横山真希3

 あの日、秋山まりさんの死体を見つけた日から、私の日常は少しずつ変わり始めた。


 町田先生は私が巻き込まれることがないようにと配慮してくれたけど、結局は私が一番最初に気づいたということを隠し通せず、申しわけなさそうに「すまないな、受験も迫ってる時期なのに」と頭を下げた。


 その後私は何人かの警察官に何度も同じことを聞かれ、毎回同じことを話した。


 自分が疑われているようで気分はよくなかったけど、やましいところはなかったし、何より私が見つけなければ秋山さんはもしかしたら何日間もあの状態でいたかもしれないのだから、見つけてあげられたことに後悔はない。


 彼女について知っていることは何もない。


 ニュースやワイドショー、ネットの情報なんてものは宛にならないと思っている。


 ワイドショーでは秋山さんはいじめに耐えて新天地で新たな生活を送っていたのに殺されてしまった悲劇のヒロインとして大々的に取り上げられている。


 その一方でネットでは、彼女の容姿から、遊び歩いていただとか、パパ活をしていたんじゃないか、夜の街で度々目撃されていた、なんて真偽も分からない情報が飛び交っていた。


 秋山まりさんは写真で見る限りとても綺麗な女の子だった。


 だけど、学校にそんな綺麗な子がいたら騒ぎになってもおかしくないはずなのに、全くそんな話を聞いたことがなく、同級生以外では死後にその存在を知った人達が多数だった。


 うちの学校で一番綺麗だと言われているのは三年一組の『阿部あべ 尚美なおみ』さんだ。


 でも写真で見る限り、阿部さんよりも秋山さんの方が美人なのは明らか。


 阿部さんは化粧をした、いわゆる化粧美人だけど、秋山さんは元の顔が整っている天然美人。


 それなのに全く話題にも上らなかったということは、存在感がなかったのだろう。


 彼女の事情はワイドショーがしつこいくらいに告げていたからある程度は知っている。


 だけど、実際の彼女のことなんて誰にも分かるはずがないし、臆測で物を語るのは昔から好きじゃない。


 知りもしない子のことをああでもない、こうでもないと知った顔をして話す人達のことを心底馬鹿げてると思うし、そんな暇があるなら別なことに情熱を傾ければいいのにとすら思う。


 事件が起き、秋山さんが死に、周囲は騒がしくなったけど、私の生活は変わらない。


 そう思っていたけど、ある頃からクラスメイトの視線が気になるようになった。


 何故か私を見てヒソヒソと話す子達が増えてきた。


 最初は自分の言動がおかしいのかと思っていたけど、それは日に日に増えていき、クラスメイトだけじゃなく、他のクラスや学年の生徒達までもが自分を見て何かヒソヒソと話していることに気づいた。


 気のせいでは済ますことができなくなり、一番最初に私を見てヒソヒソと話をしていたグループの子達に声をかけた。


「ねぇ? 私、何かした?」


 彼女達は私が直接来るなんて思ってなかったのか、私に声をかけられて驚いた顔をしていた。


「ずっと私を見てヒソヒソ話してるよね? 正直不愉快だし、意味が分からないの。ねえ? 私が何をしたのか教えてくれない?」


 私の声に教室がシーンと静まり返った。


「べ、別に、私達、横山さんのこと、話してたわけじゃない、よ?」


 グループの一人、『小林 麗奈れいな』が明らかに目を泳がせながらしどろもどろにそう言った。


「ふーん、そう。じゃ、何で私の方を見ながらコソコソ話してるわけ?」


 私に見られて視線を逸らす、そのことが嘘だということを如実に示していることに気づいていないのだろうか?


「ねぇ? 何を話してたの?」


 問い詰めると気まずそうな顔をして目を伏せ黙り込んだ。


 聞かれて黙るくらいなら始めから何も言わなければいいのに。


 結局、何も分からないまま日々だけが過ぎていき、あの嫌な視線は学校内の至るところで感じるようになっていた。


 そんなある日、私は担任に呼ばれた。


 うちの担任は『三田みた 憲吾けんご』といい、生物を受け持っている。


 確か年は四十三歳で、バツ三であることを授業中に自分から口にしていた。


「教師ってね、意外と不規則でね」


 そんなふうに言っていたけど、そんなことを言う意味が分からなかったし、教師をしていても家族円満な家庭はたくさんあるんだろうから問題はそこじゃないんじゃないかとぼんやりと思っていた。


 年齢通りの中年男性だけど、私はこの担任と二人きりになるのは苦手だった。


 自意識過剰と言われるかもしれないから誰にも言ってはいないけど、まとわりつくような視線が気持ち悪かったのだ。


 生徒指導室に連れていかれ、中に入ると、そこには町田先生もいたのでホッとした。


 そこで聞かされた話で私はあの視線の正体を知った。


 ネットで私と町田先生のことが勝手な噂になっていたのだ。


 町田先生は実名まで出てしまっているようだけど、まだ私のことは「第一発見者」としか広まっていないようだった。


 町田先生は「申し訳ない」と頭を下げていたけど、そんなの町田先生のせいではない。


 小説でもあるまいし、第一発見者が犯人なんて仮説自体がバカげている。


「身の回りに気をつけなさい」


 最終的にそう言われたけど、そんなのどう気をつければいいというのだろうか?


 話しが終わった後、スマホを開いて検索をかけてみると、色んなところで見知らぬ人達が好き勝手に噂を広めているのが目に入った。


 勝手な正義を振りかざした人が町田先生のことを特定し、勝手に個人情報を上げていて、知りもしないくせに「淫行教師」なんて書き込みをし、それに過剰反応した人達があれこれ追従して書き込みをしている。


 私のことは「中崎西高三年二組女生徒」とだけ記されていたけど、掲示板の中ではすっかり町田先生の恋人扱いで、三角関係のもつれで秋山さんを私と町田先生が共謀して殺害し、プールに沈めたなんて妄想小説のようなものまで出回っていた。


 生まれてこの方彼氏がいたこともないし、恋すら経験したことがないのに、ネット上では教師を手玉に取る女子高生として扱われていて思わず笑ってしまった。


 もし付き合うとしたって町田先生を選ぶことはない。


 ハッキリ言って私は面食いだし、だから二次元以外にトキメキを感じたこともない。


 そういった点で現実社会の男に興味が持てないし、身近な男達は猿かじゃがいもにしか見えない。


 だけどネットの噂の怖さは知っている。


 現に町田先生は少しずつ見えない誰か達から嫌がらせを受け始めている。


 でも今の私にできることなんて何もない。


「違います!」と声高らかに訴えたところであぁいう輩は信じないし、逆に攻撃してくる。


 無視してやり過ごすしかないんだ。


 今後のことを考えると頭が痛くなりそうだったから、もう何も考えたくなくて、受験勉強のために控えていた推しの動画を開いた。




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