秋山航太3
秋山まりの事件を追いかけて約一ヶ月が過ぎた。
週刊誌や月刊誌の記者なら憶測などで記事を脚色して販売部数を伸ばすのだろうが、うちはあくまでも新聞社で、しかも俺はその中でも地方の末端記者でしかない。
知り得た情報に嘘や憶測があり、それが誤った形で世間に広まれば、親会社の大ダメージにも繋がるため下手なことも書けないし、自分の記事が採用されるかも上げてみないことには分からない。
だけどそういうことも分かった上でこの事件をとことん追っていこうと食らいついている。
これまでの取材の中で近所の人間達が疑っていた人物は二人。
一人は孤独なバツ一男峯田、一人は秋山まりのバイト先の店長である森。
いつも覇気のない顔をして公園のベンチで子供達の遊ぶ姿を眺めている峯田は周囲の人間には奇異に映ったのかもしれない。
最初話を聞いた時は俺も疑ってかかったが、本人に話を聞き、峯田の周囲を調べた結果、浮かび上がったのは峯田の孤独だった。
エリート街道を突き進んでいた峯田は家庭にも恵まれていたが、体を壊したことで生活が一変し、プライドの高い妻に一方的に離婚を突き付けられ、子供にも会えなくなっていた。
就職した工場では社長の愛人が幅を利かせ、理不尽ないじめを受けていたが、本人はそれを受け流していたようだ。
友達もおらず、趣味もなく、唯一の癒しとして仕事終わりに公園に立ち寄り、元気な子供達の様子を眺めていた、それだけの男だった。
秋山まりとの接点も一切なく、しばらく張り込んでみたが、日々一定のルーティンを繰り返すだけだった。
秋山まりの遺留品が発見されたという日の前後も俺は峯田に張り付いていたのだが、家に帰ってからは一切部屋から出てこなかった。
俺は峯田をシロだと思い、編集長にもそう報告した。
コンビニの店長である森は周囲の人間に話を聞く限り、誰からも好かれていない男だった。
男女でのえこひいきが酷く、特に若い女の子が好みで、自分の勤務時間帯には必ず若い子を置きたがる。
秋山まりのことも気に入っていたようで、同じ時間帯になるようにシフトを組んでいたという。
何度か取材を申し込んだのだが、用心深いのか、何かやましいところがあるのか、取材には一切応じない。
森は母親と二人暮しをしていて、あのコンビニは母親の兄夫婦がオーナーを務めており、森は雇われ店長というやつだった。
森の母親は亡くなった夫の保険金で生活をしており、息子である森は八年前までは職にもつかず母親に寄生して生きていた。
八年前にコンビニの店長になってからも当初は度々欠勤をしていたようだが、自分好みの女の子達を同じ時間帯のシフトに入れるようになってからは真面目に働くようになったという。
正直見ていて気持ち悪いと感じる男だった。
取材拒否をされたため、俺は森がいる時間帯にコンビニに立ち寄り、森の行動を観察した。
聞いていた通りのえこひいきの凄さに嫌悪感しか湧いてこない。
若い女性店員には用もないのにやたらと張り付き、声をかけ、廃棄商品をあたかも自分の奢りのように振る舞う。
男性店員には「仕事が遅い!」などと声を荒らげて、自分は事務所に引っ込んで出てこようともしない。
同じ女性店員でも既婚女性には厳しく、面倒な仕事は全部押し付けていた。
仕事が終わっても若い女性店員がいると、仕事の邪魔をしてまで話しかけ、時には「食事に行かないか」などと誘うこともあったが、嫌われているため誰も応じていなかった。
仕事が終わると森は週に二回ほど市内にあるキャバクラや若い子が多いスナックに立ち寄り、お気に入りの子を指名して鼻の下を伸ばしている。
特にお気に入りなのはスナックのホステスである『エリナ』。
自称二十歳のエリナはどことなく秋山まりに顔立ちが似ていた。
最近ネットで騒がれている容疑者は、中崎西高の教師であり、遺体の発見者でもある町田だったが、俺はそれはないと思っている。
ネットのやつらはあたかも第一発見者である女子生徒と町田がいかがわしい関係であるように騒いでいるが、俺が取材した限そういう関係はない。
町田には隣の県に住む彼女がいるし、その彼女との間に結婚話も持ち上がっている。
その彼女に惚れ込んでいるのは町田の周辺では有名な話で、彼女がいるのに他に女を作れるほど器用な男でもなさそうだ。
その噂の発端となった呟きは皮肉にも第一発見者の女子生徒と同じクラスの男子生徒で、恐らくは本人には悪意はなく、単に悪ノリで匂わせるようなことを書いただけだったのだろうが、それが本人の予期せぬ形で世間に大きく広まってしまったようだ。
マスコミにはほぼ知られてはいないが、俺は「茶色いダウンジャケットの男」に注目している。
峯田の元に警察が来た後、俺は再度峯田に話を聞きに行き、警察から茶色いダウンジャケットの話を聞き出した。
その後、地道な取材の中で、事件発覚前日の午前中、秋山まりが茶色いダウンジャケットの男といるのを見たという証言も得ている。
そのダウンジャケットは十年以上前に人気になったドラマの主人公男性が着用していた物と酷似していて、今でもその色のダウンジャケットを好む人間は一定数いる。
だが、俺がこの事件のことを取材するようになってからの記憶を辿ってみても、秋山まりの周辺に茶色いダウンジャケットの男は一切見かけていない。
ある意味定番カラーであるため印象にも残りにくく、記憶にも残らないのかもしれない。
秋山まりが最後に目撃されたという潰れた駄菓子屋の周辺には防犯カメラもなく、彼女の足取りは依然として掴めていない。
そもそも田舎なため、ここ数年でできた企業やコンビニなどの周辺以外に防犯カメラの設置がなく、通勤通学時間を過ぎた時間帯で人の目もほとんどなかったため、奇跡的に秋山まりを目撃した女生徒がいた以外、誰も彼女を見ていないのだ。
警察もきっと茶色いダウンジャケットの男に注目して捜査に当たっているだろう。
中崎市の人口推移は年々減少の一途を辿っているが、市としての面積は広く、人口も十万人以上。
その中で男性は六万人ほどいる。
ローラー作戦で一人一人しらみ潰しに探っていくにしてもかなりの時間と労力を要するだろう。
その途方のなさにため息が出た。
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