第15話 無茶


 鬱蒼と生い茂る草花。

 樹木が所狭しと自生し、大きな森を形成していた。天をも多い尽くすような枝は日中の日差し避けには最適に思えるが、一度雨が降ると逆に湿気やすく、あたりを熱帯に変えてしまう。また、方向も見失いやすく旅人や商人が遭難しやすいことから通称、迷いの森の名称で知られている有名な土地だった。

 

 今では地図の作成や目印となる大岩などといった情報が広まっているため、比較的進みやすいものの、それでも決して迷わないとは限らず、常に目印を探すことに意識を割かなければならないため、単純な移動以上に気力・体力を消費していた。

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」


 後ろを歩くあいつから息継ぎの声が聞こえた。

 恐らく、もう体力が限界なのだろう。

 それにもう日が暮れてきている。目標としてはまだ遠いが、夜の道を進むのは今の一行パーティー能力レベルでは危険すぎる。


「おい、勇者。今日はこの辺で休まないか?」

「……わかったよ」

「いえ、まだ行けます」

「無理すんな。この一月で随分歩けるようになったよ」

「そうだよウィル、無理はしないで」


 アネストを出発して約一月。

 俺たちは次の目的地である魔法使いの国アリスを目指していた。

 目的としては、魔領域への進行途中にあるということ、そして新たな戦力である魔法使いの獲得スカウトのためであった。

 しかし――


「こんなの、全然平気です。それに、僕のせいでまだ予定の半分も移動できてません」

「いいんだよ、お前は十分にやってる。それにお前が体調を崩せば、元も子もない。奇跡だって、万能じゃないんだからな」

「はい……」


 ウィルは悔しそうさに歯噛みしていた。

 だが実際、よくやっている方だと思う。剣という重い鉄の塊を腰に帯びて歩くのはそれだけで体力を消費するだけでなく、魔物の不意打ちも警戒しなければならない。十四、それも今まで戦闘訓練もろくにしてこなかった子供が半日ほとんど休憩なく歩けるようになったのだ。同年代の中では、十分によくやっている方だと思った。

 腰を下ろし、勇者の革鞄ポーチから野宿の準備を始めていく。


「スネイルさん達は休んでてください。薪集めと水汲みは僕がやっておきます」

「いや、別に」

「やらせてください」

「……魔物に気をつけろよ」


 強く言われ、道具を手渡す。

 この辺りの魔物は夜行性であり、遭遇する危険は少ない。しかし、油断は禁物だろう。

 ウィルはそれを受け取ると遠くの川辺まで移動して行くのだった。

 確かに移動終わりの薪集めや水汲みは体力を消費する重労働だ。

 正直ウィルの申し出はありがたいが、毎回させるのは年上として気が引けた。そのため、移動終わりには仕事を申し出るのだが、ウィルは頑として譲らなかった。

 ……まあ、薪集めや水汲みを申し出た本当の理由は他にあるのだが。


「……何?」


 無言でその原因を見ていると、それを察した勇者が口を開いた。

 聞いただけで分かる不機嫌な声。こちらを見ることなく、背中を向けたまま喋っているが、その背中からは目に見えない威圧感のようなものを滲ませていた。俺を嫌っているのは声だけでなく、その態度や雰囲気からも明らかだった。


 気まずい。


 旅を開始してから、いや思い返せばイルゾースト戦から勇者の態度は冷たい。

 俺がこの旅に加わったのはアンナの遺志を継ぐというのもあるが、ウィルの助けになりたかったというのも大きかった。逆に言えば、勇者個人との関係は希薄で、どんな目的があり、どんな人物なのか、これまでどのように生きてきたのかなどほとんど知らない。

 

 そしてそれは勇者も同様だろう。俺がどのような罪を犯したか、なぜそのような道に走ったかなどは知っているとは思うが、どんな人物なのかなどは恐らく知らないはずだ。

 なら、こちらから歩み寄るしかない。


「勇者は、どこの生まれなんだ?勇者になる前はどんな生活をしてたんだ?」

「は?私がそれに答える義務ってあるの?」

「……」


 表れたのは明確な拒絶の意思。

 取り入るシマもない。

 勇者が俺を嫌うのは、俺の過去を考えれば当たり前のことだ。だが、仮にも仲間に言う台詞とは思えなかった。


「勇者が俺を嫌うのは、やっぱりイルゾーストとのことか?」

「それ以外に何かある?」


 勇者がこちらを向く。

 その瞳は暗く、殺意が全身から放たれて肩にかかった髪が逆立つような錯覚を覚えた。

 タラリ、と汗が頬を伝う。先ほどまで火照っていた全身が氷を突き刺されたように冷え込み、背中や袖がじっとりと汗ばんだ。時が止まったようなこの空間では、呼吸することすら躊躇いを覚えた。


「この際、はっきり言わせてもらうけど、私はあなたを認めてないから」

「っ……」

「大体、あれだけの被害を出すきっかけを作っておいてどうして一緒に旅ができるの?どうして、のうのうと生きていけるの?ウィルが言わなければあなたを仲間になんて絶対にしなかった!あなたなんてさっさと魔族に殺されて死ねばいいんだよ!」


 はぁっ、はぁっ、と息を切らして己の胎に溜め込んだ憎悪の全てを燃やし尽くすように言葉を吐き出していく。

 その瞳は俺ではない。違う誰かを見つめているようで……

 まるで、自分自身を傷つけているように苦しんで見えた。


「……私からの話は終わり。もう、必要最低限以外に話しかけてこないで」


 一方的に話を終わらせると、勇者はウィルを手伝いに川辺まで歩いていった。


「――ふうっ」


 勇者がいなくなった途端に息を吐く。

 生きた心地がまるでしなかった。


「くそっ……」


 拳を握り、地面を叩く。

 鈍い音と鈍痛が拳に響いた。

 

 分かっていた、分かっていたことだ。

 アネストの崩壊。

 イルゾーストに操られていたとはいえ、自分が聖都の結界を破る手助けをしなければ、あのような被害は出なかった。誰も悲しまなかった。アンナも、死なずに済んだかもしれない。

 

 だからこそ、償うと決めたんだろうが……!

 このままじゃいけない。

 俺も今できることをするんだ。あいつと同じように……!


 



 



「……いねぇ。何してんだ、あいつら」


 夜の見張りが終わり、ウィルたちの元へと戻る。

 とある提案をするために、少し早めに戻ったのだが、ウィルたちの姿がどこにもなかった。

 足元を松明で照らす。

 

 二人分の足跡が残っていた。足跡は全く別の方向へ進んでいた。どうやら、二人とも別行動をしているらしい。

 そのうちの一つを辿っていく。

 足跡はどんどん遠くへ、遠くへと進んでいく。その足音は歩幅が全く乱れておらず、周囲の魔物を恐れている様子が微塵も感じられない。そんなことができるということは、恐らくこの足跡の持ち主は勇者だろう。

 

 しまった、とほぞを噛む。二人とも別行動をしているならば、危険なのは間違いなくウィルの方だ。だからこそ、はじめに合流しておきたかったが、ここまで来てしまってはもう遅い。

 早く勇者の様子を見て――「はぁ!!!」


 空気を裂くような声が遠くから聞こえた。

 何かと戦っているのか……?

 焦る俺は、その声の方向へと歩を進めた。





 



「ヴァアアアア!!!!!」


 思わず耳を塞ぐ。

 全身を震わせ、大気をも揺らすような咆哮。暗闇の中で己の存在を示すように赤い目が光る。

 恐る恐るその方向へ松明を向け、目を魔力で強化しその正体を探った。

 灰色がかった緑の皮膚。天まで見上げるような雄々しい巨体。鋼鉄のような分厚い皮膚に締め付けられた筋肉は、今にもはち切れんばかりに隆起し、その力強さを想像させた。一歩踏み出すごとに地面が揺れ、平衡感覚を狂わせる。手に持った棍棒は岩を丸ごとくり抜いたような無骨な形であり、それに殴られれば大の大人であってもぺしゃんこに潰されてしまうだろう。


「ジャイアントオーク……!」


 イルゾーストが連れていたオークの亜種個体。

 迷いの森の支配級魔物ボスモンスター。数多くの行商人や旅人、果ては討伐に来た冒険者達を何度も返り討ちにしてきた歴戦の強者。

 その目撃例から数十年は生きているとされ、奇跡的に生き延びた目撃者からは森の巨人とも渾名された怪物。

 いくたびも懸賞金をかけられながらも、生き延びてきたその魔物は単純な能力レベルだけでなく、ありとあらゆる罠や策謀を見抜く知性があるとされている危険な魔物だった。その強さは、イルゾーストのオークなど比較にならない。

 その魔物は特徴的な赤い目をしており、その瞳に映った者は皆死ぬとされていた。そしてその瞳は今、ある少女一人を見つめていた。


「あいつ……!」


 その少女は血まみれだった。

 息が荒く、肩が大きく上下していた。瞼からは流血し、片目が塞がっていた。しかし、その瞳は真っ直ぐにオークを見つめていた。その瞳のあまりの冷たさに味方であるはずの俺の背筋の方が凍った。

 しかし、すぐに疑問が頭を駆け巡った。

 

 おかしい……


 ジャイアントオークは確かに強い。しかし、それはあくまで一般兵士レベルの話だ。

 階級からしても中級のやや上といった程度であり、七魔であるバイゼルやイルゾーストとは比較にもならない。奴らを倒して能力進化レベルアップしてきた勇者が今更苦戦する相手とは思えなかった。

 おかしなところはまだある。その勇者だ。

 

 ありえない考えが頭に浮かぶ。

 それと同時に勇者が走り出した。勢いはあるものの、その速度はソール戦の時とは比べ物にならなかった。

 間違いない。

 疑念が確信に変わる。

 

 勇者は、聖剣の力を絶っている。


 聖剣とは、女神から勇者へと与えられる象徴にして、最強の武器だ。

 この世界には存在しない素材で造られた剣は不壊にして、あらゆる物体を両断する。武器として優れているのはもちろん、魔石の毒を中和し、使用者へ還元する機能、そして何より特徴的なのは、使用者の身体能力・魔力を大幅に上昇させるという不正チート能力だった。

 

 この聖剣の力は、訓練も受けていない素人のアンナを、アネスト国最強の剣士に変えるほど強力なものだ。

 それを絶っているということは、勇者を英雄から非力な少女へと堕とす行為に他ならない。百害あって一利なしの愚行だった。

 だというのに……


「ヴォオオオオオ!!!」

「っ……」


 ジャイアントオークの棍棒が勇者に襲いかかる。

 地を揺らすほどの衝撃に思わず近くに大木にしがみつく。

 やられてしまったのか。

 

 その心配は、オークの腕から噴き出た血によって吹き飛んだ。

 オークが咆哮を上げ、何度も羽虫を叩き落とすように棍棒を振り下ろすが、勇者は空を舞う鳥のように軽やかに躱していく。

 恐らく、勇者は聖剣だけでなく魔力による身体能力の強化も絶っている。つまり、そこらの村娘と変わらない能力レベルまで力を抑えていた。

 にも関わらず、ジャイアントオークに対して優勢に立ち回っていた。

 

 信じられないことだった。

 だが、目の前の勇者はそんな俺の考えなど飛び越えるようにジャイアントオークの攻撃を躱し、少しずつ反撃を加えていく。

 オークが息を切らし、その攻撃が徐々に遅くなっていく。そして、ついに……


「グ、オオ……」


 力尽きたジャイアントオークの首筋に剣が突き立てられ、ゆっくりと身体が霧散していった。

 魔石を吸収していく勇者は息を切らしていたものの、行為自体は落ち着き払っていた。聖剣や魔力を絶って戦うなど慣れているとでもいうように。

 間違いなく、勇者は旅の途中気付かれないように何度もこの無茶な修行を行っている。危険な行為だ。すぐにでも止めさせなければならない。

 だが……


 脳裏に浮かぶのはソールの圧倒的な強さ。本気のソールに勝つためには手段を選んでいられない勇者の焦りも理解できた。


 どうするか。


 具体的な策は出ない。

 だが、曲がりなりにも一人の仲間として、また年長者としてもこのままでは駄目だと思った。

 だからこそ。


 勇者を置いてその場を去った。

 一刻も早くウィルのところへ向かわなければ。






「――はぁっ!」


 一度戻り、勇者とは別の足跡を辿りウィルの元へと向かった。

 案の定、そこではウィルが一心不乱に剣を振っていた。

 剣を振るたびに汗が宙に飛ぶ。振られた剣はその型の終わりにピタリと止まるようになってきていた。

 

 この一月、休むことなく重たい剣を帯びて険しい土地を歩き続けたことで足腰が鍛えられたのだ。そして、今夜のように剣を振り続けたのだろう。聖都で戦った時とはまるで違っていた。

 

 ひたむきにに努力している。恐らく、勇者やアスラ国の戦士を除けば、同年代であれば十分に努力している方だろう。だが、それはあくまで一般人の目線としては、だ。ウィルがあのまま修行を重ねても、あくまで村で少し強い大人の能力レベルまでしか伸びはしない。

 十分に努力しているでは足りないのだ。必要なのは、文字通り命を賭けるほどの覚悟と努力。


 そして……そして、正しく努力する指針と方法を指導できる師だ。


 今、朧気だった道がはっきりと見えた。

 そしてそのための方法も。







「それでお話って何なんですか、スネイルさん?」

「手短に終わらせてよね」


 翌日の夜。

 呼び出した俺に対してウィルが尋ねた。勇者は相変わらず俺に対して不機嫌な態度を隠さない。

 二人とも無茶な修行をしていることなどおくびにも出そうとしない。

 だから……


「痛い!?」

「痛っ!?」


 思いっきり頭に拳骨を叩き落とした。

 地味にこっちの手も痛いな、これ。


「何すんのさ!」


 いち早く衝撃から立ち直った勇者は激昂していた。


「叱ってんだよ」

「はあ!?」


 勇者の怒りは凄まじく、今にも聖剣に手をかけそうな勢いだった。

 その殺気に思わず怯んでしまいそうになるが、ここはあえて冷静さを装う。熱くなった相手には、逆に余裕を見せることで交渉を有利にする。ローザ先生の教えだった。


「まず勇者。お前、聖剣や魔力を絶って魔物を戦う修行しているだろ」

「っ……!?」

「えっ……?」


 俺の言葉に勇者が黙り込み、反対にウィルは呆然としていた。

 そんなウィルに対し、勇者は目を合わせずに不自然に反対方向を向く。

 隙ができた。 


「危険だからやめろ。あと、しっかり寝ろ。休める時に休めない奴はむしろ足でまといになる。主力なら尚更だ」

「し、仕方ないでしょ!ここら辺の魔物じゃ、もう私の相手にならない。少しでも力を磨くためにはこれしか」

「なら、別の方法があればいいんだな?」

「そ、それは……いやそんなことより、この小隊の隊長パーティーリーダーは私だよ。なんでスネイルが口を出してくんのさ?」

「年長者だからだよ。そして、お前らはまだ子供だ。だから、年上としてお前らを導く責任がある。危険な行為をしているってなら、なおさらだ。」

「っ……」


 勇者は反論の言葉がすぐには浮かばず、こちらを睨みつけていた。

 頭の良いコイツは時間を与えると反論をすぐに組み立ててくるだろう。だから、先手を打つ。


「そしてウィル。お前、一人で抜け出して剣術の修行をしているだろう」

「えっ……?」

「……はい」


 今度は勇者が呆然とする番だった。

 そして、勇者の視線から目を逸らすようにウィルが反対の方向を向く。


「危険だからやめろ」

「そうだよ、ウィル。危ないことはやめて!」

「ルナだって、危ないことをしてたじゃないか」

「私は勇者だからいいの!」

「そんなの答えになってないよ!」

「なってる!」


 言い争いになる。まるで子供の喧嘩だ……まあ、コイツらは本当はまだ子供の年齢なのだ。むしろ、これまで大人び過ぎてきたくらいだろう。

 その喧嘩にどこか懐かしい気持ちになりながら、俺は切り出した。


「ウィルの危険行為を認識できていなかった。これは、隊長リーダーとしてお粗末な結果と言わざるを得ないよな」

「ぐっ……」

「そしてウィル。お前は弱い。同年代ではマシな方かもしれないが、それでも弱い。俺の時みたいに人質として利用される危険もある中で、単独行動は容認できない」

「……はい」


 勇者は俺を睨みながら、ウィルは俯きながらそれぞれ答える。


「だが、方法はともかく、修行を積むことは賛成だ。この先、より強い七魔が出てくる。周囲の魔物の能力レベルも桁違いになってくるだろう。その上で、戦力強化は必須だ。そしてその方法を、俺は持っている」


 言葉をあえてそこで切る。

 ウィルは興味深げに、勇者は嫌々ながらも俺の言葉を待っていた。

 ……狙い通りだ。


「お前たちに、奇跡を教えてやる」

 

 

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