。

 一冊しかないため、二人で覗き込むような形になる。肩と肩が触れ、ルナの体温を肌で感じた。本を掴む手にはルナの黄金の髪が当たってくすぐったい。いつもとは違う距離の近さに少しだけ心臓が高鳴った。

 

 どうしてルナに近づくと、こんな風に緊張するのか分からない。不思議な感覚だった。

 そんなことを思っている間にルナの指が次のページに触れた。

 もう読んだのか?


「な、何……?」


 ルナが聞き返した。

 勘違いだろうか?いつもより頬が上気し、瞳はキラキラと輝いている。声は不自然に上擦っているし、ページにかかる指は早く次に行きたいと言わんばかりにウズウズしていた。


「本を読むのが好きなの?」

「わ、悪い……?」


 そう言うルナの表情は若干気まずそうだ。僕からも、スネイルさんからも目を逸らしていた。

 恐らく、スネイルさんを嫌っている手前、本を楽しんでいることを悟られたくないのだろう。


「ううん、良いことだと思うよ」


 僕も母さんが毎晩読み聞かせてくれる本が好きだった。その本好きが長じて、読み書きの学びにもつながったしとても良い経験だったと思う。

 ……よし。

 

 改めて読む。分厚い、大きな本だ。一ページごとに詳細な人体の挿絵と、その各項目についての詳細が細かい字でびっしりと書き込まれていた。挿絵は美麗だが、僕が知っている人体とは大きくかけ離れて見える。専門用語も多く、一ページ読むにも時間がかかりそうだった。

 これをルナはこの短時間で読んだのか。前から思っていたが、ルナは剣術や国、その地域に自生している山菜など幅広い知識を蓄えていた。ライトロードという家名からも貴族として高度な教育を受けているから、他の知識の飲み込みが早いのかもしれない。


「一から十まで読んで覚えようとするな。その本を完全に理解して、覚えるには長い時間がかかる。今はその挿絵だけでも見て何となく人体について想像できるようになる程度で良い。詳細な知識は要点をかい摘んで俺が教えてやる」

「スネイルさんはこの本の内容を全て記憶しているんですか?」

「……?当たり前だろ。ていうか、より高度な奇跡に必要な人間の生命活動や、病の発生機序なんかについて記された本はもっと分厚いし種類も多いからな。この本は薄いくらいだぞ」

「「……」」


 凄い。

 スネイルさんは何でもないことのように話しているけど、この若さであれだけの奇跡を会得できる知識を得るまでにどのくらいの時間がかかるだろうか。一体、どのくらいの修行が必要になるだろうか。それを、アンナさんを助けるという思いでやり遂げたのだ。

 

 本当に、凄い人に教えてもらっているんだ。

 気持ちを新たに、僕らは本を読み進めたのだった。



「よし、じゃあ修行に移るぞ」

「はい」


 教本を読み終えた僕たちにスネイルさんは言う。


「ウィル。ここからはお前の修行に特に関わってくる話だ」

「どういうことですか?」

「お前にこれから教えるのは、魔力操作だからだ」

「魔力、操作……?」


 今までにも魔力という単語は何度か耳にしたことはあるが、それについて詳細を聞くのは初めてだ。

 スネイルさんが言うほどだから、大切なことなのは何となく想像できるが、なぜそれが強くなることにつながるのか、さっぱり分からなかった。


「さっぱりわからないって表情だな。まあ、仕方がないか……ウィル、俺は強そうに見えるか?」

「どうしたんですか、いきなり」

「いいから答えてみろ」


 そう言ってスネイルさんは袖をめくって力こぶを作って見せた。

 細い腕だった。多少は鍛えているようだが、それにしても細い。作った力こぶも予想を裏切らず小さい。下手をすれば、毎晩剣を振るっている僕よりも筋肉が少ないのではないか。

 アネストで戦った強さからして、もっと筋肉がついていると思ったのだが。


「失礼ですけど、あまり強そうには見えません」

「だろうな」


 スネイルさんは、僕の言葉に怒ることなくあっけらかんと言った様子だ。

 だが、意地悪そうにニヤリと笑うと、近くにあった岩へと向かった。

 

 大きな岩だった。下手な魔物よりも大きいかもしれない。まるで巨大な壁にも思えるようなその岩の前でスネイルさんは拳を構えた。武術も齧っているのか、多少はサマになっているが、以前見た魔王の構えとは雲泥の差だ。岩を砕く気のようだが、あれではとても……

 そう思った時だった。スネイルさんの全身が何かを纏っているような気がした。目を凝らして見ても何もない。けれど、そう。何か熱のようなものを纏っているような……


「ハァッ!」


 スネイルさんが拳を突き出した。その細い体躯からは想像もできないような素早い動き。目で追いきれないほどの速度。大地を踏み抜く足は地を揺らし、その勢いのまま拳が放たれた。

 ――ドンッ

 岩に衝突した数瞬後。遅れて音と衝撃が風を伝って来る。

 そして、岩はまるでアネストで食べた焼き菓子のように粉々に砕け散ってしまった。


「凄い……」


 そう思うのは今日で何度目だろうか。

 今見た光景が信じられない。砕いた張本人であるスネイルさんは、これくらい何とでもないといった風にこちらを振り向いていた。


「今のが、お前にこれから教える魔力操作だ」


 ルナを守る。

 アネストで誓った新たな目標。

 その目標を達成するためには、常に見えない壁があった。その壁を破るために闇雲に修行を重ねてきたが、具体的な打開策が見つけられずいた。


 その道が今、開けたような予感がした。

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