近藤夢華1

 私には最近悩みがある。


 これを口にするべきなのか、それともどうせ大したことでもないから言わずにいてもいいのか判断ができないから大人に相談したいけど、うちの親に相談したってどうせ大袈裟に騒ぐだけで何にもならないから言う気にもなれない。


 学校で先生に相談してみればいいのかもしれないけど、半不登校気味の私だからそもそも学校に行くことがちょっと苦痛だし、先生と話すのも苦手で無理そう。


「はぁ……ほんとこれ、どうしたらいいのかな?」


 今日も学校に行こうとして結局途中で引き返して帰ってきてしまい、そのことの罪悪感も感じながらベッドに横になっている。


 私の目下の悩みは、今世間で大注目を浴びている事件の被害者、秋山さんに関すること。


 秋山さんとは直接話したことはないけど、あの事件が起きる前、度々見かけていたので知っていた。


 彼女も不登校気味になっていて、私みたいに学校に行こうとしても途中で引き返している姿を何度か見かけていた。


 勝手に仲間意識を持っていて、私と同じ苦しみの中にいる子がいるんだとちょっとだけ嬉しくなった。


 私は数回に一回くらいはちゃんと学校まで行くことができてるけど、彼女は見かける度必ず具合が悪そうな顔色をしていて、学校が見えるか見えないかの辺りで歩道にしゃがみ込んでしまい、結局引き返していることが多かった。


 そして、あのプールで発見されたという前日も、秋山さんは学校に行こうとしていた。


 私よりも症状が酷そうに見えるから、最近は心の中で『頑張れ!』と応援するようになっていたからよく覚えてる。


 あの日、私は朝十時頃に家を出た。


 うちから学校までは徒歩二十分くらいあって、その道のりを少しだけ重い足取りと気持ちで歩いていたら、今はもう潰れてしまって誰も住んでもいない『塚原駄菓子店』の前で秋山さんを見かけた。


 私が小さい頃によく通っていた駄菓子屋さんで、お店にはシャッターはなく、古びたガラス戸が閉ざされていて、仲のいいおじいさんおばあさんが駄菓子を売っていたのを覚えてる。


 その店の前で秋山さんはガラス戸に片手をついて、具合が悪そうに俯いて立っていた。


 黒に所々白いラインの入ったリュックを背負っているからすぐに分かった。


 こういう時私なら声をかけられたら嫌なので、心の中で『頑張ってね』と思いながら通り過ぎた。


 少し歩いて振り返ったら、秋山さんに声をかけてる人がいた。


 お母さんなら顔が広いからすぐに誰なのか分かったかもしれないけど、私は必要最低限しか家から出ないし、人付き合いも苦手だから人の顔もあんまり覚えてない。


 だからあれが誰だったのか分からない。


 でも秋山さんが小さく笑っていたのだけは見えたので、きっと知り合いなんだろうなと思ってそのままその日は学校に行くことができた。


 翌日はどうしても家を出ることができなくて自分の部屋でゴロゴロしてたら、パートから帰ってきたお母さんがいつも以上の大声で私を呼んだ。


夢華ゆめか! 夢! ちょっと下来て! 話ある!」


 下に降りてダイニングに行くと、お母さんが「ちょい座り」というから言われるままダイニングテーブルの椅子に座った。


「あんたの学校で殺人事件が起きた」


 急に真面目な顔をしてお母さんがとんでもないことを言うから、悪い冗談だと思った。


 時々お母さんはすっごい真面目な顔をしてとんでもない冗談を言う。


「夢……お父さんが入院した……危ないって」


 半年くらい前、お父さんが仕事現場で怪我をして少しだけ入院したことがあったけど、その時お母さんは私にそう言ってきた。


「嘘……ほんとなの? 冗談だよね?」


「中崎市立病院に運ばれたって……」


 あまりにも真剣な顔をしてそんなことを言うから、私は信じかけたんだけど、少ししたらお母さんはニカッと笑った。


「ってことになったらどうするぅ?」


「え? 嘘なの?」


「入院したのはほんと! でも死にはしないよ! え? 何? 信じた?」


 そんなことを言いながら大きな口を開けてゲラゲラ笑っていたのがうちのお母さんだ。


 だから最初は『騙されないぞ』と思ってた。


 でもお母さんがこれまで見たことないくらい真剣に話すから、本当なのかも? と思うようになった。


 そして、それが真実だと完全に分かったのは夕方からテレビで映し出されたうちの学校と、事件の概要を告げるリポーターの声だった。


 被害者の名前を聞いて一瞬心臓が止まるかと思った。


 だって秋山さんは昨日まで一生懸命学校に来ようと頑張ってたのを知ってたから。


 そして同時に、私が見たことを話した方がいいのか迷うことになった。


 そして今に繋がる。


 うちの両親は元ヤンで、私くらいの頃にはお父さんは暴走族のリーダーをやっていて、お母さんはレディースのヘッドだったって言ってた。


 その頃の写真を自慢げに見せてきては、敵対チームと抗争が起きて前歯が折れたんだとか、夜中に道をバイクで飛ばしてたら警察に追いかけられただとか、自分達は武勇伝だと思ってるけど、私からしたら恥ずかしいなとしか思わない話を何回も聞かされて育った。


 今でも元ヤンだった名残がすごくあって、お母さんはこの辺ではいない金髪に、派手なジャージを愛用してる。


 お父さんは角刈りで、外に行く時は必ず人相が悪くしか見えないサングラスをかけて、派手なスカジャンを着ている。


 だから二人が並んでるとみんな一瞬ギョッとした顔をするし、そのせいで中学からはクラスメイトにいじられるようになった。


 いじめられているというよりはいじってくるって感じだったけど、私はそれが嫌で、そのうち学校に行こうとすると吐くようになり、休むことが多くなった。


 高校に入ったらいじりはなくなったけど、学校に行くのが怖いと感じるようになっていたから半不登校生徒となってしまった。


 調子がいいと何日か連続して学校に行けるけど、教室に入るのも怖くて、いつも私みたいな教室に入れない子達用の教室で個人授業みたいな感じで勉強を教わっている。


 うちの高校は『不登校特例校』とかいうやつになっているらしく、私みたいなのにも寛容な学校なんだとお母さんが言っていた。


 ぼんやりテレビを見ていたら、テレビの中男性アナウンサーが訴えかけるような声で呼びかけていた。


「秋山まりさんの情報をお寄せください。些細なことでも構いません」


 そして、画面下には中崎警察署の電話番号。


 些細なことでも構わないなら、私が見たことでも構わないんだろうか?


 大したことがなさすぎてみんなガッカリしないだろうか?


 いよいよ判断がつかなくなったから、茶化されるのを覚悟してお母さんに相談してみることにした。

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