近藤夢華2

「お母さん、話あるんだけど」


「んあ? 何だ? かしこまられっと怖いんですけど?」


 夕飯の準備をしているお母さんに声をかけたら、大袈裟なくらいビックリされた。


 こうして切り出した今でも私は迷っていた。


 お母さんは警察が嫌いだ。


 お父さんも嫌いみたいだけど、お母さんほどじゃない。


 警察の特番を見ながら、逃げる暴走バイクを応援して、追いかけてるパトカーに画面越しに野次を飛ばしてるような人がうちのお母さんだ。


「行け行け行け! そこ突っ切れよ! ほら、そこ曲がったら撒けるって! あー!! だから言ってんじゃん、ほら捕まったぁ!」


「『そこのバイク止まりなさい』じゃねぇよ! 止まれ言われて止まるやつがバイク乗るかっての! ナレーターも『深夜に響くバイクの爆音』とか言ってんなって! パトカーのサイレンと『止まりなさい』の声がどんだけでかいか、お前知らねぇだろ?!」


 ビールを飲みながらテレビを見るからなのか、すごくうるさい。


 お父さんはあんまり喋らないから、お母さんの声だけがすごくうるさい。


 お母さんに言わせたらお父さんは「単なる口下手のカッコつけ」らしいけど。


 そんな感じでお母さんは警察が嫌いだから、秋山さんの話をしたって「ほっときゃいい」って言われると思ってた。


「はぁ?! あんた、何で今までそれ言わなかった?!」


 秋山さんのことを話したら、お母さんは怒ってるようなそれでいて呆れてるような何か微妙な顔をした。


「大したことない話だし」


「大したことないかどうかはあんたが決めることじゃないわ! あんた、ニュース見てんでしょ?! 今、その子の情報がどれだけ求められてっか知ってて黙ってた?!」


「……大したことないことだと思ったから」


「はぁ……全く……ほら、支度しな、警察行くよ!」


「え? 警察行くの?」


「あんね、人が一人死んでんだよ。しかもあんたの同級生だろが! くだんねぇ情報だって犯人捕まえるきっかけになっかもしれねぇんだって! 警察行って洗いざらいゲロってくんのが筋ってもんだろが!」


 珍しくちょっと暑苦しい感じで怒ったお母さんを意外に思った。


 お母さんに話して五分もしないうちに私は車に乗って警察署に向かうことになった。


「で? 秋山まりちゃんとは仲良かったの?」


「話したことない」


「でも、夢が覚えてるってことは、仲良くなりたかった?」


「……そうなのかも」


 私はあまり人の顔を覚えない。


 外に出ないこともあるけど、本当は興味がない人の顔がみんな同じに見えるからだ。


 だけど秋山さんはちゃんと他と違って見えていた。


 青い顔をして、でも俯かないで背筋を伸ばして、一生懸命自分を奮い立たせているみたいな姿がすごくカッコイイなと思えたからかもしれない。


「友達になれたかもしんないのにね……そんな子の未来を奪うなんて、犯人ガチでクズだわ! 見つけたらボッコボコにしてやりてぇわ」


 お母さんならやりかねない。変に暑苦しいところがあるから。


 警察署に到着すると、お母さんは誰に聞くことなくまっすぐ階段を上がって二階に向かった。


「どこ行くの?」


「刑事課」


「場所知ってるの?」


「昔、散々お世話になったからねー」


 階段を上ると警察官の制服を着た人や、スーツの人がチラチラ見えた。


「ちーっす! ちょっと話あんすけどー」


 刑事課という表示のあるドアの前でお母さんが中に声をかけると、制服を着た警察官の男性がやってきた。


「約束はありますか?」


「警察って予約制になったの?!」


「そういうわけではないですけど」


 警察の制服やパトカーを見ただけで、別に悪いことしたわけじゃないのに落ち着かなくなる私と違って、お母さんはいつもの調子。


「あんさ、今騒がれてる事件の情報あんだけど」


 お母さんがそう言うと警察官の人は慌てたように奥に引っ込んでいった。


「情報があるとは?」


 その後で出てきた茶色いスーツの、無精髭がちょっと汚いおじさんが私の話を聞いてくれることになった。


 応接室がないってことで『第一取調室』って書いてある部屋にお母さんと一緒に入り、「ドアは開けときます」って言われて話を聞かれることになった。


「情報とは?」


「あー、あたしじゃない、この子、この子が秋山さんの情報持ってる」


 そうお母さんが言ったら、茶色いスーツの無精髭の人(恩田刑事っていうらしい)と、一緒に部屋に入ってきた紺色のスーツのちょっと若い人(真崎まさき刑事だったと思う)が私を見た。


 想像してたよりは怖くないけど、取調室にいるわけだし、恩田刑事の目がちょっと鋭くて苦手だなと思った。


「あの……秋山さんがプールで見つかる前の日に、私、秋山さんを見たんです……」


「それはいつ?! 何時頃?! どこで?!」


 真崎刑事が身を乗り出すように聞いてきて、恩田刑事がそれを手で制している。


「圧!」


 お母さんはそう言って真崎刑事を睨みつけてる。


「申し訳ない、なんせやっと届いた当日の足取りに繋がる可能性のある情報なんでね」


 目つきは怖いけど、口調は優しい恩田刑事。


 この人になら怖がらずに話せそうだと思って、その後は恩田刑事に話を聞いてもらった。


「その人物の顔は覚えてるかな?」


「……よく覚えてません」


 黒髪で短髪だったのは分かるし、茶色のダウンジャケットにデニムのパンツを穿いてたのは覚えてるけど、顔はハッキリしない。


 背丈は秋山さんより頭半分くらい大きかったけど、それがどのくらいの身長なのかも分からない。


 男性なのは間違いないけど、それ以外は全部曖昧。


 分からないことだらけの私の話を、恩田刑事はちゃんと聞いてくれた。


「近くに車が停まっていたとか、そういうのは見なかった?」


 私が秋山さんの横を通り過ぎる少し手前に、黒い軽自動車が停まっていた。


 でも中には誰も載ってなかったし、あの軽はいつもあの場所に停まってる。


 多分、そこの家の人の車なんだと思う。


 私が見たことで覚えていることを全部話して、話したことが間違いないかを確認させられ、そこに拇印を押させられた。


 渡された朱肉みたいなやつが赤じゃなくて黒かった。


「左指の人差し指でお願いします」


 どの指で押すのかも決まっているみたいでちょっとドキドキした。


 赤い朱肉のやつと違って、書類に押した拇印はくっきり指紋が浮かび上がっていて不思議だった。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る