第14話 アンナの想い

「ウィル、どこに行くの?」

「もう少しだよ」


 あの襲撃から十数日経った。

 襲撃による死傷者の数は多く、その実態の把握や怪我人の治療、家を失った人々の生活の援助などアネスト国はまだまだ混乱を極めていた。

 けれどもどんな状況でもそれをチャンスと捉える人間はどこにでもいるようで、ちらほらと店の営業を再開する人は増えてきている。

 僕とルナは復興の手伝いをしながら傷の治療に励んでいたが、少しの休憩をもらって二人で再開した店に向かっていた。

 店の前でルナを待たせ、目当ての商品を購入した。


「はい、これ」

「……?これは髪飾り?」


 声が震えそうになりながらも平静を装って商品を手渡す。


「うん」

「何で髪飾り?」

「服を買ってもらったでしょ?本当は服をプレゼントしたかったんだけど、荷物が嵩張ると嫌がるかなって。髪飾りならその点荷物にならない。あと、それ幸運のお守りらしいんだよ。だからどう、かな?」


 お金はローザさんのところでお手伝いをした時に頂いたお給料を使った。高価なものでは決してないけれど、ルナに合うデザインを選んだつもりだ。

喜んでくれるだろうか?

 ちらり、と反応を見た。


「…………………………」


 ルナの表情は固まっていた。

 虚無だった。目は虚で、喜びも、興奮も、不満も、その瞳には何も映っていない。

 背中に、嫌な汗を感じた。


「あ、あんまり、気に入らなかった?」

「……ううん。そんなことないよ。ただ、誰かから贈り物を貰ったのが随分久しぶりだなって思って……」

「じゃあ」

「でも遠慮しておくよ。私程度の価値の人間にこんな良い髪飾りは勿体無いって」

「それって、どういう」


 ルナは僕から視線を外すと周囲へと向けた。


――パパ、ママ、どこにいるの……?


――店が、努力して開いた店が……


――勇者様はどうして妻を守ってくれなかったんだ……?


 小さな子が、老人が、妻を亡くした夫が。

 多くの人々が嘆いていた。悲しみを天に向かって叫んでいた。勇者に対し、怨嗟の声を上げていた。

 

 イルゾーストに勝利し、ソールを撃退した。

 可能な限り被害を最小限に抑えたつもりだった。けれど、それでも取りこぼした人々はいる。愛する人を亡くした人がいる。住む家を失って路頭に迷った人がいる。愛する故郷を焼かれて悲しみに暮れる人がいる。そして、そんな人達を見るたびに、ルナの瞳が悲しみと怒り、虚しさに彩られていった。


「見てよ。この聖都の惨状をさ。店や家はほとんど倒壊。死傷者は千を超えて、行方不明者はその数倍。これで勝ったって言えるの?」

「それは……」

「私がもっと強ければ、こんなことにはならなかった。ううん、私以外の人が勇者になっていればもっと多くの人の命が救えたんだ」


 ルナが髪飾りを僕に返した。


「だからさ。私にこの髪飾りは勿体無いよ。私は――私は、たまたま聖剣に選ばれただけの、何の価値もない人間なんだから……」


 笑いながら言う。

 その笑みに強い無力感と自嘲、悲しみを滲ませながら。

 それは虚飾じゃない、ルナの本心からの言葉だった。




 



「酷いね」


 そばで隠れながら聞き耳をたてていたアタシは呟く。

 そして、昨夜のことを思い返していた。





「どういうこと、ウィルを雇わないって」

「言葉通りの意味だよ」


 ガキどもが寝静まった深夜。

 蝋燭の灯りだけが部屋を照らしていた。

 勇者は血相を変え、怒鳴り声を出したがアタシはどこ吹く風のように態度を変えなかった。

 こういう時には態度を変えずに余裕を見せる。

 それが交渉のコツというものだ。


「料理も掃除もろくすっぽできない奴を雇う理由はないね」

「ウィルは真面目だから教えられればいつか出来るようになるよ。雇ってくれればお金は払うって言ったでしょ!」


 勇者が机を叩く。

 その衝撃でカチャリと、金貨が音を立てて揺れた。机の上には山ほどの金貨が入った袋が置かれていた。

 確かにあの坊やは思ったよりも器用だ。真面目だし、時間はかかるだろうが仕事の飲み込みも悪くないだろう。


 けれど、肝心の本人はそれを望んではいなかった。


「勇者。あんた、どうしてあの坊やを連れて行ってやらないんだい?」


 勇者はアタシの言葉に、虚を突かれたように一瞬だけ口籠った。


「当たり前だよ。だってウィルは……弱いから」


 顔を俯かせながら出たのは、否定の言葉だった。


「確かにウィルは良い奴だし、何度も危ないところを救ってもらったよ。でもそれとこの先の戦いについて来れるかは違う。魔領域に近づけば、近づくほどに敵の能力レベルは跳ね上がっていく。現にソールは『真名解放』に至っている可能性がある。そんなレベルの戦いじゃ、ウィルは……足手纏いなんだよ」

「なら、どうして故郷の村から連れ出したんだい?」

「……分かんない。あの時は私もどうにかしてたんだよ。きっと、孤独ひとりが怖かったんだ。けど、今は」

「仲間を、友達を失うのが怖いんだね」

「……」


 勇者は顔を俯かせながら小さく頷いた。

 まあ、当然の判断だろう。

 けれどもアタシの考えは決まっていた。

 さて、どう説得したもんかね。


「勇者。あんたにはもう話したと思うが、アタシは勇者一行パーティーで神官をしていた」

「うん。結構強かったって聞いてる」

「ああ、そうさ。勇者ジャック、戦士ヘンリー、魔法使いアナスタシア。皆強かった。贔屓目なしに歴代の勇者一行パーティーでもイイ線行ってた方だと思うね」


 無鉄砲だが剣を振るえば一騎当千の実力を誇ったヘンリー。

 おっちょこちょいだが、当時では歴代最速の魔法詠唱を誇ったアナスタシア。

 間が抜けていたが、誰よりも勇敢でどんな状況でも諦めることなく皆を引っ張ったジャック。

 かけがえのない仲間たち。

 その活躍は、共に語り合った思い出は、今でも深く胸に刻まれていた。


「対して、現魔王オーマの軍は今よりももっと弱かった。七魔制度もなく、部下の能力レベルもずっと低かった。魔領域まで到達し、何度も何度も追い詰めた。けれど……」


 ヘンリーは敵に誘い込まれ、隙を突かれて討ち死に。

 アナスタシアは毒の霧を撒かれ、魔法が詠唱できないまま攻撃され討ち死に。

 ジャックはアタシを庇って魔王ジジイの手により葬られた。


「今だに仲間が一人、また一人と欠けていった日々を思い出す。そして自問自答したもんさ。なぜ勝てなかったのか、とね。だが答えは出なかった。あの坊やを見るまではね」

「ウィルを……?」

「ああ。平均的な村人よりも劣る能力レベルで、昔の魔王軍よりもなお強いはずのイルゾーストやソール、さらには魔王と対峙しても生き延びたその事実。そこから導き出されるのは――」



「――ただの巡り合わせじゃないかってね」

「……はぁ?」


 勇者の表情が変わる。

 あまりの怒りに空気がピリピリと震えた。


「それって、要はただの運ってこと?」

「平たく言えば、そうだろうね」

「ふざけないで!!!」


 アタシもそれに気づいた時にはそんな馬鹿なことがあるか、と自問自答したものだ。


「けど、運ってものは馬鹿にできないよ。生まれも、育ちも、その後の人生さえも。人が選択できることは意外に少ない。自分で選択を選んだように思えたとしても、その選択肢自体も運次第で変わってくる。人間ができることは本当にちっぽけなことだけさ。その点、あの坊やは見込みがあるね。女神様か何かに守られているんじゃないかってくらい死なない。いつもギリギリのところで命を繋ぎ、逆転のきっかけを生む。ああいう仲間は貴重だよ。力だけでは、魔王には勝てないんだ」


 どんなに強い英雄も運だけは鍛えることができない。

 あの魔王であってさえも。


「だとしても、ウィルは死なせない。死なせたくない。だからこそ、私は――」






「ウィル。私からも渡しておくものがあるんだ。これ」

「これは?」

「聖都を救った報奨金。ウィルの分だよ。贅沢せずに上手く使えば平民一人が一生暮らしていける額が入ってる」


 ずっしりと重たい金貨の入った袋を渡した。

 今回の戦いだけでなく、アンナさんの件などもろもろの口止め料も入れた分だ。

 今後の私に必要な最低限の生活費を抜いて全て入れてある。


「もうすぐ各国から使節団が派遣されるはずだよ。その中には私たちの故郷のエニル国も入っている」

「……」

「その使節団に向けた紹介状がこれ。これを渡せば、村に送り届けてくれる。もし希望するなら、王都に働き口も紹介できる。ウィルならきっと――聞いてる?」

「……なよ」

「えっ」

「ちょっと待ってて」

「あ、ウィル!」


 ウィルがお金を持って走り出した。

 その表情は髪に隠れて見えない。

 話を遮られた私は手を伸ばしたまま間抜けに固まっていた。


 

 しばらくすると、ウィルが手に何かを持って小走りに駆けてきた。


「これ」

「えっ……これは」

「髪飾り。さっきよりも効果の高いやつ」

「!?……これって、不死鳥の髪飾り?」


 この世にただ一羽のみしかいないという不死鳥の羽を素材とした髪飾り。死と再生を繰り返すこの鳥は目撃例が非常に少なく、目にした者には幸運が訪れるとされている。また、不死の効果は素材である羽根にも適用されており、何度壊れたとしても髪飾りごと再生するだけでなく、回復薬ポーションや奇跡による治癒の効果を向上させる恩恵があるとされていた。


「さっきの報奨金を使ったの?」

「うん。今の僕で払える精一杯の贈り物」

「何してるの!こんな高価なもの間違えて買いましたなんて返品できないでしょ!あのお金があればウィルは」

「ルナ」


 ウィルが肩を掴みながら言う。

 その瞳は何かを語りかけるように真っ直ぐに私の瞳を見つめていた。

 深緑の真っ直ぐな瞳。

 その瞳に私は魅入られてしまっていた。


「僕はルナが勇者で良かったと思ってる」

「そんな訳ない!この惨状を見たでしょ!」

「それでもだよ。確かに他の人が勇者だったらここまで被害が出なかったかもしれない」

「だったら」

「でもそれは今回だけだ。自分よりも強大な敵はいつか必ず現れる。その時、その勇者は立ち向かえるかな?」

「……」

「君は自分より強大な敵に、ソールにも勇気を振り絞って立ち向かうことができた」

「勇気?ウィル。私はソールを恐れてなんか」

「ソールに立ち向かう君の剣は、ほんのわずかだけど震えていた。君の剣を誰よりも真近で見てきた僕には分かる」

「!……」


 そんな、気づかれてた?

 ソールにさえも気づかれなかったのに。

 動揺したその隙を突くようにウィルは話を続けた。


「強大な力を持つことと、強大な力に立ち向かえることは違う。君は勇気ある人だ。凄い人なんだ。だから……だから、何の価値もないなんて言わないで。それでも、もし君を無価値だっていう人がいるのなら」


 にっこりとウィルが笑う。


「僕が君を守るよ。だって僕は勇者きみの友達なんだから」

「っ……」

「ルナ?」

「こ、こっち来んな!」


 ウィルを突き飛ばしてあとずさる。

 心が乱される。

 ウィルのくせに生意気だ。

 弱っちいくせに……弱い、くせに……


「〜〜〜〜〜〜!!!!!」



 ローザはその光景を目にし、何も言わずにその場を後にした。

 その口元はわずかに微笑んでいたのだった。















「それで、何か申し開きはあるかソール」

「別にないな」


 魔領域とは、魔族の故郷であり基本的には人類が干渉できない不可侵の領土である。作物が育ちにくい不毛の地であり、魔族はそこに住まう魔物たちを狩猟し、その魔石を食料として生きてきた。故に魔族達は弱肉強食を旨とし、その能力レベルは人類とは比べ物にならない。

 一般に人類圏から離れるほど、つまり最奥部にいくにつれて魔物とそれを狩る魔族の能力レベルは高くなっている。それは、この最奥部が魔族の起源であるからではないかという説が有力であった。

 

 その最奥に魔王城はあった。

 

 皇鋼という資材で建造されたこの城は鉄壁の防御力を誇っており、これまでに侵入してきたどの勇者の攻撃にも傷一つつけられることがなかった。皇鋼の加工方法は現在でも不明であり、どうやってこれほどの城が建造されたのかは謎であるものの、魔族には初代魔王ザインが魔剣により皇鋼を斬り裂いて建造したのだということが今でも伝承として残されていた。

 

 魔王城、その最上階には、玉座の間というものが存在する。特殊な魔法により、魔王とその直属の配下である七魔しか入ることを許されない神聖な空間。その場にて、七魔会議が催されていた。

 

 議題は先の神の国アネストの攻略失敗責任の追求だった。

 玉座に座る魔王の傍で第一柱シルドが怒気を滲ませながら口を開く。


「そうか。それでは貴様はイルゾーストの救援に遅れ、勇者の戦いで手を抜き、あまつさえ片腕に重傷を負って戦いに負けた上、勇者を取り逃した、と。そういうことか?」

「ああ」

「ち、違うのです!ソール様は負けてなどいないのです。ソール様はミナを庇って」

「黙れ」

「かっ、はっ……⁉︎」


 ミナが突然空中に浮かび上がる。喉を抑え、ジタバタと短い足を動かしていて、まるで見えざる手が、ミナの首を締め上げているようだった。首は圧力によって歪み、唇からは涎が垂れていた。


「私がお前の発言を許可したか?お前の意見など聞いてはいない」

「シルド、ミナを放せ」

「お前は事の重大さを理解していないようだな。魔王様の命令を無視し、勇者を取り逃したなど極刑でもおかしくないのだぞ」

「お前こそ理解していないようだな。俺の仲間に手を出すということがどういうことか」


 魔剣を構え、シルドを牽制する。対するシルドは怒りで半ば我を忘れているようだった。

 どちらともなく魔力を解放し、臨戦態勢になる。抑えていた多大な魔力が溢れ出し玉座の間に満たされていった。低級な魔族ならば、この場に立っていることすらままならないであろう密度の魔力。空気は音を立てて軋み、地面が胎動した。


「やめい」


 玉座の間から声が届く。

 静かな声だった。だが、その一言であれほど冷静さを忘れていたシルドが魔力を納めた。だが、まだミナは吊り上げられたままだ。魔力を納めたシルドだが、その表情はいまだに納得している様子がない。


「魔王様、しかし……」

「やめい、と言うておる」

「はっ、失礼致しました」


 一瞬だけ、魔王がその声に怒気を滲ませルト、シルドは大人しく引き下がった。

 これだ、この男の厄介なところは。

 魔剣から手を離し、魔力を鎮めながら思う。

 

 俺と奴との能力レベル差はもうほとんどない。だが、自身よりも能力レベルの高いシルドや、残忍な性質を持ったイルゾーストを心酔させる得体の知れない魅力カリスマ


 魔王襲名時に圧倒的弱軍だった魔族を統合・立て直し、七魔制度の創立、教育制度の見直し、魔導科学部の設立などの改革をやってのける手腕、そしてそれら全てをやってのける頭脳。

 

 それら単純な能力レベルに依らない能力が、この男の最も厄介な性質だった。



「げほっ……がは」

「ミナ!」


 ミナが解放され、落ちる体を抱き寄せる。

 見たところ重症ではないが、首を締め上げられた後遺症からか呼吸が不規則、顔面は蒼白で意識が朦朧としていた。

 シルドへの怒りが再び湧き上がる。

 シルドも俺の殺気を感じたのか再び魔力を練り上げようとしたその時――








「ハイハイハイハーイ!!!そこまでよ、魔王ちゃん、シルドちゃん、ソールちゃん!」


 気色悪いほどに高く、野太い大声が玉座の間に響き渡った。


「エリザベス」

「今日は会議だけじゃなく、イルゾーストちゃんを偲ぶ集いでもあるはずよ。それなのにギスギスしてたら、死者も浮かばれないわ」


 二メトルはあろうかというオークのような筋肉質な巨体に、女性のような衣服をまとった大男が姿を現した。その顔も身体の印象そのままにイカつい顔つきだったが、女性用の化粧をこれでもかと施していたことで怖いというよりも不気味な印象を与えていた。

 大男はこちらに近づいてくると、俺の腕に抱かれたミナを心配そうに見つめた。


「ミナちゃん、可哀想に。せっかくの可愛いお顔が台無し。今治してあげるわね。治癒キュア


 光がミナを包み込む。

 みるみるうちにミナの血色が良くなり呼吸も落ち着いていった。


「さすがは七魔第六柱、癒魔エリザベスじゃな」

「んもう!魔王ちゃん、癒魔じゃない。い・ん・ま!淫魔エリザベスっていつも言っているでしょ!」

「「「……」」」


 玉座に呆れたような、どこかウンザリしたような弛緩した空気が流れた。


「感謝します、なのです。エリザベス様」

「いいわ。アタシは全ての女の子と可愛いくて凛々しい男の子の味方だから」

「「「……」」」

「そ・れ・よ・り・も……」

「ひっ」

「ミナちゃんが戦ったっていうスネイル君について詳しく!!!」


 エリザベスがミナと額がくっつくほどに顔を近づける。

 鼻息が荒く、目は血走っている。

 客観的に見ても恐怖を覚えた。近くで見つめられるミナもまた、引き攣った表情を浮かべていた。


「とーーーってもイケメンみたいじゃない!!!身長は?髪の色は?瞼は一重、二重?体格はほっそりした感じかしら。けど、筋肉質なのもいいわね。やっぱり女の子ならお姫様抱っこに憧れるもの!けど、優男で力持ちっていうのもギャップがあって――」


 ――パチン


 乾いた音が玉座の間に響き渡る。その余韻が消える刹那、エリザベスの巨体が消えた。

 まるでエリザベスなどはじめからいなかったかのようだ。


「助かったわい、リスリ」

「礼は不要じゃ。あやつは興奮すると五月蝿くて敵わんからのぅ」


 声の主は真っ赤なドレスに身を包んだ幼女だった。

 闇よりも深い黒色の髪を二束にして左右から流している。

 はミナよりもさらに幼く見えるが、その実年齢は全く異なるということが、その身に纏う魔力だけで理解できた。


「何か言うたか、ソール」

「……何も」

「しかし、第七柱は今日も欠席か。相変わらず自由な奴じゃなぁ」

「研究で忙しいんじゃろ。まあ、忘れてるだけかもしれんが……その方が良いかものう。おかげでコレもようやく量産の目処がたってきた」


 魔王が青色の宝玉を掲げた。


「封印の宝珠。その量産品じゃ」

「ほぅ……」

「まぁもっとも、量産した分、封印するためには死にかけ寸前まで相手を弱らせる必要があるがの」


 魔王は言葉を切り、眼前の俺たちに向けて命じた。

 いつもの温和な眼差しとは違う、冷え冷えとした目だった。


「改めて七魔全員に命じる。勇者を封印し、儂の前まで持ってこい。では、解散」





「申し訳ございません、なのです」


 拠点へ帰還のための道中、ミナが言った。

 顔は俯いており、責任を感じているのかその背はいつも以上に小さく見えた。


「何を謝ることがある」

「ミナのせいでソール様の栄誉が」

「栄誉などと下らないものよりも、お前の命のほうがはるかに大事なものだ」


 そうだ。

 命は一度失われれば還らない、戻らないのだから。


「何より、お手柄だったぞ」

「?……何のことなのですか?」

「お前のおかげで疑念が確証に変わった……ミナ、先程のシルドの態度はどうだった?」

「どう、というと……激しくお怒りになられていたのです」

「そう。魔王の頭脳とも呼ばれるほどに冷静沈着なあの男にしては、やけに感情を乱していたと思わないか?」

「!」


 魔王もごく自然に隠そうとして、シルドを止めたのだろうが、それが返って裏目に出た。


「何より、魔王の命令自体がおかしい」

「?……弱い勇者を封印し、もう代替わりさせないようにする。おかしくはないのです」

「だが、やろうと思えば封印直前に聖剣を受け継がせることも可能なのは先代勇者で証明済みだ」

「確かに、なのです」

「となれば狙いは別にあると考えるべき。やはりあの勇者には、今までの勇者とは何か異なる秘密があるのだ」

「その秘密が分かれば」

「ああ。魔王と一対一の状況を作ることも可能になるやもしれん」


 興奮したように頬を上気させるミナ。

 それで良い。

 仲間には、暗い表情はさせたくなかった。


「帰ったら修行だ。俺はまだまだ強くならなければならん。ついて来れるか?」

「もちろん、なのです!」

「行くぞ」


 俺はまだまだ強くなる。

 魔王を殺し、魔剣の力を完全に手中にするために。


 ――願いを叶えるために。






「ふう……肩が凝ったわい。やはり、会議は好かんのぅ」


 七魔全員が退席し、静かになった玉座の間。

 玉座から見える月の眺めは幻想的なまでに美しく、これだけでも魔王に就いて良かったと思わせるほどであった。

 カラン、と月に向けて盃を掲げる。

 杯の中身は血のように赤く、中には毒々しい緑の尻尾が浮かんでいた。


「お主の好きなヒュドラの尻尾酒じゃ。全く禁酒しとったのに台無しじゃわい。」


 盃を傾ける。

 魔物の中には死んだ後も身体の一部が残るものが存在する。その素材は魔物によって武具の素材になったり、封印の宝珠のような魔道具に使用されたりとその活用方法は魔物によって異なる。ヒュドラの尻尾には猛毒があり、一般的には毒の調合素材となり、暗殺などに用いられるが、それを超える毒耐性があれば癖になる苦味を生むため、アスラの郷の強者や、一部の魔族からは高級食材として重宝されていた。

 

 ぷはっと酒を一気に飲み干す。

 喉が焼けるような強い辛みと後に残る強烈な苦味。血管を酒の成分が駆け巡り、あっという間に身体を暖めた。


「お主のことじゃ。どうせ、最後までお役に立てず申し訳ございません、とか言っとったんじゃろ?とんでもないわい」


 イルゾーストとは奴が幼少の頃からの――周囲から忌み子と恐れられていた頃からの付き合いだ。

 考えていたことなど手に取るように分かる。


「大金星じゃよ。ルシフェナが目覚めた。感謝するぞ、イルゾーストよ」


 再び月に向けて献杯する。

 応える者はいない。

 静寂の中、魔王は盃の中身を飲み干す。

 計画は次の段階に移行しようとしていた。










「やっぱり、決意は変わらないんですか?」

「ああ。俺は自首するよ」

「でも、それはイルゾーストに操られて」

「たとえ操られていたとしても、それで俺の罪が消えるわけじゃない」

「……」


 ウィルが心配そうに言う。

 だが、俺の決意は変わらなかった。

 それに首謀者である俺が罪を償うことで、他の奴らの刑は免除してくれることを教皇たちに確約させていた。

 薬で弱らせていた教皇は、怒りながらも自分たちがアンナを魔族に売った弱みをつくと大人しく黙った。


「そんな顔するな。それよりも、本当に剣は新調しなくてよかったのか?」

「はい。一番この剣がしっくり来るので。研ぎ直しに出して下さっただけで十分ありがたいです」

「そうか」

「スネイル。迎えがきたよ」

「もう時間みたいだ」


 ローザ先生に向き、頭を下げる。


「先生、今までありがとうございました」


 次にウィルに向きなおる。


「ウィル。お前は弱い」

「はい」

能力レベルは低い。剣技も未熟で頭が特別良いわけでも、これといった特技があるわけでもない」

「はい」

「だから修行しろ。鍛えて、鍛えて。必ずお前の友達を守ってやれ」

「はい」

「じゃあな」


 最後に、アンナに向き合う。

 正確にはアンナが遺した首飾りに、だ。

 ソール達との闘いからしばらくして、アンナは限界を迎えたように魔力の粒子となって消えていった。なぜ魔石を抜かれた魔族のような最期を迎えてしまったのかは分からないが、後に残ったのは衣服と、俺が幼い頃にアンナに贈った首飾りだけだった。

 何の効能もないただの安物の首飾り。けれど、最期までそれを身につけてくれていたことが嬉しかった。

 それを手に取り、語りかける。


「遅くなっちまった。悪ぃな」

「……」

「んじゃ、行ってくるよ。今度は一緒だ。最期まで、一人にはさせない」


 そう言って首飾りを身につけた。

 焦がれた相手に出てきたのは自分でも意外なほどにあっさりとした言葉だ。

 けれど、これで良いと思う。

 もうこれで、言い残したことは何もない。

 孤児院の玄関を開け、待ち受ける役人の元へ行こうとして――








 ――そこには誰もいなかった。


「は……?」

「ごめんなさい」


 背後でウィルの申し訳なさそうな声が聞こえ、首に痛みが走ったかと思うとそこで俺の意識は途切れた。







「っ……ここは?」

「あ、起きた」

「痛っつ」

「スネイルさん、大丈夫ですか⁉︎ルナ、何するんだよ!」

「いやぁ、重くてさ」


 ウィルが珍しく怒鳴り、それに勇者は悪びれた様子もなく答えた。


「どういうことだ、俺は役人に連行されたんじゃなかったのか」

「それなんですが……」


『何が自分の犯した罪は償う、だ。カッコつけるのなんて百年早いよ。あんたが死んだって何も変りゃしないんだ。死んでしまった人間に償いたいのなら、それと同じ数だけ人を救ってから死にな』


 と、ローザ先生は言ったらしい。

 仲間も含めて犯した罪については、今後の支援活動を通して減罪を願う予定とのことだ。普通は無理な話だが、アンナの一件という秘密を交渉材料にすれば、先生ならば可能だろう。


「……」

「僕も、あなたには仲間になって欲しい」

「お前……」

「僕らはまだ弱い。怪我や傷は回復薬ポーションに頼るだけじゃ限界があります。僕らには回復役が必要なんです」

「だが……」

「……ここで死んだら、アンナさんの『願い』が無駄になっちゃうよ」

「?……どういうことだ」


 勇者がぶっきらぼうに言った。

 

「言葉通りの意味だよ。スネイルさんはどうして瀕死の重傷から甦ったかって分かっている?」

「いや、分からない。最初は洗脳から解かれたアンナが助けてくれたのかもと思ったがそうじゃないようだし」


 おまけに不可解なのが、復活後の急激な能力進化レベルアップだ。

 本来能力進化レベルアップは魔物を倒してその魔石や体から崩れた魔素を吸収したり、修行することで段階的に上がっていくはず。

 あそこまで急激な上昇は聞いたことがない。


「実際に違うよ。あれは――あれは恐らく勇者の特権を使ったんだ」

「勇者の、特権?」

「聖剣に選ばれ、人類の守護者として戦う勇者にはある権利が与えられる。それが、どんな願いでもたった一つだけ叶えるというもの」

「どんな願いでも叶うの?」

「そう言われている。もちろん、無条件に何でも願いが叶うわけじゃないよ。強い魔族を倒す、人助けをする。要は人類の利益になる行動を積み重ねることで、その善行に応じた願いを叶えることができるとされている。それが、たった一人で魔王に挑む勇者に与えられる唯一の報酬。現に平民だった初代勇者エニルは聖剣の力を使い、とある国の姫を妻としてエニル国を興した」

「それじゃあ」

「うん。アンナさんは願ったんだと思う。友達であるスネイルさんの命を守ることを。だからこそ、死に瀕したタイミングで聖剣と交わした契約が履行され、聖剣の加護によって能力進化レベルアップを果たしたんだよ」


 その伝承は聞いたことがあった。

 ローザ先生からその伝承を聞いた時、俺はアンナに聞いた。

 どんな願いを叶えたいか、と。

 アンナは答えなかった。

 てっきり俺は、あいつが亡くした家族に再会することだと思ってた。それなのに――


「アンナ……ったく、馬鹿だよなぁ。俺のことよりも他に願うことなんていくらでもあっただろうによぉ。馬鹿だよアイツ……本当に、馬鹿だよなぁ」










 嗚咽と共に涙を流すスネイルさん。

 僕とルナは何も言わない。

 アンナさんの想いの強さ、スネイルさんの悲しみに胸を打たれながら、頭の中ではある疑問が頭に浮かんで離れなかった。











――ルナ。君は、君は何を願ったの?

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